第62話王都③

 また王太子はフッと笑う。

 王太子という立場だが、もう50代のおっちゃんであり俺とは親子程にも歳が違う。

 現王が現役で頑張り過ぎである。


「良い。ここでは我ら以外居ない。

 その上で再度問う。

 公爵、此度の帝国との戦どう思う?」


 敵では無い、と信じるしかないか。

 1人でここに訪れたのだ。

 敵と思っていれば、ここには来れまい。

 例え俺が王太子を害することがないと読み切っていたとしても、だ。


 俺の本音を知るためか、別の理由があるのか、それすら分からないが。

 ……踏み込むしか無いだろうな。


「此度の戦、今のままで行くならば、王都まで帝国が迫るのはほぼ間違いないと思われます」


 メラクルが息を飲むのが分かる。

 斜め後ろに居るはずのメラクルに対し何故、分かったかと言えば単純な話、他は誰も驚かなかったからだ。

 サビナとモドレッドはもちろん、王太子も。


 王太子は深くため息を吐く。

「……だろうな。

 パワーディメンションはそれほどか?」


 俺は静かに首を横に振る。

「あれは攻めてくるキッカケの一つに過ぎません。

 そこまで追い込まれる理由は既にお察しの通りです」


 王太子はまたフッと笑う。

「だろうな。

 レントモワール卿たちの才覚では帝国は止めることは出来ぬであろうからな」


 そこまで分かっていながら、何故にレントモワール卿たちの首をすげ替え出来ないのか?

 それはこの王国の制度による。

 簡単に言うと帝国と違い、王は絶対の権力者ではないからだ。


 中央集権型の帝国ですら、完全に皇帝の自由になるわけではないので、王国に至っては何をか言わんや、である。


 もっとも強い大貴族が王国の王であると考えれば良い。

 それにレントモワール卿の首をすげ替えたところで、じゃあ、誰が、となる。


 俺?

 若造に国の大事を任す奴はそうそう居ないし、経験不足だと思われるだけ。

 もっとも長い間、大戦を経験していない王国では誰であろうと経験不足だがな。


「では実際に王都に迫られるとして、何か策はあるか?」

 ここで王太子の器が分かる話になるが、王太子は迫られない方法ではなく、迫られた際の対処を聞いて来た。


 それはつまり、王都まで迫られることはやむなしと考えており、現状をよく理解していることに他ならない。


「そうですね、いくつか策はありますが……」

 そうして、俺自身の考えを話す。

 メラクルに紙とペンを持って来させ、口だけではなく図示しながら説明。

 そうは言っても複雑なものではなく、簡単に凹を作り、へこみ箇所に矢印。


「王都に迫る部隊は敵の別働隊になります。

 よって敵主力の指揮系統とは別となります。

 そこにつけ入る隙が生じます。

 相手からすれば王都に迫るのは予想外の勝利。

 事前の計画には無いでしょう。

 まさか、これほど弱いとは、それがその時の相手の気持ちでしょう」


 王太子は腕を組み、俺の説明を黙って聴きながら時折、深く頷く。

「……成る程、王都そのものを囮に使うわけだな?

 帝国の陽動を逆にこちらが陽動として使うわけか。


 そしてこの囲みに誘い出し、突出したところを三方から打つと。

 だが王都への圧力は並ではない。

 それはどうする?

 同時に、王都に迫られることで各軍における動揺は大きい。

 一歩間違えば全軍崩壊となる」


 当然の話だ。

 王都は本丸であり、これが墜ちれば即ち敗北と言って良い。

 そもそも、だ。

 王都には国王が居て、その大将を囮に使うと言ってるのだ、失敗すれば戦犯は間違いなしだ。


 だがまたしても王太子はそのことには一切触れずに、今度は『王都への攻撃をどうやって耐え切るか?』と尋ねたのだ。


「王都そのものは指揮能力の高く、王都を知り尽くした者を防衛指揮官に据えることが出来れば、乗り越えられましょう。

 王都の城壁は機能的にさえ使えれば、それほど緩くはありません。


 各軍については王太子殿下に一言、皆に伝えていただければ。

『策の内だ。なんら問題はない。』とでも。

 いずれにせよ、王都には迫られたことでしょうし、そうである以上、全軍の動揺を気にしても仕方ありません。

 むしろ王太子殿下が動揺せねば、自ずと落ち着きましょう」


 王都へ迫られることを防ぐのは不可能だ。

 帝国は元より、王国の大半が自分たちが『そこまで弱い』という自覚がないのだ。

 それに王都側までへの防衛はレントモワール卿率いる軍閥の裁量だ。


 現時点での兵の配置の采配に割り込めば、戦時前でありながらレントモワール卿並びに第2、第4王子が、自らの立場を守ろうと過剰反応して政敵に襲い掛かるだろう。

 最悪、内紛だ。


 そうなれば戦争どころではない。

 戦う前から王国は崩壊するだろう。


「ふむ、指揮官の当てはあるか?」

「人員候補のリストがこちらに。

 それとルークなる人物が居ります。

 現在は公爵領にて士官教育を行なっておりますが、この者は元々王都の衛兵の部隊長です。

 この者を現場指揮官として配置していただければ、王都の堅い守りにお役立ち出来るかと」


 ルークはゲームでは混乱する現場を衛兵長の立場でありながらまとめ上げ、王都を防衛してみせた。

 余計な上司が居なくなったからこそ、偶然、本来の力を発揮し得た訳だが現実はゲームとは違う。


 同じように上手くいく保証などない。

 だが俺は公爵という立場で、今ここに王太子とも話を通せるとあらば、事前にその地位や物資、人員を配置しておけば上手くいく可能性は飛躍的に上がる。


 そこまでして無理ならもうどうしようもない。

 今に始まったことではないが、ゲームでは奇跡的に王国は勝利したが、実際はこの時点で詰んでると言えるほど王国は追い込められるのだ。


 リストを手に取り王太子は頷く。

「ふむ、預かろう。

 それとこれを渡しておこう」

「これは……」


 王太子は一枚の紙を渡してくる。

 そこに書かれていたのは、自由裁量権の承認!?

 思わず驚きの表情で王太子を見てしまう。


「……もし、私に何かあった時は全軍の指揮を任せる。

 それまでは、まあ、自由にやってみるといい。

 話したかったのはここまでだ。

 それと、そうだな……。

 大きくなったな、レッド君。

 先代ハバネロ公に似てきたな」


 そう言って王太子はニカッと笑う。

 随分、前に聞いたことがある。

 王太子と先代ハバネロ公爵、つまり俺の父は昔からの友人であった、と。

 親戚ではあったが、ゲーム設定にはそこまで親しかったかどうかなど出て来ないが。


 王太子は彼なりにハバネロ公爵を気に掛けてくれていたのだろう。

 ゲームの時もハバネロ公爵の軍事的才能に気付き、同じ物を用意してくれたのかもしれない。

 ……いや、きっとそうなのだろう。

 でなくば、王太子亡き後、即座にハバネロ公爵が全軍を率いて帝国と相対したのは戦場でのこととは言え急過ぎる。


「そうそう、君の婚約者ユリーナ・クリストフにもこの前会ったよ。

 王国の貴族令嬢とは違い、真っ直ぐで裏がなく良い娘だ。

 君の心を支えてくれると思う。

 大事にすると良い」


 不覚にも俺は泣きそうになった。

 王国の公爵であるレッド・ハバネロ公爵を見守ってくれていたのは、この人だけだっただろうから。


 なあ、ハバネロ公爵。

 お前は、この人の訃報をどんな気持ちで聞いたんだ?

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