第274話お前は切り札だ

「ねえ、ハバネロ。

 皆に号令をかけるときぐらい姫様離したら?」


 歓声が静まり、また兵たちが準備のために動き出したところで、メラクルがそんなふうに言ってくるが無視である。


 もはや俺がユリーナを片手で抱きしめていることにツッコミを入れる人間は、メラクル以外いない。

 ユリーナ本人も半分諦めているほどだ!


「……なんでドヤ顔なのよ」

 メラクルが呆れながらそう言うので。


「俺にはユリーナ成分が必要なんだ。

 あんまり言うとおまえからも吸収するぞ!」


 手を伸ばすとサッとコーデリアの背後に隠れるメラクル。

「横暴だ!」

「うるさい!

 平和になったら覚悟しとけよ!」

「人前でするなって言ってんのよ!」


「どうでも良いから離してぇ〜」

 ユリーナが嘆くので仕方なく、本当に仕方なく解放してあげる。

 するとユリーナは素早くメラクルの背後に隠れた。


「ぐぬぬー、メラクルめ。

 ユリーナを俺から隠しだてするというのか」

「はいはい、もう良いから。

 決戦前にまだ準備があるでしょ」


 最後にはメラクルにため息混じりにさとされた。


「後で覚えてろよー」

「人前じゃなければ良いって言ってるじゃん」

 メラクルはそう言って微笑む。


 そんなふうに言われて微笑まれたらなにも言えなくなる俺。

 後ろでユリーナもメラクルに同意して頷いている。


 おう……、素直にちょっと嬉しい。


 俺は恥ずかしさを誤魔化すように腕組みして、戦場になるであろう魔神たちの争う方向を見る。


「……まあ、そうは言っても後はタイミングを待つだけなんだがな」


 戦場の向こう、魔神とモンスターが入り乱れている。

 遠目で見えるなら人とモンスターが争っているように見えなくもないはずだ。


 魔神は人型だ。

 だが、それでも人と間違うことはない。


 目が爛々と輝き、それぞれの特性を表す色の蒸気を放っている。

 まるで自らがその力で最強であると主張するように。

 実におぞましい。


「閣下、全隊準備整いました」

 部隊指揮のために奔走していたアルクが準備を整えたと報告してくれる。


 帝国の最前線重要拠点になったこの街には50万人の兵がいる。

 帝国と王国の大戦のおよそ20倍の兵である。


 Dr.クレメンスたち魔導力研究チームがかいはつした魔導器は大きな効果を見せた。

 今まで魔導力の有る無しで戦力が大きく偏っていたのを、一気に底上げすることができた。


 そのためそれまでは魔導力持ちのみを戦力としていたものを、戦える兵は皆が戦力に数えられるようになったのだ。


 世界が今後も続くとした場合、これは決して良いことであると言えないかもしれない。

 魔導力持ちだけが戦場で死に行く対象だったものが、それらの差がなく戦場に行くことになるからだ。


 ただそれも全て今後の世界が続くとした場合の話。

 そのためにもまずは今を生き残るために全力を尽くさねばならない。


 これは人々の愚かさから産まれた最強の敵との種を賭けた最期の戦いなのだから。


 世界人口は推定1000万人に届かぬ程度。

 その中で老若男女全てを含め戦える者は250万。

 世界戦力のおよそ5分の1がこの戦場にいた。


 ここで負ければ、全戦力の20%を失う。

 軍としては全滅判定される数字である。


 要するに、一切の負けが許されない。

 まあ、負けてはいけない戦いなんて、いまに始まったことじゃないがな。

 ……ほんと俺の人生、詰んでる詰んでる。


 大戦前に士官学校を作り教育させたのが良かったのだろう。

 アルクもいつのまにか大軍の指揮に慣れたなと思う。


 1000の兵を指揮するのと、万の兵を指揮するのはまるで違う。

 ここまでくるとアルクにはそれだけの才能が備わっていたのだろう。


「閣下の先見の目があったからこそです」

「まあな。

 ……と言っても、俺はこうなるように動いてたんだから、先見もクソもないがな」


 ゲーム設定の記憶から悪魔神討伐にはどのみち人類の総力戦でないと歯が立たないとわかっていた。


「万の兵を指揮するなんて、国の総大将しかいないんだから、そんな機会あるわけないと思ってたけど、こういうことだったのね……」


 そうボヤくメラクルにもメラクル隊だけの指揮ではなく、万の部隊を率いてもらう。

 主に突撃部隊として。

 こいつなら上手くやるだろう。


「僕、指揮とかしたことないのに……」


 ガイアはもっと自信なさそうにボヤく。

 こいつは戦っているときはメラクルたちとは違う種類で、戦女神のような雰囲気がある。


 その強さと聖女シーアの妹という立場の両面で兵に信仰のような力を与える。

 兵はそれを力に勇気を振り立たせるのだ。


「戦場の流れを知っているかどうかで、状況は一変する。

 お前は世界最強なんだから、どのタイミングで敵に突っ込んで流れを引き寄せるか、知っておかないといけないに決まってんだろ」


「う〜、勉強嫌いー」

 ガイアはゲーム設定の記憶の中でも脳筋タイプだもんなぁ。


「世界最強の剣士はその強さも大事だ。

 難しいことまでは要求しない。

 流れを導くタイミングで突っ込め、それだけだ」


 要求しているのはメラクルと同じだ。


「教導国で動いてた勇者計画に乗っかって、おまえたちは魔神討伐の旗頭になってもらう。

 作戦の準備をしている賢者のシロネと連携して聖騎士と剣士として頑張れ」


 聖女シーアは後方で皆の応援だ。

 応援を馬鹿にしてはいけない。

 士気の上下はそのまま戦場に結果に繋がる。


 聖女シーアは教導国でのヘレオンの宣告が評価されて、知名度と人気を一気に上げた。

 男は当然として女からも支持を得ている。


 旗頭としても十分だ。


「あの〜、公爵様?

 私も勇者計画の聖騎士候補だったんですけど、どうしましょう?」

「俺は勇者候補だ!」


 いつのまにか側まで来ていたベルロンドとユージーが口を出してくる。

 建前上は俺の護衛であり、俺が2人を監視しているのが本当の事情だ。


 いたのか……忘れてた。


 もちろん、戦場ではこき使って活躍してもらった。

 ユージーにおいては魔神になりかけていたせいで力だけはある。


 俺はフッと微笑し語りかける。


「ベルロンド。おまえはユージーの姫騎士だろ?

 ユージーを護るという役目が優先だ」


 意訳、出てくんな。


 次に俺はユージーに向き直り語る。


「ユージー、お前は切り札だ」

「切り札?」

「そうだ。

 なにかあったとき、颯爽さっそうと現れ圧倒的な力で魔神を倒す。

 そう、ヒーローの役目だ」


 そう言ってやるとユージーは満更でもない顔で笑う。


「俺がヒーロー……、へへへ、じゃあ仕方ねぇな。

 そのときは俺に任せておけ!」


 意訳すると、いつ魔神化するかわからんヤツは危なくてそうそう使えるか!

 後ろに下がってろ!!


 ……である。

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