第212話回想④ゲーム設定という奇跡の代償
もぐもぐとビスケットをつまみながらだけどシーアは話始めた。
「勇者計画って知ってます?」
私はサビナたちと顔を見合わせる。
ここで、それが来る?
シーアが教導国ではなくこの場所にいる理由に、それがどう繋がるのだろうか。
「シロネから聞いた教導国での勇者計画のこと?」
「あ、シロネさんにお会いしたことがあるんですね?」
公爵領の方に旦那と一緒に居ると伝えると。
シーアはビスケットを手に持ったまま
何か問題でも、と全員が彼女の次の言葉を待つと……。
「旦那、ですってぇえええー!?」
そこかい!
シーアはムキーと地団駄を踏む。
それからひとしきり奇行を発揮して落ち着いたのか、ふぃ〜と息を吐いた。
この聖女(?)やっぱり大丈夫?
きっと誰しもが思ったはずだ。
「良かった。
あんなことがあったから、その後どうなっているか心配だったのです。
私もそのまま公爵さんに連れて来られたので」
先程の奇行とは一転、彼女は少し嬉しそうな様子でそう言った。
そのシーアに私は思わず尋ねてしまう。
「シロネの旦那のことは良かったの?」
「わ、馬鹿、メラクル!
世の中、触れたらダメなことは沢山あるのよ!」
すかさずミヨちゃんがビスケット片手に制止するが。
再度、興奮するかと思いきや、意外にも落ち着いた様子で微笑み返された。
「あー、羨ましいとは思いましたね。
勇者計画中は気持ちの悪いエセ司祭しか近寄って来ないし……。
そうですね、いっそ公爵さんが起きたら、妾に……冗談です、冗談だからユリーナさん、そんな目で見ないで下さい?
呪い殺しそうな目、ヤメテ?」
隣の姫様がシーアを真っ直ぐに見ていた。
どんな目、どんな表情かまでは分からない。
私はあえてそちらに顔を向けないように全力を注いだ。
世の中には触れたらダメなことが沢山あるのだ……。
「ととと、とにかく!
その勇者計画というのは、崩壊後の世界で皆を導く救世主の役割を担う計画だったのです」
シーアは自らの命を守るために慌てて話を変える。
崩壊後、という言葉が引っ掛かったので私は首を傾げる。
「崩壊後?
崩壊を止めるためじゃなくて?」
崩壊してから何を救済しようというのか?
ハバネロはそれを防ぐために足掻いていたはずだが……。
シーアは肩をすくめる。
「崩壊後、です。
勇者計画とは黙示録に示されたという崩壊後の世界で『正しき者が正しい世界を作る』、そういう思想です」
多かれ少なかれ、宗教にはそういう一端があるという。
崩壊により悪しき者は裁かれ、正しくその神を信じた者だけが生き残る。
そういう思想。
それはときに純粋な救いにもなり、多くは権力のある者たちの欲望の道具に成り果てる。
そこでサビナが静かに手を挙げる。
こういう奇行をする相手でもサビナは私と同じでクールに対応するわね。
そう私が思ったのと同時に、何故か姫様がポツリと小さく呟く。
「サビナはメラクルとは違いクールね」
「姫様!?
なんで心を読むの!?」
聖女(?)シーアは私の言葉に首を傾げ、ふーむと少しだけなにかを思案する。
だけど思い出したようにサビナに声を掛ける。
「はい、えーっとサビナさんでしたね?
公爵さんの護衛の」
サビナは頷き、あの日、パールハーバーとハバネロが話していた内容を皆に話してくれてから、それの内容についてシーアに確認する。
顔に大きな傷のあるギョロ目の痩せ型で陰気な男の存在に覚えはあるかと。
シーアは陽気な雰囲気から一転、苦々しい顔をして。
「あの屑……、やっぱり美少女ハーレムなんて狙ってたのね。
しかも生きてやがりましたか」
よっぽど嫌いらしい。
そこでガイアが頷く。
「司祭ユージーは事あるごとに気味の悪い笑顔で、僕らに触ってこようとしてたからそんなことだろうと思ってた。
僕は避けてたけどシロネは動きも素早くないから、よく触られて気持ち悪いって泣いてたね」
シーアは大きくため息を吐く。
「自らの欲望を優先して、相手の気持ちも考えない、何かをするために努力もせず、人から与えられた力を自分の物かのように傍若無人に振る舞う。
そんなのを好きになる人なんて居ませんよ……。
さらにタチが悪いのが、それが権力を持ってしまったことですが。
それも公爵さんが斬ってくれて終わったと思っていたのですが……」
よっぽど嫌いらしい。
そりゃそうか。
どれか1つでも良いのだ。
自らの欲望よりも慈しみを。
人がどう思おうと関係ないのではなく、どう思うかを理解する。
努力することから逃げず積み重ねる。
他者の力を自分のモノとして驕らず。
そのどれか1つだけでも心掛けることで人は輝く。
ハバネロだってイケメンかもしれないけど悪人面だし、強いけど傍若無人だし、姫様以外のことなんかどうでもいいみたいな感じだし……。
あれ? 良いところどこだ?
「公爵のレッドが教導国の司祭を斬ったとか問題にならなかったのでしょうか?」
姫様の問いに聖女(?)シーアは肩をすくめる。
「よくわからないのですが、上手くはやったみたいですよ?
なんだか裏で色んな人に根回しをしたようです。
最後には司祭たちの不和を利用したとか言ってました」
ハバネロはそういう裏で動くの好きよねぇ。
……って、それより!
私はガバッと立ち上がる。
「聖女(?)シーア、さっき公爵さんが起きたらって言わなかった!?
この寝坊助、起こせるの!?」
言った!
確かに言った!
起きたら、妾にって!
私の言葉に姫様もハッとなりシーアを見た。
シーアは、ほよっと目をぱちぱちさせて。
「今、聖女と私の名前の間に何か『間』がありませんでした?
気のせい?
気のせいですか?」
「そんなことより!」
私は畳み掛ける。
細けぇことはいいのよ!
早く早く!
早くしないと姫様けしかけるわよ!
シーアは私の様子を見て……浮かべていた笑みを消して深くため息を吐く。
そしてつい今しがたのほんわかした様子から一転、何処か神秘的な雰囲気で目線を下に向けながら口を開く。
「期待させてしまって申し訳ありません。
公爵さんは仮想空間という繋がり、それを頭の中で無理矢理繋げたようなもの。
その負担の大きさは計り知れない。
ゲーム理論。
ラプラス方程式。
社会行動心理学。
それらを組み合わされ、人為的に作られた黙示録は、本来は聖女のみが限定的に知ることが出来る預言と呼ぶべきもの。
当人に関わる幾つもの可能性を示したものがゲーム設定と言います。
その本来あるべき力を当人以外の関わることに無理矢理に拡張しました。
その結果、公爵さんは
それがゲーム設定という記憶を無理矢理ぶち込んでしまった後遺症」
知らない、聞いたこともない言葉の羅列と共に、ゲーム設定と呼ばれる超常の力についてシーアは語る。
シーアは全員の顔をゆっくり見回し、再度、さらに大きく深く、ため息を吐き結論づける。
「影響がどう出るかなんてさっぱり分かりませんよ。
彼はゲーム設定を得るために、自分の頭の中がいつか限界が来て死を迎える。
その事を最初っから分かってやった訳です。
本来なら上書きして消えたはずの記憶が『逆流』した段階で、彼の頭の中の許容量はパンクし彼はそのまま命を失っていたはず。
生きていること自体が一つの奇跡です」
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