第123話メラクルさんは愛人なの?

 大休憩に入り、野営の準備があるので各自自分の持ち場に戻る。

 メラクルが離れたところで俺はアルクにいくつか指示を出す。


「メラクル・バルリットの英雄譚を広めろ」

 その意図を掴みかねたアルクは少しだけ戸惑う。


「なあに、ただの保険だよ。

 いずれにしても聖騎士メラクル・バルリットの名は、王国内に限らず他国にも広まる。

 その際に他の何者かが自分の望む形の噂にしようとする。

 それを防ぐにはこちらも噂をぶつけておく必要があるってだけだ」


 特に難しい噂ではない。

 王国の英雄としての側面よりも、民衆の英雄としてのイメージを流すだけだ。

 それにより帝国や他国への印象操作を行う。


「奴を庶民におけるアイドルとして売り出す!」

「アイドル……ですか?」

 アルクは目を見開く。


 それが何を意味するかはアルクは知るまい、俺もゲーム設定以外では聞いたこともない。


 ゲーム設定における人気者の総称がそれのようだ。

 たまに人物の解説で、皆のアイドル的存在と描かれる。


「そうだ、アイドルだ。

 つまり庶民における英雄のことだ」


 いざ邪神や悪魔神が復活した際に、人は自ずと救世主を求める。


 ゲーム設定における救世主こそユリーナたちであった訳だが、ユリーナたちだけがその重荷を背負うことになると潰れてしまうのはすでに明らかとなっている。


 完全に想定外ではあるが、聖騎士メラクル・バルリットがその一翼を背負える存在となるかもしれないから。


 それに……。

 メラクルは今回でハバネロ公爵家にかなり近いところにいると認識されている。

 いざという時は。


 公爵家の兵を取り纏めることも可能となるだろう。


「我ながら小賢しい」

 思わず呟く。

「今、何か?」

 呟きは幸いにも、アルクの耳にまで届かなかったようだ。


「何でもない。

 野営準備が終わったらザイードたちを呼んでくれ。

 少し話があるからな」

 そう言って俺は俺用に用意されたテントに入っていく。


 公爵がジーッと見てたら、皆仕事し辛いだろうからね。


 食事が済みメラクルが淹れた茶を飲んでいると、ザイードがシロネを伴ってやってきた。


 そこでようやく、俺は『それ』に気付いた。

 だって、違和感がないから。


「あれ? メラクル。

 何でお前、自然に俺の茶を淹れてんだ?」


 お前もう聖騎士扱いじゃなかったっけ?

 メイドのままなの?


「何でって、何でよ?

 そりゃ淹れるでしょ?

 私も飲みたいし」


 言いながら自分の分も入れて、俺の隣の椅子に許可も取らず座る。

 テント隅にいるサビナも反対隣に座るアルクも、もちろん何も言わない。


 だって、何より俺が文句言ってないからね!


 そうか、俺の所為か、はっはっは。

 もういいや。


「さてザイードよく来てくれた。

 座ってくれ」


 椅子を勧めるがザイードは座らない。

 まあ、俺に大人しく従う気はないという意思表示かな?

 意地もあるだろうが。


 シロネがジーッと俺を観察するように、っていうかハッキリ観察してくる。


「ザイードが座らないなら、シロネだけでも座ってくれ。

 メラクル、2人に菓子と茶を」


「いらない。

 俺たちは話を聞きに来ただけだ」


 ザイードが断ると、ガーンとシロネが目を丸くする。

 俺は苦笑し、メラクルに合図する。


「気にするな。

 菓子と茶が出されたから、どうにかなるもんでもないだろ?

 食いたかったら食えばいいし、いらなかったら置いておけ」


 俺がそう言っている間に、メラクルが茶を入れ菓子が2人の目の前に。

 ついでにメラクルが菓子を口の中にパクリと、っておい。


 シロネがザイードにしがみ付いたまま、菓子とメラクルを交互に見て言った。


「メラクルさん、公爵様の愛人って噂本当だったの?」


 ぶーーーーーっっつつつ!!!!


 ……おい、メラクル。

 俺に茶が掛かったぞ?

 どうしてくれんだ?


 何故、わざわざ俺の方を向いて吹いた?


 サビナが布で俺の顔を拭いてくれる。

 すまないねぇ〜。

 おい、メラクル土下座しろ!


 そのメラクルは分かりやすく動揺したまま。


「あああああああああああああああああああああ、あたしがああああああ、愛人!?

 誰の!?」


 あ、が多いな、おい。

 誰のって、俺の愛人かはっきり聞いてるだろうが。


 シロネはキョトンと首を傾げて追い討ちをかける。

「誰って、公爵様の」

「わわわわわわわ、私が!?」


 シロネが頷き、ザイードが呆れている。

「何で!?」


 メラクルが目を見開いて俺を見る。

 知らねぇよ! そう突き放したいところだが、一応、戦争の功労者だからサービスだ。


 そうは言っても、この駄メイドに説明したところで意味はないからシロネに話しかける。


「どこまで知ってるかは知らないが、こいつは大公国の聖騎士だ。

 それが俺のところでメイドをしている。

 ま、そうなった複雑な事情があるから、その事情ってヤツを覆い隠すのにそうした方が都合が良かったということだ。

 だから、その誤解も解かずにいるってわけだ」


 俺が愛人説が残ってることに気付いたのが、メラクルがシロネたち救援の出発の際だったとか細かいことだ。


 どちらにせよ、そういうことだ。


 俺の言葉にメラクルは何度も頷く。


「そそそそ、そういうことよ!

 あああああの時ベッドに押し倒されたことは、アルクに事情を話したから解決してたんじゃないの!?」


 おい、わざとか!?

 わざとだろ!

 お前、愛人疑惑そのものは知ってただろうがァァァアアアア!!

 何故今更、そこまで動揺する!?


 とは言え、分かりやすく動揺したままのポンコツを疑うのも馬鹿馬鹿しい。

 こいつにそんな腹芸が出来るとは思えん。


 こいつがポンコツなのはいつものことなので、メラクルを放置してシロネを見る。


「ま、こっちの情報を話す以上、そちらも話してもらうぞ?

 シロネ、お前は何だ?」


 端的な言い方だがシロネを気を悪くした風もない。

 ザイードもチラリとシロネを見る。

 彼も事情を聞いていないのだろう。


「うん、ザイードや公爵様、それにメラクルさんになら言ってもいいかな。

 ……勇者計画って、知ってる?」


 ゲーム設定にもない新ワード来たよ、これ。

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