第144話行くわけないでしょ!
「あ〜、うー」
私は客室となった部屋のテーブルに顔を引っ付けて唸っていた。
手には赤髪の婚約者の絵姿。
……うん、誤魔化すのはやめよう。
レッドの絵姿を手に持って唸っている。
それを眺めながら繰り返し自問自答。
見れば見るほどイケメンだよね……。
チョロい、チョロすぎる。
チョロすぎるぞ、私!
ええ、別にイケメンだから堕とされた訳ではないと思うのです。
大公国にもイケメンは沢山居るし、なんなら近衛騎士団の選考基準に美形であるべし、なんて規定があるんじゃないか?
そう言われるぐらい美形が多い訳だけど。
いいえ、別に集めている訳ではなく、風土的な要素も大きく、他国に比べて水や栄養のある食べ物、そもそも美形というのは学者の説では平均値の顔に近いという説もあるから、要するに大公国の顔は平均的なのだという逆説的な事実が云々カンヌン。
あ、どうも、私ユリーナ・クリストフと言います。
朝からずっとレッドの絵姿持って唸ってます。
誰だ、お前とか言わないで?
……誰に言ってるのよ、私は。
私は心の中の自分にツッコミを入れる。
子供の頃から剣だけを振るっていた。
義務を投げ出したりした訳ではない。
真面目だけが取り柄で、それ以外何もない面白味のない女だ。
人形のようだ、そんな陰口は聞いたことがある。
世界が少しだけ色付いたのは10になる頃。
自覚したのは、最近。
隣の大国の彼との出会いに、無意識ながらはしゃいでしまったらしく、初めて会った私を彼は御転婆娘のように彼は思ったことだろう。
それまで感情のないお人形さんだと思われていたなどと思いもしまい。
彼が自分の家の宝剣サンザリオンを見せてくれて、剣の良さについて語った。
その出来事を彼は覚えていなかった。
私が剣好きになったのは彼の影響なんだってことを。
彼が婚約者に決まった時は表向き、ふーんと興味が無いフリをした。
いいや、自分でも興味がないのだと思い込んでいた。
その日はお茶を落とすわ、花瓶は割るは、剣を落とすわ。
流石に剣を落として危ないということでメラクルにベッドに投げ込まれたが。
ただすでにその頃には、彼の悪虐非道ぶりは噂になっていた。
だから私が彼との婚約にショックを受けていると思われたし、私もそう思った。
ただ子供の頃の彼への印象と暴虐非道の彼がどうしても繋がって来ないだけで。
私の婚約者は悪虐非道のハバネロ公爵ではなく、あの日のレッド・ハバネロと心の中で思っていた。
久方ぶりの再会の時、彼に冷たい目で見られて酷く動揺した。
「大公国は小国に過ぎん。
身の程を弁えるのだな」
私は頭が真っ白になり言い返すことが出来なかった。
それから暫く会わなかった。
赤騎士と名乗ったあの日から何かが変わった。
いやまあ、公爵でありながら冒険者のフリして突然姿を見せるとか頭がおかしいんじゃないかというぐらい、色々と間違っている訳だけど、もちろんそういうことではなく。
一瞬だけあの過去の日の彼の目と重なった。
それにその少し前の再会時にフイを打たれ唇……。
くっ、自分を誤魔化しても仕方がない。
口を奪われた。
もきゅもきゅという感じで。
そうよ! キスを奪われたんじゃなくて、ディープ◯スを奪われたのよ!
あのエロ公爵!
はは〜ん、笑っておくれ。
あんなのでも初恋で抱き締められて嬉しかった訳よ。
と〜か〜さ〜れ〜る〜。
と〜け〜た〜。
……なぁんて、本当にこんな性格だったら良かったのに。
今ではあの甘美なひと時がどんなものだったかを、はっきりと思い出すことは出来ない。
好きだと意識する前のことだから、記憶に残そうとしてなかったからだ。
「はぁー、うー」
私はまた唸る。
クリストフ家の月姫とか言われることはあるけれど、要するに地味で暗い女が私の本質だ。
あの人の隣にいる太陽のようなメラクルが羨ましかった。
可愛いメイド服を着て、あの人と気兼ねなくお喋りをして。
私も本当は。
……連れて行ってよ。
何度そう思ったことか。
知らないでしょ?
本当はあの時も、あの時も、私が泣きそうだったこと。
知らないでしょ?
言ったこともないし、誰にもバラしたことないもの。
ふと気配を感じて扉の方を見ると、四つの顔が扉の隙間から縦に並んでいた。
メラクルの部下だった4人。
恐怖からか、それともとある人物の絵姿を持って唸っていることの後ろ暗さからか跳ね起きて、慌てて絵姿をテーブルの下に隠す。
もちろん隠し切れない!
なんてこった!!
「ナナナナ、ナニかしら?」
ナニってなんだ、ナニって!
自分で自分にツッコミ。
私は縦に並んだキャリア、サリー、ソフィア、クーデルの4人娘に呼び掛ける。
「姫様〜? 合コンに行かない?」
なんでやねん。
私はゆっくり息を吸い込む。
そして……。
「行くわけないでしょぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!!」
なんで行くって思った!?
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