第36話大公国⑥
「今の状態で信じろとは言わないが、ユリーナを悲しませる気などない。
絵姿は打算も何もない。
美しい婚約者殿を愛でたいだけだ」
睨みつけていたサワロワは、それを聞いて呆然とした表情をして呟く。
「貴公は……いつの間に、それほどにユリーナと交流を深めておったのだ?」
貴様呼びから、貴公に戻ったなぁと思いつつ、それに対しては……。
「交流は……これからだ」
まずは文通からでしょうか、お義父様。
2人してなんとも言えないような哀愁漂う顔で、眉間に皺を寄せられた。
それで……ユリーナの姿絵くれるの? くれないの?
見事、ユリーナの姿絵を大小それぞれゲットして、帰りの馬車の中でホクホクしながら、今回の訪問について考える。
今のところは、大公サワロワの体調におかしなところはなかった。
現段階で向こうに気をつけろと言ったところで無意味どころか、俺自身がサワロワ大公を害する筆頭と思われているだけに、反対に肝心な何者かの魔の手への警戒が緩んでしまうことは十分に懸念された。
人は全方位にずっと警戒は出来ないし、警戒しなければいけない相手を注視していると他への警戒が疎かになってしまう生き物だからだ。
メラクルのことについても同様だ。
実際に俺に関わったメラクルは俺への敵意はまったく無くなったとは思う。
少なくとも暗殺をしようと思うほどの殺意は無くなっていた。
さらに大公国内の多くはハバネロ公爵に対し、敵意を持つ者は多い。
今回の訪問で大公と大臣の2人へは少なからず敵意を和らげることが出来たように思う。
だが、肝心の暗殺を仕掛けたパールハーバー伯爵と話をすることは出来なかった。
向こうは間違いなく俺と話をしたく無いだろうが。
大公国の去り際、3大臣の1人として見送りの中に居た。
目立たないようにしていたが、すぐに見つけられた。
別人のことではあるが、俺が青髪に自然と敵意を持ってしまうせいかもしれない。
あの日ユリーナへの恋心を自覚した日、浮かんだゲーム設定の脳内イメージははっきりと顔立ちなど見えたわけではないが、それだけで俺のトラウマだ。
顔立ちがはっきりわからない脳内イメージだったからこそ、余計に相手の髪色が印象に残ってしまっているのは間違いない。
青髪の30代程の精悍な顔立ちの大臣服の男。
その眼には、はっきりした嫉妬の炎が燃えていた。
俺の命を狙ったのは、理屈などではないのだ。
嫌われ者のハバネロ公爵のイメージを変えるとかではない。
むしろ、そのイメージが変わればその嫉妬の炎はさらに燃えゆくことだろう。
パールハーバー伯爵と言えば、若き伯爵でその才も大公国で上位の能力B、もちろん上には上がいるが、例えば主人公などは大公国ではまだその存在を認知されていないので、ごく少数だ。
さらに大公の信任も厚く、若くして国の権力のトップである3大臣の1人に数えられる。
聖騎士団長として多くの部下も持つ。
余談だが、ユリーナも属する近衛聖騎士団はレイリアの管轄だ。
権力構造の一点集中を避けるという狙いではなく、大公直属が近衛というイメージだ。
ユリーナが現在、邪神調査の任務に出ている通り、邪神関係などを調査する独立部隊と大公直属の守りが近衛の主な役目だ。
ちなみにメラクルは聖騎士団の部隊長の1人。
聖騎士団に所属しているが、女性聖騎士部隊の隊長でもあったので、近衛騎士団の中でユリーナの護衛が足りない時は、その枠を越えてユリーナに付く時が度々あり、その流れでユリーナと仲が良かったようだ。
ゲーム設定ではそこまでの知識はなく、メラクル本人から聞いた。
なんにしてもパールハーバー伯爵は大公国内でも一角の人物であり、一時はユリーナの婚約相手として名前が上がったこともあるほどだ。
大公国が王国から余計なチョッカイを掛けられずに独立独保出来ているならば、そうなった可能性は高い。
対するハバネロ公爵。
騎士としての世界でも有数の才能と若き大国の公爵にして、敬愛する自国の姫の婚約者。
パールハーバー伯爵が血を滲むような努力を重ねてきたのは疑いようがない。
それだけの努力の末あって人望もあるようだ。
それを横から生まれだけの地位や才で横から掻っ攫われたのだ。
やってられないだろう。
燃えるような嫉妬は、もしもハバネロ公爵が地位に見合う立派な人物であればパールハーバー伯爵も隠し切ったかもしれない。
だが、ハバネロ公爵は暴虐で大公国の多くの者にとって敵であった。
そんな火薬庫となったパールハーバー伯爵に『誰かが』火を焚べた。
嫉妬に狂った男は、攻撃の口実を得たのだ。
……それが今回の暗殺未遂の顛末だ。
本来は歴史の闇に消えるはずだったメラクルだが、大公国はどうしても人手不足のため帰還後、すぐに本来の部隊を連れて任務に出て行ったようだ。
チラッと姿を遠目に見たが走って駆け寄ろうとしていたので見ないふりしながら、通信で制止した。
せっかく関係を誤魔化しているのに、バラしてどうするのだ、と。
遠目にこちらを見ながら、口を尖らせていた。
ノビをするフリして小さく手を上げておいた。
気をつけろよ?
分かってるわよ、またね、と。
大公国の聖騎士と王国の公爵がいつ会うんだか、と俺は苦笑い。
大公国にも帝国の密偵が入り込んでいる噂があるらしく、帝国との大戦の際に再会することになるかな、と思わなくもない。
結論で言うと俺は甘かった。
世界は悪意で満ちて、とっくに詰んでいることを知っておきながら、多少なりとも上手く乗り越えられているような気がして……、その事を忘れていたのだ。
取れる選択肢などありはしなくて、余裕など一切なく悪意は静かに侵攻し、その残虐な鎌を振り下ろす。
そのことを俺は思い知る。
詰んでいたのだと。
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