第35話大公国⑤
「なんでユリーナの姿絵が欲しいんだ?
ま、まさか、呪う気か!?」
5寸釘もついでに下さい……ってなんでやねん!
「そんなの決まっている。
日々眺めるためだ」
「なんでだ!?」
なんでって……さっきから話してたじゃないか。
「そんなのユリーナが美しいからに決まっている」
サワロワはアゴが外れそうなぐらい口をかぱっと開けて呆然とする。
「ちょっと待って、ちょっと待って」
レイリアは額を抑えながら、考え込むようなポーズをしながら待ったを掛ける。
「なんだ?」
酒が入ってるから、恥を忍んで正直に頼み込んだんだぞ?
流石に立場というものがあるし、単純に恥ずかしい。
だが王国のあの冷酷なハバネロ公爵が、実は! 婚約者ラブというギャップは悪いことではあるまい!
レイリアが瞬きを何度もしながら尋ねる。
まつ毛なげぇんだな? バサバサ音がする気がする。
付けまつ毛か?
「え? 好きなの?」
主語を省くな、主語を。
まあ、分かるけど。
「好きだぞ? もう熱烈ラブだ」
変に躊躇する方が照れるので、ここは躊躇わずにズバッと言い切る。
「え!? なんで!?」
なんでってなんだ?
あと、なんとなくメラクルのやつと同じような言い回しだな。
大公国の独自のイントネーションか?
……メラクルのことを頼んでおくべきか?
大公サワロワはどう考えているか分からないが、レイリアについてはその竹を割ったような性格に裏は……多分ない。
悪いようにはしないだろう。
彼女クラスの立場でないとパールハーバー伯爵は抑えられないだろう。
そう考えたが、今、目の前にいるレイリアにそれを伝えたところで、パールハーバーに動きがバレて逆に無駄にメラクルを危機に陥れる事態にしかならない事に気づいた。
まったく、なんて逆方向に厚い信頼だ。
当たり前だが、まったく信用のないハバネロ公爵である。
愛しい婚約者の絵姿を貰おうとするだけで、目を見開いて驚かれ裏を疑われる。
姿絵だけでナニが出来るっていうのか!?
……ナニ?
……いやいや落ち着け俺。
酒に飲まれて変な醜態晒すなよ?俺。
もう手遅れな気もするが、あちらの反応の方が醜態なはずだ。
……つまり、どっちもどっちだな。
「婚約者を愛して悪いか?」
「だから、なんで!?」
「なんで? ユリーナが美しいからだ」
「顔か! 顔だけか!?」
「何を言う! 気高い心、逆境の中にあっても決して笑顔を忘れず、だが、その笑顔の奥に深い悲しみをたたえ、それでも前を向く気丈さ。
心遣いを忘れず、多くの仲間に慕われ、そんな彼女の心を掴めたら、あゝ……」
ハバネロ公爵討伐後はさらに切ない笑顔をするようになるんだよなぁ。
それでも優しさと強さを忘れず邪神との決戦の前夜、愛の告白をした主人公に心からの満面の笑みをついに浮かべ、そのギャップが……って、相手は主人公じゃねぇか。
ちくしょう、あの青髪生かしちゃおけねぇ……俺のユリーナを……。
「や、やっぱり、なんか企んでる顔ではないか……」
サワロワが盃を置いてこちらを睨みつける。
い、いかん、未来のお義父上に印象が悪くなる!
今更だけど!
「いやいや、今もユリーナの側で悪い虫が飛んでいるのではないかと心配しているだけだ」
「ユリーナを護衛している聖騎士を排除する企みか!」
いやいや、なんでやねん!
「誰がそんなことをするか!」
「貴様ならするだろうが!」
何という濡れ衣!
このハバネロがそんなこと……あ〜、うん、覚醒する前のハバネロ公爵なら必要とあればしなくもない。
なんというか感情抜きで、どんな残虐な手でも有効と思えば躊躇わず実行してるんだよなぁ……実利重視というか、でも、今の俺には分かるけど、それが結局、積もり積もり重なって今の詰んだ状態なんだよなぁ……。
ハバネロ公爵は相次いで両親を亡くし、味方がゴッソリ減った中で苦難に対し強権でもって対処していた。
これ、年齢から言ったら実は仕方ないと思う。
多くの暴虐なイメージが付いたのは10代の内から。
一度付いた悪いイメージというのは、少しぐらいの善行では
しかも、王国貴族の魑魅魍魎たちの世界ではそんな『甘い顔』を見せる余裕はハバネロ公爵にはカケラもなかったのだ。
ゲーム時の帝国との大戦はそんなハバネロ公爵を、暴虐だけど頼れる力のある権力者に変換した。
そうして王国の権力を握ったが、それまでに積み重ねた憎悪が主人公チームという形になってハバネロ公爵を滅ぼす結果になった。
しかも婚約者ユリーナもそのメンバーにいて……。
ゲーム時には自ら大公国に滅びを与えていながら、自身が討伐される最期まで婚約破棄をした設定はなかった。
ただ単純に自然解消と見れば良いのかも知れないが、もしかしたら……と俺は邪推してしまう。
本当はさ。
自身が討伐される最期まで、ユリーナとの婚約を解消したくなかったんじゃないかって、思ったりするんだ。
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