第66話ユリーナの来訪

「何処まで譲歩されますか?」


「難しいところだが、自治組織としての活動を認めるぐらいか。

 兵役の義務は負ってもらうがな。

 後はかつて『悲劇』があった街での式典とその街に戻る者への優遇措置だな。

 戻ることを希望する者には人民台帳への登録の代わりに支援金を渡すといったところか。」


 自治組織だが当然、王国の法や指示には従ってもらう。

 公式にあの街での出来事を公爵が謝罪など到底出来る話ではないが、お互いに起こった不幸な悲劇とすることで落とし所を探る。

 反乱軍への優遇措置と言えるのは、街に戻った際の支援金だが、人民台帳へ記載されると言うことは、今後、何かした場合でもすぐに特定されるということでもある。


 もっとも反乱軍とは、はっきり言えば敵対組織であるので、それを国民として認めるような内容はかなりの恩情であるし、王国内でも様々な根回しが必要な難しい話だ。


 だが帝国との戦争を前にしたこの時だから、多少の越権行為もなし崩しに出来る状況があると俺は踏んでいる。


 例えば初戦にて王国が敗退したところで、公爵は反乱軍と手を取り合い同じ王国に住む者として卑劣なる帝国を追い出すことに成功する。

 その功を持って、王国は彼らを赦免するという筋書きなどやりようはある。


 反対に敵対を示唆するならば、帝国との争いが本格化する前にどれほど残虐と言われようと排除せねばならない。

 それほどに余裕がない。


 故にこれ以上を求める、もしくはハバネロ公爵憎しで理性的に落とし所を探さないようなほど愚かであるならば……。


 主人公ラビットもこの世から消えてもらわなければならない。

 ……正直困る。

 困るけど、仕方ない。


 仕方ないけど、その時は邪神戦とか超不安。

 お願いだから、話を聞いてぇぇえええ!!





 そんな訳でモドレッドはサビナと他の護衛を連れて交渉場所となる街へ移動。

 マーク・ラドラーがラビットである以上、戦闘になったら苦戦は必至なので黒騎士には陰ながらフォローを頼んである。


 さらにミヨちゃんへの連絡も頼む。

 正式に雇う、もしくは完全に公爵領の者になって貰いたいが、その辺を確認したい旨を伝える。

 大戦後に黒騎士に爵位を手に入れてそこから報酬を出すとかどうだろう?

 絶対、嫌がるな。

 街の1つでも渡して税優遇という感じもありかな。


 条件など有れば言ってもらえれば考慮するし、金は応相談。

 出来れば金策方法があれば、こちらが相談したいぐらい。

 全面的に優遇してでも雇いたい。


 あんたはまあ、そういう奴だよなと黒騎士に呆れられる。

 黒騎士のヨメのミヨちゃんだろ? 身内みたいなもんだと言うと、まだ嫁じゃない!

 通信で怒鳴られた。


 通信を聞きながら、俺たちがニマニマしてしまうのも仕方がないことだ。


 ラビットことマーク・ラドラーも黒騎士も王都の近くに来ているのは訳がある。


 簡単なこと。

 部隊長であるユリーナを俺が王都に呼んだからだ。


 逢いたいからという理由だけではない。

 来る帝国との大戦時、非常に遺憾ながらユリーナたちには無理を頼むことになるからだ。

 その予測と対応について、しっかりと伝えておくためだ。


 本当は全軍でもって保護したいが、ユリーナはただ守られることを良しとする女性ではない。

 彼女もまた聖騎士としての誇りを持っている。


 聖騎士としての訪問ということで、ユリーナは騎士服のままで公爵邸を訪問しに来た。


 本来は例の聖騎士2人の護衛を伴って来るものだが、今回はユリーナ1人で訪問してもらう。

 大ぴらに出来ない話をするためでもある。


 王国の貴族令嬢ならばこういう時はドレス一択だが、こういうところにも王国と大公国の違いがあるとも言える。


 ただ、単にユリーナ自身がそういう武闘派な性格なだけかもしれない。

 よく考えたらゲーム中、ずっと前線にいるような娘だもんね。


 ちなみに俺はユリーナに逢えるだけで、どんな格好だろうと万歳する。


 早速、公爵邸の入り口で顔を見せた途端に抱き締めてしまった。


「ちょちょちょちょ!? ちょっと!?

 やっぱりあの時の本物だったの!?

 影武者とかじゃなくて?」


 俺に抱き締められてバタバタと手を右往左往しているユリーナは実に良い。


「ああ……ユリーナ、我が婚約者よ。

 今日もまた一段と美しい。

 俺と逢うために騎士の正装で来て頂けたとは……天にも昇る心地とはこのことだ……」


 王国公爵に会うので正装は当然なんだけど。

 その幸せを噛み締めている俺の後頭部を誰かが叩く。

 俺の後ろに控えていたメイドだ。


「閣下。

 ユリーナ様が戸惑っておられます。

 とにかく中に入られては如何でしょうか?」

「うむ、痛いぞ? メイア。

 お前は少し公爵への扱いを学んで欲しいと思うのは俺の気のせいか?」


 キリッとした出来るメイドの皮を何十枚も被った駄メイド。

 今の見た目だけなら、公爵閣下の暴走を諌めた勇気あるメイド風だ。


「……え。

 メラ、クル……?」


 抱き締められて手をバタバタしていたユリーナは俺から解放されても動きを止めたまま、元聖騎士のメイドを見て目を見開く。


「さ、どうぞ、ユリーナ様。

 お屋敷の中へ」

 メイドは優しい笑みでもって、ユリーナを屋敷の中へと案内した。


 俺を無視して。

 おいコラ、駄メイド。

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