第165話リターン31-ハバネロの最期
「ツンデレラの話じゃ分からなかったか?」
俺が居る部屋へサビナとメラクルがやって来て尋ねたのだ。
どうにか出来ないものなのか、と。
「サビナもか?」
サビナは内情を分かっているはずだ。
色々一緒に準備した訳だから。
「私は閣下に従うのみで御座います」
サビナはそう返す。
ため息と共に俺は頭を掻く。
メラクルはそんな俺を懇願する様に見てきて。
「分かるけど……、けど!
諦めるにはまだ!」
「諦めてるわけじゃねぇよ」
言い切るが納得しない顔。
「……あんまり話したい内容じゃないんだがな」
現状を1番嘆きたいのは俺なんだぞ?
あまりにも夢も希望もない話だから、あえて言わなかったんだが……。
俺の悪名が酷過ぎてー。
メラクルがわざわざお気に入りのビスケットまで山盛りにして、いつも通りにするから話してよとまで懇願されては。
「……そんな顔すんな」
そう言いながらこちらを辛そうな顔で見るメラクルの頭をクシャクシャとする。
「俺たちが来なかったら、大公国がどうなってたかは想像がつくな?」
命とも言うべき貴重な時間を費やし、その分、俺が追い込まれることになっても大公国に来ないって選択肢だけは無かった。
メラクルは辛そうなその顔のまま頷く。
「大公国を接収するのに、王国が何も言わない理由は分かるか?」
「……分かんない」
「ハバネロ公爵を打倒した後、接収した大公国の領土分、自分達の分け前が増えるからだ」
こいつにこんな顔までされたら、どうにも俺は弱いらしい。
ビスケットまで用意したなら、遠慮なく食べながら話せよ。
……いつも通り、な。
「……ま、一言で言うと誰しも忘れがちになることだが、こちらが考えつく程度のことを相手が考え付かないわけがないってことだ。
相手がクズだろうが、馬鹿じゃないんだ。
ましてや悪逆非道のハバネロ公爵を討つために、正義という名で結束してるとさらに厄介で隙がねぇ」
そして俺は、ゲーム設定のハバネロ公爵の破滅の話を聞かせた。
「閣下……」
サビナの呼びかけにハバネロ公爵は少しだけ寂しそうに笑う。
唯一の忠臣となってしまったサビナは悔しさでそれ以上、何もいうことは出来ず下を向いて身体を震わせた。
「……お前には悪いことをした」
「いえ! 閣下は何一つ……、我らの力が足りぬばかりに……」
大公国を接収して戻る頃にはもう終わっていた。
公爵領への交易が停止された。
周辺の領の不作が理由だと。
口実など何とでも良いだろう。
どうとでも言える。
納得出来ないと動いたところで、抗議に賛同してくれる味方は居ない。
周りは敵だ。
こぞってハバネロ公爵を逆に非難するだろう。
貴族派の者たちに手を回すにしても……王に逆らったりまではしないだろうし、貴族派も激烈なハバネロ公爵を恐れ、その恐怖ゆえにこの機会に排除を望む。
要請や策謀を仕掛けたところでのらりくらりと時間を稼げば、それでハバネロ公爵は終わりだ。
それだけもう時間は残されていない。
領内の民衆もこの機会を逃さなかった。
悪逆非道のハバネロ公爵を自分たちの力で追い出す。
その誘惑に耐えられる者は少ないだろう。
自らを正義と信じて。
領内の街からもすでに反抗の火の手が上がっている。
兵たちからも離反者が出ている。
当然だ。
兵たちも皆一人一人が人間だ。
従わすには、さまざまな物がいる。
そして何より己が信じるものこそを選ぶ。
誰が悪逆非道の親玉を選ぶ者がいるものか。
全力で動員したところで、ハバネロ公爵軍は200も集まらないだろう。
民衆すらも敵なら食糧や武器も集まらない。
手から砂がこぼれ落ちるような感覚だ。
噂に流されず残る者もいるだろう。
強さや恐怖に従う者も。
それでも抗えるほどの数にはならない。
大公国接収前にハバネロ公爵が反乱を起こしたところで、同じだったのは間違いない。
第一、そんなことをすればユリーナは誰かに奪われていただろう。
身体か、それとも命か。
大公国の接収が間に合って良かったというべきか。
相手もこちらが対応する以上に、打てる手はいくらでも打って来る。
さらに今後は情報もまともに得ることが難しい。
さながら補給や援軍のない攻城戦をイメージすれば、よく理解出来るだろう。
人も食料も武器も、何もかもが失われていく。
周り全てが敵という事は補充するアテなどないのだから。
これからあっという間に公爵家は終わっていく、それが避けようも無い。
それらを求めて兵を起こせば、たちまち逆賊となりその20倍の兵と相対することになる。
士気も食料も武器も全てがない状態で。
情報戦をしようにも数が違い過ぎる。
1人が言いふらすよりも、10人が言いふらす方が……比べる必要もないことだ。
勝ち目などあろうはずもない。
反乱軍がユリーナたちと合流したとも聞いた。
ならば、王国は動かずハバネロ公爵が滅ぼされるのを待つかもしれない。
世界最強の部隊を当て馬に。
詰んでいた、な。
ハバネロ公爵はそっと自分の手を見る。
血塗られた
犠牲を払って帝国を撃退したが、被害が大き過ぎた。
王太子も失い、権力の座は確かにハバネロ公爵に集まるかのようにも見えた。
王位継承権がある中で1番有力なのはハバネロ公爵だった。
……だが、それを許さぬ人物が居たのだ。
それに気付くのが遅れた。
気付いた時には囲みは終わっていた。
恐らく大戦時には。
それに対抗しようとハバネロ公爵が足掻いてしまえば、王国は滅びていた訳だが。
今の状況はいつでも始動出来た上に、ハバネロ公爵にそれを阻む手立ては本当に何も、何一つなかったのだ。
「……ついて来い。
最期にやっておきたいことがある」
大公国の血を継ぐ者を捧げ、邪神を生み出すあの装置を破壊する。
最期に出来るのは、せいぜいそんな自己満足だけ。
同じ散るならば、せめて散り際ぐらい選びたいと。
それすらも最期まで付き従う者の命と引き換えに。
それどころか悪魔神に世界は滅ぼされるかもしれない。
……きっと滅ぼされるだろう。
その罪深さを悔いるには、その手は血に汚れ過ぎていた。
それでも、万に一つ、いいや、もっと僅かな奇跡がそこにあることを願いながら。
そうでもしなければ、人は安易に世界を救うためと彼女の犠牲を許容する。
ただ一つ、それだけが認められない。
祈る神などハバネロ公爵は持っていないが、それでも祈るより他にない。
燃やした街の人々の顔を忘れない。
ガレキに沈む人を見た。
それに手を伸ばし泣き叫ぶ人も。
仕方がないことだったと自らに訴えながらも、その街を燃やした赤い赤い炎は今もハバネロ公爵の心を燃やしていく。
灰になるまで。
「悪逆非道のハバネロ公爵に相応しい最期、だな」
救いもなく、未来も、何もない。
愛した人へ愛を囁くことすら出来ず、憎まれながら。
どうにも出来ない人生だった。
それでも……護りたい人の未来を願い足掻くのが人だ。
ただ、それだけのこと。
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