最終話祈り

 それは遠い過去の記憶と。

 今が調和した空間。

 そこに女神はいた。


 ユリーナによく似た顔立ちの……ユイと呼ばれた女性。


「俺はお前を護れなかった」

 俺の口から出た言葉は誰の言葉だろう。


『貴方は……護ってくれたよ。

 全力で。

 私も未来も。

 だから、ありがとう』


 それでも溢れる涙が止まらない。

『なにもかもとおい昔のことじゃないの。

 いまの私たちは……私は幸せだよ?』


「俺も……だ」

『でもまあ、貴方がミラもお嫁さんにしちゃうなんてね。

 面白くて……笑っちゃった。

 これで皆、ずっと一緒にいられるって。

 ……私、欲張りだったみたい』


 始まりは絶望の中の小さな祈りだった。


 世界は滅ぼされ、生き残った人たちも絶望の中で光一つ見えなかった。


 そこに小さな可能性があった。

 女神の因子を持つものが女神となり悪魔神を封印する可能性。


 それは祈りだった。

 大切な人を護りたいための祈りだった。


『忘れさせて』


 彼女を護った聖騎士を彼女は深く愛した。

 聖騎士もまた彼女を深く愛した。


 愛した彼女を失うことでしか未来が紡がれないことを知りながら。


 それでも人々は……2人は祈った。

 生きる希望の光を。

 後の誰かにその想いを繋ぐ。


 黒髪の女性は俺に微笑んだ。

『ありがとう』と。


 そして、光が溢れた。

光輝心願いきるということ

 その光に溶けるように女神は散った。





 これで……世界は救われる……。


 1人女神がいた空間に取り残された俺は、ぼうっとした頭でそのことだけは感じる。


 これから……どうしようかなぁ……。


 俺の役目は終わった。

 もう公爵という地位で頑張らなくても、あいつらの世界は続いていく。


 これからも辛いことはあるだろうけど、幸せに向かって歩いていけるだろう。


 俺はどうしようかなぁ。

 過去に犯した罪は消えない。


 それでも、せめて世界を救ったことでチャラにしてくれねぇかな。

 そっと静かに消えるから。


「レッド!!」

 振り向くとその空間にユリーナがいて。

 真っ直ぐ駆けてきて、俺に飛び付き抱き締めてくる。


『ありがとう、助けに来てくれて』

 その言葉が再び聞こえた気がした。


 俺たちは転生をしたわけではない。


 それでもその想いと意志は血を通していまにつながっている。


 向こうからメラクルもダルそうに歩きながらこちらに来た。

「疲れた〜、帰ろー。

 帰ってお茶飲んでビスケット食べて寝よー。

 ……っていうか、ここどこ?」


 キョロキョロと辺りを見回すメラクル。

「ここは……多分、女神や悪魔神がいた世界。

 ネットワークという古い言葉の世界だ。

 どこにいても誰とでも繋がれる理想を抱えた世界」


「ふーん、寂しいところだね?」

 興味なさそうにメラクルは呟く。


「本来はそうでもないさ。

 ただずっと昔に人は間違えてしまった」


 調和を生む世界として発展すれば良かったのに、あるとき誰かが最強を求めた。

 それも努力の果ての尊敬できるものではない。


 人がほんの少し他の人より、楽に優位に幸せに、とそう願ってしまった。


 誰かのためよりも自己のために。

 そして別の誰かがその欲を利用して加速させた。


 夢を見るよりも物理的な最強という快感を、暴力による搾取さくしゅを。


 ネットワークは誰かの幸せのためではなく、他の人より優位に立つためだけの奪う存在に成り果てた。


 悪魔神はもしかすると、暴走していなかったのかもしれない。

 長いときの中で人が願ったことを忠実に叶えようとしただけなのかもしれない。


 いまとなってはどうでもいいことだが。


 そうだ。

 終わったんだ。

 それに……。


「……俺は、お前たちのそばに居て良いんだな」


 今更ながら実感する。

 俺はこの戦いで全部が終わる気がしていた。

 だけど、人生は続くんだ。


 ユリーナとメラクルにキョトンとされる。

 ユリーナは俺に抱きつき微笑み、言った。


「当たり前です。

 居てもらわなければ困ります」


「そうか……」

「そうです!」


「当たり前でしょ?

 何言ってんの?

 早く帰ろうよぉ〜。

 ハバネロ、帰って来ないと意味無いし」


 ユリーナは俺を見つめ、もう一度告げる。


「……帰っておいで。

 そうして家族がいっぱいになって、メラクルも皆も居て幸せに暮らすの」


 俺の中に家族がいて、皆がいて、笑っている。

 そんな光景が浮かんだ。


 ああ……そうか、そうだったな。

 もう良いんだ。


 記憶を失って目覚めて、詰んだと思った。

 もうどうしようもないのだ、と。

 それでも足掻いた。


 それから考えて考えて行動して。

 そうして必死に頑張った先にいまがあった。


 ああ、そうか。

 生きていて良いんだな。


「ああ……帰ろう」

 不覚にも俺の目から一雫の涙が溢れる。


 そんないつかの光景が眩しくて、愛おしくて。

 今を生きているのだと未来へと生きているのだと、初めて実感出来て……。


 どうしようもなく涙が溢れた。


 自分が自分であるということがこんなにも難しかった。


 ああ、そうか。


 俺が本当に欲しかったのは幼い頃、大公国で見たあの穏やかな景色。


 皆で泣いて笑って馬鹿言って。

 それだけで良かったんだ。

 それだけが欲しかった。


「これからどうしよう……じゃ、ねぇか。

 これから始まるんだな」


 俺は口の端を吊り上げる。

 それはきっといつもの悪人笑いで。


 甘くはないし辛い人生だ。


 それはもうハバネロを噛み締めたように、いっそ苦味すら感じるほどに痛みと辛さが広がるのが人生だ。


 それでも、ああ、それでこそ生きているってわかる。


 たった一つのなにかだけで辛い人生も幸せってやつに変わるこの人生に。

 この自分を抱きしめて生きていこうと思う。


 自分は自分以外の誰かにはなれはしない。

 だからそう、自分の人生を精一杯に。

 そうして頑張ったぞ、と最後に笑ってやるんだ。


 我が名はハバネロ。

 辛い人生だって受け入れて、さ。


 そうして目覚めた。


 気づけば俺は屋根がなくなり、青空の見える教会のど真ん中で寝っ転がっていた。


 疲れた顔で黒騎士とロルフレッドが俺のそばまでやって来た。

 全員、ボロボロで酷い格好だったが。


 なんとか生きてる。


「ま、終わったことだし帰ろうか」


 そうして俺たちはそれぞれの愛する人のところへ生きて戻った。










「ところで結局、なんであんたは世界を救おうとしてたの?」

 部屋で3人でいるときにメラクルがふとそんなことを尋ねた。


「別に?

 約束だったろ?」

 それ以上もそれ以下もないが?


「姫様泣いてないじゃん」

「……ぐったりしてますけどねぇー」

 ユリーナはベッドに寝転がってぐったりしながらジト目で訴える。


 ちょっとこう〜、なんだな。

 安定期に入ってちょこ〜っとイチャイチャし過ぎただけだ。

 仕方ない、仕方ない。


 慰めるようにユリーナの柔らかな黒髪を撫でておいた。


「世界が滅びることになったら悲しむだろ?」

「それは誰でもそうじゃない?」


 メラクルはそう言いつつ、ユリーナの頭を撫でている俺にもたれる。

 なので俺は本音をさらっと告げる。


「ただお前やユリーナが幸せだと笑ってる姿が見たいだけだ」


「そそそそ、そういうことさらっというあたり油断ならない!

 このエロ唐辛子!!」


「なんで怒られなきゃならん……」


 3人でこの状況で、エロ唐辛子は否定できないというのはあるが。

 安定期に入ったのは、なにもユリーナだけではない。

 ユリーナが男の子で、メラクルが女の双子を妊娠した。


「英雄にでもなるつもりだった?」

「お前……に限らないんだろうが、少し勘違いしているな。


 歴史の中で看板としての英雄はいても、世界を救える絶対のただ1人なんて居ない。


 全員がそれぞれにやるべきことを少しずつ、そうやって未来のために己の命を懸ける。

 それでようやく世界を少し変えられる、それが紡がれ集まり、世界が救えるほどの奇跡が起こる」


 地道なもんさ。

 俺はそれが嫌じゃない。


 人がそうであるように。

 俺たちがそうであるように。


 俺たちが俺たちであろうとしたから。

 俺たちが自分のできることを必死でやってきたから今というときがあるのだ。


 それは誰も皆、そうなのだ。


 突然の神頼みの誰かの力ではなく、1人1人が今を未来へ繋げようと足掻いた未来が今なのだ。


 いまという時間は未来の想い出なのだ。


 俺は2人に口付けをおとす。

「ほらぁ、このエロ唐辛子!」

「レッド、キスで誤魔化そうとしてない?」

「そんなことないぞ、多分」


 俺たちは愛する人がいるこの世界で、ただ精一杯生きるだけだ。




 最終章 『今を生きるということ』 了

 我が名はハバネロ  完


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