ほんの少しの未来の話

エピソード1:まんじゅうの香りに誘われて

「母ちゃんに紹介するから実家に一緒に来て〜。姫様も一緒に」


 いつも通り俺が仕事をしているところにメラクルがコーデリアを伴ってやって来た。

 そして勝手に茶を4人分淹れてひと息つくと、唐突に軽い感じでそんなことを言った。


 メラクルは妊婦だというのに今日も落ち着きがない。


 メラクルの隣で堂々と一緒にお茶を飲んでビスケットをくわえたメラクルの義妹で侍女のコーデリア。


 クロウと結婚してメラクルの義妹となったコーデリアだが、そのポンコツ具合は実の妹と言っても差し障りがない。


「まだ義母様を公爵様にご紹介してなかったんですか!?」

 その彼女はなぜかメラクルのそれを聞いて目を見開いていた。


「てへへ、忙しくてつい……」

 メラクルは舌を出しながら笑って誤魔化した。


 たしかにとんでもなく忙しかった。


 あれから……。


 あのアークマシーンとの戦いから忙しいというどころではなかった。


 滅びてしまった共和国の難民たちの処遇。

 ガラじゃねぇんだけどな、とボヤきながらスパークはミレと一緒に共和国の代表的な立場で王国と帝国との調整を続けている。


 共和国という国ではなく、フリードハーモニー自治区として、今後は王国と帝国の支援を受けていく。

 意味はそのまま自由と調和。


 今はどこでも生きるのに必死だろうが、だからこそただ前だけを向く、それだけで良いのだ。


 王国と帝国と双方の混乱もようやく落ち着きを見せた。

 帝国は旧体制からの変換を意味し、皇帝が交代し新皇帝が立ち、国名をシュトナイダー帝国とした。


 ロルフレットはベルエッタと結婚することで皇族入りしたが、皇位継承権は持たず軍部の最高司令官として帝国を支えている。


 ロルフレットとベルエッタの物語は元大公国の大商人マーク・ラドラーにより本にまとめられ、ときに戯曲や演劇で帝国中で大人気となった。


 そのマーク・ラドラーの暗躍の裏にどこぞの公爵の悪ノリがあったとかなかったとか。


 王国についても、最後の戦いの直前に王が代替わりしたが、それでも新王レニンは王国をよくまとめあげた。

 その新王レニンは過去との決別を意味して、この国をニューグラン王国と名付けた。


 帝国と王国。

 時代の流れにより名を持たなかった国が名を持つ国に変わる。


 これにより体制や主義主張による国作りではなく、そこに暮らす人々に柔軟に対応した国作りをしていくことを両国で約束し合ったのだ。


 いずれにせよ、ただでさえ人手不足なのだ。

 もはや貴族だけが上に立つことで成り立つ世界ではない。

 能力があるものが分け隔てなく選ばれ皆で協力しあって国を人々を支えるしかないのだ。


 一時は王国と帝国との統一も考えられたが、いまだ風土と思想の違う国を一つにするにはあまりに障害が大きいということで徹底した融和のみとなった。


 アークマシーンとの戦いの中心地となった教導国は国としての立場を放棄し、人々の精神的な支えになるという宗教本来の立ち位置に回帰した。


 聖女シーアも国に戻り、ガイアと一緒に精力的に活動しているらしい。


 聖女シーアが元気よく至るところで騒動を引き起こし、ときに解決して、人々からは絶大な支持を得ているとか。


 良い結果をもたらせているのはいいが、そのドタバタに付き合う妹は大変だとガイアがユリーナに手紙で嘆いているそうだ。


「どこかのポンコツに巻き込まれた妹みたいだな」

 そうぼやくとそれを聞きつけたウチのポンコツがムキーと騒いだ。


 とにかく忙しかった。


 ハバネロ公爵家だけではない、王国中、世界中が忙しく、全員が走り回った。


 そのドタバタの最中、メラクルも妊娠が発覚。


 この忙しい中でも大将はやることやってんだよなぁ、と黒騎士なんかはボヤいたが、その直後にミヨちゃんの妊娠が発覚。


 父親が誰なのかは分かりきっていたので、人のことは言えない黒騎士のぼやきはそのとき限りとなった。


 そんなこんなでメラクルの家への挨拶は行けていなかった。


 貴族のような堅苦しいものは不要とはいえ、顔見せぐらいは行うべきだった。


 メラクルの父親は俺と直接顔を合わせたことはないが、メラクルの弟のクロウ共々俺に仕えている。

 クロウに至っては今ではアルクの片腕ともいえる俺の側近だ。

 今更という感じもなくはない。


 それでも貴族の家では子供の世話は仕えている侍女などが行うが、大公国では庶民と同じく母親の手で子供が育てられるそうだ。

 また子供が生まれれば親戚がこぞって手伝いに来るという。


 メラクルとの子供だけでなくユリーナとの子も生まれれば、メラクルの母親も手伝いに来てくれるはずだ。


 それならば、たしかに俺としても貴族としてではなく、ユリーナとメラクルの夫としてメラクルの母に会わなければならない。


 王国も変化している。

 いつまでも貴族主義主義に囚われてはいけないのだ。


 しかしながら、大きな混乱は収まったとはいえやるべきことは果てしなく多い、……っていうか終わんねぇよなぁ。


 まだ、仕事が片付かない……と言いかけたところで顔をガシッと掴まれ、ユリーナから口付けされた。


「レッド、仕事し過ぎです。行きますよ」

「……ハイ」


「ハバネロって、チョロいわねぇ〜」

「うっさい、ポンコツ」


 詐欺も戦いも交渉ごとも相手の思考を停止させて不意をつくことが大切だ。

 俺がチョロいわけではない。

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