第176話立ち塞がるのは誰のため

 予感があった。

 彼にどうしても逢わなければいけない。

 逢わないと一生後悔する。

 確信すらあるそんな予感。


『ユリーナ様が言ってた城へのルートは、事前に言っていたように監視されていた。

 もう一つのルートは……発見されていないようだ』


 ラビットから通信が入る。

 ローラは眉をひそませる。

「大公家でさえ限られた人しか知らないはずの通路を公爵が何故……?」


 それに対し、私は呟く。

「やっぱり……」


 シーアという少女が見せてきた夢の内容が、ある種の真実を現しているというのならば、それは予想出来たことでもある。


「ガイア。

 レッドはやっぱり、ガイアと同じような記憶を持っているということだと思うの」


 私はそのことに確信を持ち、ガイアに振り返る。

 ガイアはアゴに手をやり少し考える。


「たぶん、そうなんだと思う。

 だから僕が知っている記憶のハバネロ公爵と、あんなにも違っていたんだ」


 今度は私が考え込む番だ。


「だけど、それだとガイアの記憶と同じ未来を辿ろうとしていることになるのよね?

 邪神や暗黒神との戦いは味方が増えそうなら、私たちには有利にはなるだろうけど。

 このままだとレッド本人が破滅するってことでしょ?」


 それなのに、何故同じ道を辿ろうとするのか?

 もう何らかの突破口を見つけているため?

 分からない。

 レッドのことを愛している。


 そう言えるのに、想い以上に私は彼のことを何も知らない。

 本当の望みが何なのか、それとも彼はあの逢瀬の中でそれを口にしていたのだろうか。

 ……分からない。


 ガイアもむーと唸りながら、同様に首を横に振る。

「分かんない。

 本人に聞きでもしないと……」


「ガイアはどうして自分の記憶のことを話そうとしなかったの?

 怖かったなら、少しでも誰かに話した方が……」


「……怖かったから。

 自分の中にあり得ないはずの記憶があって、それが自分の最期なんだって。

 怖くて仕方がなかった。

 同時にそれが誰かに信じてもらえるような記憶じゃないってことも分かっていたから。

 ユリーナは突然、人に私は前世の記憶がありますと言われて信じられる?

 ……正直、頭がおかしいって思わない?」


 思うか思わないかで言えば、思わない訳がない。

 それがどれほど超常的な出来事か分かるから。

 あり得ないとまで言い切ったりはしない。


 世界にはそんな不思議な力を持つ人は確かに存在するだろうから。

 でもそれは、世界の中のほんの一握り、奇跡の存在だ


 ……それに。

 何度でも物事を無制限にやり直せるなら、私が、私たちがなぜ今を必死に一生懸命生きているのが、誰かを全力で愛しているのか分からなくなってしまう。


 今、そこに生きる人は今、この時にしか存在しない。

 だから大切な誰かが愛しいのだ。

 だから大切な誰かと共に居たいのだ。


 私たちは今ここに生きているのだから。


 だから貴方に逢いに行く。

 私たちは生きているから。


 貴方が行こうとする場所に一緒に行くと、その道が間違った道なら無理矢理にでも私の方に振り向かせるために。


「大公家だけが知る抜け道があります。

 それを使います」


 そしてガイアに振り向く。


「……私はガイアを信じてる。

 信じている人の言葉は、例えそれがどれだけあり得ないことでもちゃんと聞くから」

 そう言って笑って見せる。


「……ありがとう」

 ガイアはそっと一度だけ目を閉じる。


 だからね、レッド。

 私は貴方のことも信じるよ。






 私が示した抜け道に公爵家の兵は見張っていないようだった。

 脱出のことも考え、ラビットの組織のラレーヌさんたちには脱出経路の確保をお願いした。


 夢の出来事のように、私たちをレッドが害するとは思えない。

 けれど、あの夢の中のように何かがあるのならば。


 ……夢の中のレッドのように、あの冷たい瞳で見られたら。

 私は冷静で居られるのか。

 分からない。


 どれほど覚悟しても、会って確かめないことには人の心に巣食う不安は拭いされることはない。


 どれほど覚悟しても、どれほど信じても。

 言葉を交わし想いを伝え合わなければ、人と人と分かり合うことは絶対にないのだから。


 狭いが封鎖されている様子のない人気のない通路を抜け、私たちは城の中の広間の一つに出る。


 そこから階段と廊下を少し進めば、玉座のある広間へ到達する。


 だけどここには1人の人物が、まるで私たちを待ち構えるように立っていた。


「……黒騎士ロイド」

 私たちの仲間でレッドを大将と呼ぶ。

 彼に雇われた密偵一族の長。


 黒騎士は軽く肩をすくめてから、困ったとでもいうように軽い苦笑いを浮かべ頭をかく。


 金属片を手に持ち……きっと何事かを彼に伝えている。


「妙な気配がしたんで、こっちに来てみれば、な。

 珍しい……大将も読み違えるんだな」


「そこを通して。

 彼に逢いに来たの」


 彼には珍しく意外そうな顔で、目をぱちぱちと2度ほど瞬きをする。


「そりゃあ……、それが本当なら大将が泣いて喜びそうなもんなんだが……」


 また困ったように黒騎士は頭をかく。

 奥から彼の部下が何人も出て来て、黒騎士と共に道を阻む。

 銀翼騎士団シルヴァや公爵家で見たような顔が並ぶ。

 メラクルの姿は、ない。


 彼が目の前に立った時から予感がしていた。


「悪いがここは通せねぇ。

 引き返してくんねぇかなぁ〜?」


 彼が私たちを足止めに来ていたのだと。

 レッドに逢いたければ、押し通るしかないのだと。

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