第177話リターン35ハバネロVSパールハーバー前
欲しかったのは宝石でも権力でもない。
欲しかったのは、ただ一輪の……白百合。
他には何もいらない。
ユリーナたちが城に入り込んだらしい。
ゲーム設定よりもずっと早い。
本来なら全てが終わってからだったはず……。
今、ここで事が終わる前に来られるのはマズイ。
アルクたちと渋ったメラクルも無理矢理足止めに向かわせて、俺はサビナ、コウ、カリーの4人でパールハーバー1人と向き合っていた。
パールハーバーは1人で相対しているにも関わらず、焦る様子も見せず俺に語りかけてきた。
「貴様と聖女の会話を聞いたと言う者が居てな」
「……何?」
何の話だ?
俺と聖女?
ずきりと頭が痛む。
『全ては可能性の物語。
いくつもの可能性を指し示すだけのことで、やり直しや完全なる未来予知を実現するものではありません』
頭の中にまるで逆流するように浮かんだ言葉は誰のものか?
聖女と言うと先代聖女クレリスタとの話か?
ならばあの山に、女神教の中に邪教集団も居たということか。
「あのハバネロ公爵が婚約者にひどくご執心だ、とな」
眉をひそめる。
言ったか? そんなこと……。
『そこは素直にユリーナさんを救いたいだけ、でよろしいのでは?』
俺は記憶を辿るが、クレリスタにそんなことは話していない。
「そのことを受けて、ユリーナ姫と仲の良い聖騎士を暗殺者として送ったのだがな。
大公国と貴様との間にクサビを打てば、さぞかし楽しい事になるのは間違いなかったはずだが……。
まさか、逆にミイラ取りがミイラになるとは思いもせなんだ。
ふん、これだから女というのは信用ならん」
暗殺者って……。
メラクルのことかーーーーっ!!
思わず叫びそうになった。
いや、冗談をかましている場合ではないが。
「ユリーナ姫は他に誰か愛しい人が居るのではないか?
……例えば、ユリーナ姫が拾ってきた男どもの中に」
「……やめろ」
俺の頭の中にゲームのワンシーンがリプレイされていく。
俺がその可能性を意識するだけでゲーム設定は動き出したのだ。
『忘れさせて?』
黒髪の女は青い髪の青年の首にしがみ付くように腕を回す。
パールハーバーは俺の様子に悦にいった様子を見せる。
「ほう……?
貴様も心当たりでもあるか?
すでにその者と情愛を交わしているかもしれんなぁ」
「やめろ!!」
それがむしろ当然だと。
黒髪の女はその男に深い口付けを捧げる。
青髪の男もそれに応えるように彼女を抱き締める。
その相手は俺ではない。
勝手に脳内でフラッシュバックが起こる。
剣を握る手を離してしまいそうになるほどに酷い頭痛が沸き起こる。
そうして、2人はベッドに倒れ込み艶やかな黒髪は柔らかなベッドの上に広がり……。
今すぐ殺してくれと叫びたくなるほどに。
ゲーム設定の記憶とやらは肝心な未来への突破口は示してくれないのに、絶望の可能性だけは何度も、……何度も繰り返す。
出来もしないのに、全て壊して奪い去ってやろうかと何度も思った。
俺が居なくなるということは、いつか必ず彼女は他の誰かに。
……いいや、分かっている。
俺が生き残ったとしても、きっと彼女は俺の手を取らない。
ゲーム設定のように。
俺を討伐に来るかもしれない。
その未来が何より恐ろしい。
……だから足止めさせた。
ああ! ずっとそれが恐ろしいさ!
笑えるだろ?
詰んでるとかどうとかよりも、俺が討伐される事実よりも。
ゲーム設定で見せられた『俺』の最期の光景が、俺以外の誰かが彼女を抱き締めるその瞬間が何よりも恐ろしい!!
笑えよ!
なあ!!
見ているんだろ、ハバネロ公爵!
お前と違って、俺は全然覚悟なんて出来てねぇんだよ。
傲慢なお前にピッタリの未来だろと。
全てを読み切ったつもりで諦めたフリして。
でも拙い奇跡が起きるんじゃないかと、何度も何度も繰り返し。
時間切れだと分かっているのに!
自分が情けなくて反吐が出そうだ!
ああ、そうさ!
俺は『お前』とは違う!
冷徹に己の為すべきことを為せることだけをただ真っ直ぐに、ユリーナに憎まれようとも実行しようとしたハバネロ公爵とはな。
ガンガンと鈍器で頭を殴られているようで、正気すら保つことが難しい。
その痛みが何処から来るものなのかすら今の俺には分かりはしない。
頭か、それとも脆弱な……心か。
……それでもここで気を失えば全てが終わりだ。
例え消える命だろうとも。
今消えてはいけない。
例え、必ず俺は彼女を失うと知っていようとも。
この命が消えかかっていて、それを受け入れようとしても。
……どんなに惨めでダサくて情けなくても、な。
それは今じゃない。
例え俺に残された命の砂時計が、ただひたすらに流れ落ちていても。
「はっはっは……、これほど、これほど効果があるとは!!
俺はぬかったわ、これほど効果があるならば、もっと早く、より効果的に貴様のその顔が見られたというのに!
貴様が、正義や悪だとかよりも、これほど愛とかいうものに狂っていようとは……誰が思おうか!!」
パールハーバーは実に楽しそうに高笑いする。
どうしようもない絶望と自分への情けなさで、今すぐ叫びたくとも。
唇を食いしばると血の味がする。
それが俺を正気に戻す。
「パールハーバー……。
お前はここで退場だ。
俺と一緒に地獄に来てもらう」
剣を構える。
それでもこいつは生かしておけば、ユリーナの傷になる。
「ふん、思っていた以上どころではないな。
想像もしないほど有効な一手だったようだな。
邪教集団の幹部とやらも実に侮れん。
今なら王国最強と言えど全力は出せまい」
「邪教集団幹部、だと?」
ますますもって不可解だ。
あいつらに対しては俺は他の人以上に警戒をしていた。
知られるようなミスは……。
「貴様が聖女を奪った際に聞いたらしいな。
顔に大きな傷のあるギョロ目の痩せ型で陰気な男だ。
我の美少女ハーレムをよくも、と呟いて気持ちが悪かったな。
心当たりはないのかな?」
……ない。
第一、俺は聖女など知らん。
会ったこともない……はずだ。
それとも過去の俺がそんなマネを?
一体なぜ?
考えがまとまらない。
酷い頭痛と頭の中に流れる見たくもない映像。
意識を逸らそうとすればするほど、強固にそれを見せようとする。
「いずれにせよ、奪われた婚約者の……自らのモノにならぬ婚約者の何が良いのか、理解に苦しむな」
「……黙れ。
貴様には物言わぬ骸がお似合いだ、よ」
繰り返し頭の中に流れる地獄。
ゲーム設定の記憶はまるで自分が見たかのように生々しい。
そこに自らの感情が乗ってこない映像だから、今の俺の感情が全てで。
頭の中で繰り返される『黒髪の女』と青髪の男との度重なる口付けは、その大切な女の相手が自らではないことを何度も叩きつけるように、逃してくれない。
気が、狂いそうだ。
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