第197話魔導力が移る可能性

「条件とやらを聞いていなかったな」


 条件が揃えば魔導力持ちを劇的に増やせるかもしれない。

 それは今後、世界を救う鍵になるだろう。


 やがて来る女神の復活と魔神との戦いには、圧倒的なまでに戦力が不足しているのだから。


 世界各国は動いているだろうか?


 ……俺が目覚めてまだ1ヶ月。

 劇的な変化は見込めないだろう。


 まだ世界の大半がこの世界を滅びることを知らない。

 世界の時間を動かさねば。


 俺の問いにメラクルが口を開く。

「じょじょじょ、条件ってなんのことかしらぁ〜? ぴゅーぴゅろろ〜」


 メラクルが口笛すら吹けず、さらには口でそれらしき音を出そうとして失敗している。


 ……こいつは、人が真面目に考えているというのに。

 俺はしょうがないな、と笑みを浮かべため息を吐く。


「……っていうか、さっきからお前挙動不審だぞ? いつもだが」

「いつもとか言うなァァァアアアア!!!」


 他にどうも言いようがない。

 またしてもベッドに足を掛けて俺に掴み掛かるが、今度もメラクル本人の動きは激しいが俺を揺すらないように気遣っている。


 なんなんだよ、こいつは。


 そんなメラクルをニコニコと眺め、聖女シーアがさらりと爆弾を放り投げる。


「条件というか、何故か好意がある相手にしか効果がないのですよ」


「あっさり言うなァァァアアアア!!!

 言うでないィィイイイイイ!!!」


 なんのことはない。

 メラクルは先程からそれを誤魔化そうとしていたのだ。

 ……どう見ても誤魔化せていなかったわけだが。


「……しかし好意とは、な」


 好意という感情は曖昧あいまいだ。

 好きとかいう感覚は永続的ではない。


 それは一定の期間、人を狂わす。

 なのに、その期間を過ぎれば熱が冷めるかのように正気に戻る。


「……そういえばあんたって」

 メラクルがジト目で俺を見る。


 俺は思わず苦笑してしまう。

 心が読めるとは実に厄介だな。


「私や姫様の好意も信じてないんでしょ?」

 なんだか心臓を掴まれるような。

 人の心は容易く人を裏切る。


 消えた記憶の中、両親を亡くしてハバネロ公爵家を継いだ俺はそれを嫌というほど味わった……のだろう。


 俺は肩を竦める。

 なんのことはない。


 考えてみれば俺は今となっては掴めない幻影に囚われて、人の好意というものを信じられなくなっているということだ。


「……無理矢理にでもこっちを振り向かせたいんだけど、それは姫様の役目、かな」


 メラクルは仕方ないと、感情を落ち着けるようにため息をゆっくり吐きながら頭をかく。


「意外だな?

 そこでグイグイ来るのがお前だと思ったがな」

 メラクルはキッと俺を睨む。


「……私にだって譲れないものもあんのよ」


「知ってるよ、っていうか。

 お前、割と譲れねぇもん多いだろうが」


 それでもその譲れないもののために暴走するのがメラクルなんだろうな。


 メラクルはトンっと俺の胸に指を突き差し、ギッと睨む。


「…… これだけは忘れんじゃないわよ?

 私と姫様は……あんたと同じ気持ち、よ」


 何が、とは問える雰囲気ではないな。

 俺が頑なに信じまいとした何かを崩壊させる言葉だからだ。


 俺は人に愛される存在ではない。

 悪逆非道のハバネロ公爵はゲームの設定や仮定の話ではなく、俺が現実に行った非道ゆえについた名なのだから。


「人の心は容易くもあり、されど複雑です。

 それでも……あなたを目覚めさせた人の想いぐらい、信じても良いのではないでしょうか?」


 聖女シーアは茶をズズズと飲み、少し寂しそうに微笑む。


 俺の身体に取り付けた計器の数字を見て、ヒエルナと何かをあれやこれやと話していたDr.クレメンス。

 その彼女は俺に報告書と魔導器作成の決済書を渡してくる。


「魔導力の方については研究を進めています。

 好意という感情により魔導力が移動するということは、魔導力そのものの発生メカニズムが感情から来るからかもしれない。

 ……ということまで分かっています」


「感情か、それはまたファンタジーな」


 俺は稟議書にサインをして返すと、Dr.クレメンスはそれを受け取りながら自らの頭をトントンと指差す。


「そうでもありません。

 感情は頭の中にある扁桃体という場所で発生するようです。

 魔導力の発生もそこから起こるのだとしたら、魔神化によって起こる感情の欠如。

 他にも公爵様が必殺技を使えない理由もそこにあると想定出来うる話です」


 必殺技。

 その言葉が出た時にメラクルが首を傾げ、聖女シーアとDr.クレメンスだけが真剣な目で俺を見る。


 この2人だけには気付かれているな。


 俺が必殺技が使えない理由がその過去の……罪の感情から来ているということを。


 聖女シーアは俺の失くした記憶のことを知っている。

 その時に俺が過去の罪について、何かを話していたのだろう。


 俺を起こす手掛かりを探るために、聖女シーアからDr.クレメンスにだけはその話をしてあるってことか。


「……となると、魔神化で感情がなくなるのは死体になるからじゃねぇのか?」


 その俺の疑問は聖女シーアが答える。


「今でこそそうですが、遠い過去。

 初期の魔神化はチートと呼ばれる人が人の力を超えた力を得るための欲望の手段だったのです。


 欲望ゆえに死亡していては本末転倒。

 必ずすたれれます。


 欲望を叶え、その欲望をさらに刺激する。

 人の歴史そのものがそうやって進化を遂げてきたのです」


 欲望はその全てが悪いわけではない。

 例えば偉大な発明もその先にある栄誉を得たいがために、何日も眠らずに没頭し地道な努力を続けて発見されるのだ。


 それが行き過ぎ、誰も止める者が居なければその先に崩壊が待つというだけのこと。

 旧文明はそうやって崩壊し、今の世界の形になった。


「キスで互いに魔導力のパスが繋がり、心を読めるようになったのは分かったが……、それで何故、俺が目覚めたんだ?

 目覚める時にメラクルが俺にキスしてたことが鍵だったんだよな?」


「あんた、起きて……!?

 寝込みを襲ってたのに!?」


 メラクルがアワアワと。

 寝込みを襲ったとか言ってんじゃねぇよ。

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