第94話リターン10-運命は廻る、カラカラと

 ユリーナ・クリストフと別れ2日後。

 ハバネロ公爵は帝国領内国境沿いを北に横断する形で進軍の際に、帝国兵3000と遭遇。


 この時、お互いに完全な遭遇戦であったにも関わらず結果はハバネロ公爵の圧勝であり、ほとんどの帝国兵が捕虜となった。


 相まみえた際に、より冷静だったのはハバネロ公爵の方だった。

 彼は最初にとある人物の首を帝国兵に放り投げた。


 それは……帝国最強の剣士の首。


 これに帝国軍3000は大いに動揺した。

 それが示すことが何か、容易に想像されたからだ。

 帝国軍壊滅、しかも帝国最強の剣士も撤退も出来ず壊滅したのだと。


 そこから時間さえあれば帝国軍指揮官も弔い合戦として、ハバネロ公爵討つべしと兵も盛り立てられたかもしれない。


 当然、ハバネロ公爵がそんな隙を許すはずもない。

 即座に全軍に突撃を命じ、指揮官を討ちとる。


 そして、降伏を勧告。

 貴様らは……この軍だけではない、帝国全てが敗北したのだと告げ。


 無論、これはこの段階では真実ではない。

 未だ皇帝は逃げ続け、王都に迫った陽動部隊も健在の筈だ。


 対する王国もハバネロ公爵が率いるこの2000と別働隊の500が、唯一機能的に活動している軍だろう。


 王国はあまりにもボロボロであった。

 さらには事前情報では、帝国軍は公称1万の戦力と言われていた。


 この公称の軍の数というのは通常ならば、味方の士気を上げるために膨らませて宣言するものである。


 だが、だがである。

 王都に陽動として向かった帝国兵が2000、グロン平原で決戦した帝国兵が5000、そして今、戦った帝国兵3000。

 これでは1万の帝国軍全てが王国に攻めて来たことになる。


 公称よりも多いのではないか?

 ハバネロ公爵がそう思うのも無理からぬことだった。


 これは帝国の大胆な策であり、帝都の守りを空にしてでも呼び寄せたこの3000を予備兵として、最後に戦場に投入することで王国にトドメを刺すはずであった。


 それは完全な裏目に出た。


 まさかこのことが、後の悲劇を産むことになろうとは、誰一人予想すら出来なかった。


 ハバネロ公爵は帝国3000を撃破し、その勢いのままについに皇帝を追い詰めた。


 皇帝は王国内の山間の小さな廃教会に少ない手勢と共に隠れていた。


 完全に山を包囲し、逃げることが万に一つも叶わない状況でハバネロ公爵は帝国皇帝に相対した。


「よう、皇帝陛下。わざわざ王国へようこそ。

 死体となってお帰りいただくがな」

「き、貴様は!?」


 ぼろぼろになり折れた剣と傷付いてふらつきさえしている偉丈夫の皇帝。

 それでもその覇気は失われてはいない。


「宰相に唆されたか?

 世界を救うために各国の力を一つに、とな。

 ああ、まさにその通りだとは思うよ。

 王国には馬鹿が多い。

 多過ぎた。

 まったく嫌われ者が好みもしないのにその名を使わねばならん。

 まったく迷惑な限りだ。

 愚かな主義主張も、生き過ぎた正義って奴も、そこで生きる者にとってはとんでもない迷惑なだけだということを、地位のある方々は気付きもしない」


 俺を含めてな、とはハバネロ公爵は口にしない。

 分かっていながら口の端を吊り上げる。


「俺たち今を生きる者からすれば、そのような迷惑な方々には早々にご退場していただくしか手がない訳だ。

 残念だ、実に残念だ」


 両手を広げさらには嗤いを浮かべ、さも残念そうに皇帝を見据える。


「……ああ、最期に。

【悪魔神】を知っているな?」

 その言葉に皇帝は激しく動揺する。

「貴様は、やはり貴様も……」


「黙れ! 愚物!

 至高の皇帝と唆されて悪魔神を求める者に踊らされた輩が!!

 貴様の所為で、貴様の歪んだ正義のために幾千幾万が苦しんだか。

 その絶望の一端ぐらいは……自覚しろ、皇帝」


 そしてハバネロ公爵の剣は皇帝を貫いた。




 さらに王都に向かった帝国の陽動部隊は、王都での奇跡的な守りに阻まれ、補給も途切れ進退極まり降伏した。


 王国兵は狂喜した。


 王国側から別れて皇帝を追っていた別働隊と合流した際も、兵たちから歓声とハバネロ公爵を讃える声が聞こえた。


 それはそうだろう。

 それはさながら英雄譚。


 頼りない王国貴族を頼らず、帝国よりも圧倒的少数でありながら大軍を幾度も撃破。

 その知略、勇猛さ、その英雄の伝説の一端になれると兵は喜んで死んでいった。


 残った者たちも英霊たちを讃え誰もが死することで、ハバネロ公爵の伝説の一助になれて羨ましいとすら言った。


 その中でハバネロ公爵は、ただ1人焦っていた。

 これを成した者だから、彼だけが理解していた。


 捕虜にした帝国兵が帝国に戻り、王国と全く違い有能なる指揮官の残る帝国が、皇帝の弔い合戦を仕掛ければどうなるか?


 今度は奇跡は起きまい。

 奇略を成功させた有能な部下は、その大半が命を全うした。


 帝国軍が今回の半分の5000ほどであろうと王国は……確実に滅びを迎えることだろう。


 ゆえに決断した。


「生き埋めにせよ」

「はっ?」

「聞こえなかったか? 全て殺せと言ったのだ」

 やらなければ王国は滅びてしまうのだから。


「やれ」

 その命令を下した瞬間、もう何もかもが手遅れとなる。

 王国に侵攻した帝国兵1万が全て生き埋めにされた。


 大切なモノが千切れ飛ぶ感覚がする。

 喪ったら戻らない大切なモノと繋ぐ糸が今、心の中で、切れた。


 ハバネロ公爵は、あの日から。


 信じられるものを失い、頼れる味方を失い、もうどうしようもないほどに。


 詰んでいたのだ。

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