第31話大公国①
……当然、目覚めは最悪の気分である。
俺は大公国に向かう馬車に揺られながらの移動中の居眠りで、強烈な悪夢を見てしまった。
チラッと悪夢の登場人物メラクルを見る。
メラクルは暢気に窓の外を眺めて鼻歌を歌っている。
「お前……、俺に感謝しろよ?」
「突然何よ?」
なんとなく言っただけなので、なんでもなかったりする。
「……なんでもない」
そうとしか言えないので、そう答えるが自分でもじゃあ言うなよ、と苦笑してしまう。
「……してるわよ」
「あん?」
「感謝してるって言ったのよ!」
メラクルはそう言って、また窓の外に目を向ける。
むすっとした様子を見せながら、照れたのか少し顔が赤い。
「なら、良かったよ」
俺はそう言って、また苦笑いする。
盗賊をお縄にして、大型モンスターをサクッと討伐した後、ふと俺は気になって大公の容体についてメラクルに尋ねた。
ゲームにて大公国を最終的に滅ぼしたのはハバネロ公爵だが、大公自身は邪神の呪いにより死亡している。
その混乱を突いて、ハバネロ公爵が大公国を王国に吸収させたのだ。
武力でもって制圧した訳ではない。
半分以上、脅して無理矢理吸収した訳だけど。
そのゴタゴタの中、ユリーナ含む主人公チームは国無しとなって王国反乱軍と合流する。
ここで実は奇妙に思う現象が、ハバネロ公爵は討伐される最期までユリーナとの婚約解消を明言していないのだ。
それはユリーナとの結婚により大公国を吸収することの大義名分を得ようとしたのかもしれないが、ユリーナがハバネロ公爵の元に行くことはなく反乱軍に与してしまっている辺り、ハバネロ公爵の嫌われっぷりが分かろうというものだ。
メラクルの答えは意外なものだった。
「公式行事ではあまり姿を見ないけど、特に異常はないはずよ?
え? 『また』何かあるの?」
次から次へとメラクルの素性やら盗賊のことやら言い当ててるので、独自の情報を得ていると思われている。
……たしかに独自の情報網を持っているな。
さて……そうとは言え、大公が邪神の呪いにより衰弱し余命幾ばくとは言い辛いものがある。
全てがゲーム通りではないのは、この間の大型モンスター出現でもはっきりしている。
ゲーム設定はあくまで参考程度にすべきだ。
そもそも……俺は本当にゲームの中に転生したのだろうか?
それというのも、俺はレッド・ハバネロだ。
これは間違いない。
その上でさらに言うならば、俺はレッド・ハバネロ以外の誰かではない。
あまり深く考えても仕方がないのと、詰んでいるが故にそんな余裕がなかったせいでもあるが、転生したと仮定するなら俺の過去の人物像が浮かんでこないのだ。
仮に『前世』なりでプレイしていたゲームの中に入ったというならば、そのゲームを『プレイ』していたのは、誰だ?
だが、そもそもゲームとかアニメというのはなんだ?
もちろんチェスやカードゲーム、将棋などという意味でのゲームのことではない。
アニメという物もさらに摩訶不思議だ。
絵が動くのだ。
紙芝居ではない。
絵本でもない。
大量の絵を何枚も重ねて絵が動いているように見せる技術だ。
何千を超える絵を描くらしい。
そんな大量の絵を描くなどと狂気の沙汰だ。
それを成し得た技術である。
やれば出来るだろうが、やろうとした奴がそもそも居ない。
多くはそこまで時間の余裕がある奴が居ない。
平民も貴族も生きるのに一生懸命なのだ。
故に、誰にもこの知識のことは言っていない。
説明出来る訳がない。
俺の性格が変わった理由も説明出来ない。
王子様はお姫様のキスで『目覚め』ましたってか?
……あるね。
愛しき我が婚約者ユリーナのキスならそんな効果あるかもね!
有り有りの有りだ!
真面目に考えると気が狂いそうだった。
転生前とか、前世とか、正常な精神状態で考えつくことではないからだ。
……とまあ、そんな自分の中で整理もついていない知識のことには触れずに、俺は少し思案して取り繕うようにメラクルに言う。
「ご挨拶も兼ねて大公国に正式訪問することにしよう。
多忙だったとは言え、あまりにも不義理だった」
「……あんたが不義理だなんて、ほんと噂ってここまでアテになんないんだね」
メラクルは大きく肩を落とす。
その噂に乗って、命がけで暗殺に来たのだから複雑だろう。
残念ながら、噂は真実なんだけどね〜。
そうして、王都と大公国に打診して訪問OKの返事が来たので、公爵として恥ずかしくない馬車団をセバスチャンに用意させて移動を開始した。
当然、この手の移動には金が掛かるので、前回の盗賊退治で確保した予算を泣く泣く使った。
もっとユリーナへの贈り物とか、ユリーナのいる主人公チームへの援護とかに使いたかった……。
なお、Dr.クレメンスとトーマスは公爵府で働いてもらっている。
ゲーム設定ではそのままゲーム世界から退場していたが、その知識は大いに活用してもらいたい。
もちろん王都にはパワーディメンションについても報告済みだ。
Dr.クレメンスも王都に寄越せられないか打診があったが、病気とかなんとか言ってやんわりと突っぱねた。
Dr.クレメンスが王都に行ったら間違いなく暗殺されるだろう。
それぐらいDr.クレメンスの立場は危うい。
暗殺されなくても、使い潰されるだろう。
権力者に上手く取り入れる強かさが、彼女にあれば別だが、そんな性格なら帝国から逃げてないな。
そこの不器用さは流石鉄山公の姪である。
なお、間違いなくDr.クレメンスに恋をしているトーマス君は我が公爵家の貴重な戦力として、日々有能な衛兵アルクに鬼の如きしごきを受けている。
頑張れ! 恋するオトコの子!!
年上のお姉様は、絶対、君を恋の対象外にしているぞ!!
頑張れぇぇえええ!! オトコの子!!
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