第32話大公国②

 大公国の公都に入る手前で馬車を止める。


 馬車から軽い感じにメラクルが降りる。

「世話になったわね」

「……気を付けろよ?」


 そしてどちらともなく、フッと笑う。


「分かってるわよ。

 ……あんたもね。

 サビナ、こいつの世話は大変だと思うけど頑張ってね?

 秘密主義だし、偉そうだし……でも、何気に良い奴だから……。

 だから……」

「……メラクルもお元気で」


 サビナの言葉に合わせるように、メラクルはクルッと背を向ける。

 その肩が少しだけ震えている。


「じゃあ、行くわ!」

 そうして、メラクルは振り返らず片手を上げて歩き出した。


 メイド服のまま。

 そういえば、着替えなくて良かったのかな?


 メラクルの姿が見えなくなると、今度は黒騎士が馬車を降りる。

「じゃあ、俺も行ってくるわ」


「ああ、ユリーナのこと……特にユリーナのこと、でさらにユリーナを頼む。

 必ず、必ず! 命を守ること!

 さらには一切、怪我なんてさせないこと!さらに変なムシが付かないように! 特に青髪の男とか青髪のオトコとか近付けるなよ!?

 いいな!? 絶対だぞ!

 あとユリーナにモーションかけるなよ! そんなことしたらミヨちゃんにチクるぞ!」


「だからお前、なんでミヨのこと知ってんだよ!?」

 名前しか知らんよ?

 ゲームでお前が言ってたネタだからな?


 黒騎士は大きくため息を一つして、おざなりに片手を振る。

「……オウケェイ、雇い主様のご依頼とあらばご要望にお応えしてみましょ」

「……意外に素直だな?

 悪い物でも食ったか?

 メラクルの手料理は食い物じゃないからな?」

「……それ先に言えよ」


 ……すでに食わされたんだね。

 俺はあの手料理を黒い芸術と名付けよう。

 何を作っても焼き過ぎるんだ。

 火を見るとぼうっと見てしまうよね、とか言って。

 危ねぇな。


「ま、なんだかんだで、あんたは良い雇い主だよ。

 あきねぇし。

 噂やら過去がどうとか、俺には関係が無いからな」


 言うだけ言って、メラクルが行った方向とは反対方向に飄々ひょうひょうと歩いて行く。


 ユリーナはまだ任務中で公都には居ないはずだから、黒騎士はそちらに向かったのだろう。


「さて、サビナ行こうか」

 サビナは静かに頭を下げるのみ。

 そうしてメラクルと黒騎士と別れ、俺は公都に入った。


 途中、公都に戻るメラクルを追い抜いた。

「ちょっと! どうせ公都行くなら、よく考えたら乗せて行ってくれても良かったでしょ!

 ねぇ! ちょっと!!」


 ……何か言っていたが、当然、無視しておいた。


 お前を俺のところに暗殺に行かせた犯人が居るんだぞ?

 繋がりがバレたらアカンやないか。





 到着とともに、大公サワロワ・クリストフが笑顔で俺を出迎える。

 裏ではどうあれ、表向き王国と大公国の蜜月を演出するのが今の両国の外交の基本だ。


 分かっちゃいるが、国のあれこれは実にややこしい。

 貴族の権力争いと似ている、というか同じだ。


 しかしながら、大公国は王国から比べれば随分と小国だ。


 俺からすれば王国と同じで、顔で笑って裏で足を引っ張り合う浅ましい関係が上流階級で常に行われていると思っていたが、どうやら違うらしいと気づいたのは、夜の晩餐の際でのこと。


 大公自ら俺の盃に酒を注ぎ、家臣も心から談笑している。

 あっれぇ〜!? こんなアットホームな国だっけ?


 暗殺を企む国であるから、当然、ギスギスとした貴族らしい雰囲気の晩餐会が行われると思っていた。


 王国の晩餐会と言えば、着飾った格好での立食パーティーがほとんどで、常に社交という名の闘争の場であり、上流貴族となれば晩餐会で食事をする者はまず居ない。


 片手にはシャンパンやワイン。

 顔にはいつも作られた笑顔。

 男も女も派閥争いに余念がない。

 当然、ハバネロ公爵もその戦場を生きてきた、とゲーム設定にもある。


 念のため、こっそりと受け取った盃に毒が塗られてないか確認。

 毒なし。


 クイッと一口。

 うめぇな。

 大公国の晩餐は王国のように見た目重視の絢爛豪華とは違う。

 焼き魚や肉、野菜の盛り合わせ、パンに穀物の炒めた物、何かの燻製、漬け物。

 まさに食べるための料理だ。


 晩餐に参加している者たちも心からの笑顔を浮かべている。

 こんな国の人から命を狙われたハバネロ公爵って一体……。


 いやまあ、策謀とこう言った晩餐は別物なのだろうけど。

 王国では晩餐と策謀が一体のこともよくあるし。


 実はこの国も心からの笑顔を浮かべつつ、サクッと暗殺出来る精神性を持っているのかも知れない。


 成る程、所変われば風土も変わる。

 まさに他国であるという認識が薄かったのは反省点と言って良い。


 そんなことを考えながら、周りを観察しながら盃を傾ける。

 ふと隣に座る大公がこちらを向き、俺の手を取り言った。


「ハバネロ殿、何卒、何卒、ユリーナをよろしく頼み申す。

 あれは目に入れても痛くない、可愛い可愛い娘で、ついに嫁に行ってしまうかと思うと……グググ……」

 俺の手を両手で握り、男泣きする大公。


 あっれぇ〜? この大公様、なんか気が合いそうだが気のせいか!?

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