第33話大公国③

「その美しさは女神も嫉妬すると言って相違ない。

 やはり、美とはそう彼女を現すと言っても過言ではない」


 俺が相手の言葉に乗りユリーナを褒め倒すと、それにサワロワは大きく頷く。


「よく分かっているな。

 我が娘ユリーナは強く優しく美しい。

 何かとそっけない様子であるから、我が娘を道具としか見ていないかと疑うところであったぞ」


 はっはっは、とサワロワと一緒に笑う。

 一見、楽しそうに談笑するかのよう。

 しかしながら、お互いに実に貴族っぽい笑い方になってしまった。

 ……つまり嘘くさい。


 ある程度、酒が入り気を抜くタイミングを見計らっていたようだ。

 ……やっぱり晩餐ってヤツは油断ならないね。


「それで?

 お主は結局、何をしにここに来られたのだ?」


 突然、雰囲気が変わったサワロワは、酒盃をグイッと一息で飲み干しながらこちらを睨みつける。

 心構えしていなければ、気圧されていただろうな。


 まあ、完全に予想済みなのでどうと言うことはない。

 いつもの王国での貴族社会のやり取りとなんら変わらない。

 むしろサワロワがストレートに聞くので子気味良いぐらいだ。


「我が婚約者の父君にご機嫌伺いを、な」

 まごう事なき事実なのだが当然通じない。


「お主が、か?

 それは流石に納得はせぬな。

 あれほど大公国へ無理を押しておいて、今更、ご機嫌伺いなどと」


 信じろという方が頭がおかしいか。

 ……というか、以前の俺は何をしたんだ?


 設定では……上納金の増額と隣接の町からの人足の要請……。

 おいおい、他国から人を取ったのか?

 無茶をする。


 あー、成る程、反乱で潰した町から流民が出たから、そいつらに別のところで町を作らせたはいいが当然人員が足りない。

 そこで足りない人員をすぐそばの他国からほぼ強制的に働かせた、と。


 無茶苦茶するなぁ〜。


 さらには、それに絡んでハバネロ公爵領での暮らしに不安を感じた人々が1番近い隣国の大公国に入り、深刻な流民問題と。


 ……これ、よくユリーナとの婚約解消しなかったね?

 出来ない事情があるわけだけど。

 一言で言うと立場が弱いのだ。


 だから、度重なるハバネロ公爵の横暴と言える要請も断れないほどに。

 そうして積もった恨みが聖騎士の国をして、聖騎士の国にあるまじき行動に出た。

 ……もっとも、それがそそのかされたに過ぎないということにどれほど気付いているか。


 それとなくパールハーバー伯爵の人となりを確かめたかったが、今夜の晩餐には参加していない。


 まあ、いい。

 最大の目的は一つ。

 大公の調子を確認することだ。


「なぁに、将来の義父君の心労を掛けさせてしまった負い目があるのでね。

 体調を気遣うのはむしろ当然のこと」


 俺も酒をグイッと飲み干し、彼の様子を伺う。

 さらに怒りを発するかと思えば、一瞬だけ何かを思うように目を閉じる。

 無論、一瞬のこと。

「……ふん、無駄な気遣いだな」


 本当を言うならば、なんとか大公国を手助けをして今後のユリーナの負担を軽くしたい。


 ……だが、それこそ俺が言うな、だな。


 ほんの少しだけ苦笑する。

 嫌われ者がその罪を忘れ、そう簡単に愛される存在になるなど虫が良すぎるというものだ。


 実際に仕事をし出してから色々と改善に努めているが、一向に評判は良くならない。

 例えば、税を減らせば役人として働く者が動かせる金が減り不満が出る。

 その反対は民から不満が出る。


 そのどちらであれ、培ってしまった悪評によりハバネロ公爵の失策となる。

 それに同調して利益を掠め取ろうとする役人や商人、貴族が居るためだ。


 そのためには味方を増やし支持者を増やす必要がある。


 共に働く屋敷の者は次第に評価を上向きにしてくれているが、そのような小さな世界で収まるほど公爵という地位は簡単ではない。

 もっと大多数を動かさねばらなない。


 しかもだ、有り体に言えば恐れられていた方が人は動くのだ。

 評判を良くするということは、その恐れをどれだけ違うものに変えていけるか。


 恐れられ過ぎず、さりとて侮られず。

 全てのバランスを上手くいけるほどハバネロ公爵の立場は良いものではない。


 動けば動くほど、自らが詰んでいることを実感する。


 ……まったく、詰んでますやん。


「殿方同士で難しいお顔でどうされました。

 今宵は晩餐です。

 せっかくの酒が不味くなるというもの。

 大公様も眉間の皺を取り除きなさいな。

 可愛い娘が嫁に行くのを認められない頑固親父など、今時流行りませんよ?」


 そう言って酒を注いでくれるのは、中年だがそれでも年相応の色気をもつ女性。

 長い茶色の髪を後ろで一本に結んでいる。

 大公国を支える3大臣の内、唯一の女性で名をレイリア・サルバーナ。


 主人公チームの部隊の司令官で、大公国崩壊後も主人公チームを支え、邪神討伐戦で追い詰められた主人公チームを逃すために、モンスターを誘い込んだ建物に最期まで残り、崩れ落ちる建物と共に消えた。

 主人公チームに後を託して。


 ゲーム的に言えば10ターン以内に脱出するシナリオ。


 建物が崩れる直前まで主人公チームと例の通信で会話するシーンは胸を打つ。


『後は、任せたよ』


 姿は見えないけど、ニヤッとニヒルな笑いで格好良く退場。

 サンザリオンXを暴走させて打ち取られたハバネロ公爵の最期とはえらい違いだ。


 ちぃくしょー! 羨ましくないけど羨ましい!!

 ハバネロ公爵も格好良い最期が……いや、討伐はされたくありません。


 俺はユリーナを嫁に貰って平和に暮らすのだ!!

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