第96話ゲーム転生

 2人は同時に首を傾げる。


「何よ?

 そのゲームって。

 試合のこと言ってんの?」

 まあ、ゲームと言えばそういうのだよな。


「ついでだ。

 アニメって言葉はどうだ?」

「知る訳ないでしょ。

 なんなのよ?」


 だよなぁ〜。


「ユリーナにキスして今の性格になった時に最初に俺が思ったのは、『ゲーム世界のハバネロに転生してしまった』だったよ」


 するとメラクルは鋭い目付きで身構える。

 どことなく眉毛も太く見えるのは気のせいか!?


「姫様の唇を奪うとは万死に値する! 死ねー!」

「突然、飛びかかってくるな!!」


 飛び込んできたメラクルをひょいっと避ける。

 サビナはそれを止めようとせずに、顎に手をやり俺の言葉の意味を考えている。

 サビナ! 護衛だろ!? 止めろよ!


「……それは閣下はハバネロ公爵閣下ではない、ということでしょうか?」

 サビナが質問してくるとメラクルは大人しく下がる。


「いいや? 過去の記憶自体は無いから、俺がそう思い込むだけにはなるが、俺は確かにレッド・ハバネロ公爵本人だろうよ」


 両手を広げながら肩をすくめる。

 そうなのだ。

 この時点で矛盾が生じている。


 今でこそ俺は俺であるという自己認識はあるが、覚醒当初はまるで自分がハバネロ公爵ではない誰かのように感じていたということだ。


「え!? それって、じゃああんたは転生したとでも言うの!?」

 メラクルが目を丸くするが……。


「阿呆、そんなことが『ある訳ない』だろ?」

「アホって言った! アホって!

 サビナ〜! この公爵酷い〜!」


 サビナに泣きつくメラクル。

 ヨシヨシとサビナはその頭を撫でる。

 甘やかさなくていいぞ?

 調子に乗るから。


「転生出来ると……やり直せると思うのは自由だ。

 やり直し出来るならば、そうしたいことはあるだろう。

 気持ちは分からなくもない。

 だがなぁ〜」


 転生などと自分が考えてしまったことに皮肉なものを感じる。

 俺はフッと口元に少しだけ笑みを浮かべる。


 ゲーム設定なる妙な記憶があろうと、いいや、言ってしまえばそれがあるからこそ、そんなことを考えてしまったのは間違いない。


 このゲーム設定とやらは、何度考えてみても『俺の記憶』ではない。

 それは強いてい言うならば、何者かに植え付けられた記憶って感じだな。

 俺の記憶の上に絵の具をぶちまけたような、そんな記憶。


 なればこそ、その転生という考えもゲームやアニメという言葉と同様、植え付けられたものと考えて良い。


「当たり前のことだがな。

 人はその限りある生命を全力で生きるから輝くのだ。

 全力で今を生きるから意味があるのだ。

 それをよく分からん記憶があるだけで、転生などと言われてもな」


 繰り返しやり直せるモノになってしまえば、なんのための全力で生きるのかすら分からなくなる。


 もっともそんなことが可能ならば、ユリーナを過酷な戦場に送らない方法を何度でも試すがな。


 それでも己の生から目を逸らしたところで、上手くいくはずもないのだがな。

 苦難を乗り越えたければ向き合うしかないのだ。


「いや、転生ってあんたが自分で言ったんでしょ?」


 若干呆れ返りながら、メラクルがあっさり言い返す。

 そうだったな、と俺は苦笑い。


 結局のところ、今を生きる者は誰しもが分かっていることだ。

 当然、メラクルもサビナも俺もよく分かっている。


 今を生きる者はまず、今という時間を生きる。


 当たり前過ぎて、言葉にすると途端に馬鹿馬鹿しくなってしまうがそういうことだ。


 だからつらいことがあっても、必死にそれを乗り越えようとするのだ。

 後悔も苦しみも今を生きる者だけが乗り越えられる。

 からい道の先にある幸せを掴むため。


 転生とやらを考えるのは、最期まで生き抜いた者だけの特権だ。


「まあ自分で口にしておいてなんだが。

 転生だとかなんとかは別にして、俺には未来予知に似た『何か』の記憶がこの頭の中に入っている。

 それを紐解く鍵は、おそらくそのゲームやアニメとかいう言葉にあるのではと俺は思った訳だ」


 俺は指で自らのこめかみをコンコンと示す。


「怖っ!?

 ……ということは、あんたはハバネロ公爵を改造した改造人間なのね!

 正体を現しなさい!」

 ビシッと俺を指差す。


 何度も言うが公爵を指差すな!

 あとさっきから俺はハバネロ公爵本人だと言ってるだろうが!


 いやいや、ポンコツ娘のペースに乗ってどうする、俺。

 何というか、このぶっちゃけも『ナ、ナンダッテー!?』となるはずだったんだ。


 なのに、この駄メイドを前にすると、なんだかもう別にどうでも良いかなという気すらしてしまっている。


「……んで?

 その記憶で私が廃人になるところを助けてくれたってこと?」


「まあ、そうだな。

 理由も理屈も謎だが非常に役に立つ。

 中途半端な情報も多いがな。

 ユリーナのキスが鍵となったことと俺がユリーナLOVE過ぎるという状況証拠で、初めはユリーナが仕掛けたのかとも思ったが……」


「え? 姫様が?

 無理でしょ?」


 俺はうむ、と頷く。

 無理だな。


 ユリーナが仕掛け人ならその場でバラしてくるだろうな。

 良くも悪くも非常に真っ直ぐな娘だ。

 裏でコッソリなどという腹芸みたいな真似はまず出来ない。


「それに俺のこのユリーナLOVEの感情だが、どうやら元々、今の性格になる前から抱いていた可能性が高い」


 そうでないとゲーム設定のハバネロ公爵が取っていた行動の理屈が合わんのだ。

 苦難を与えながら、結果としてはユリーナのための行動を取っていたように見えて仕方ないのだ。

 かたよって見え過ぎかなぁ〜?


「え゛っ?」

 とっても珍しいサビナの引き攣った顔。


「……流石に閣下。

 ツンデレ過ぎませんか?」


 そうだね、俺もそう思うよ。

 サビナなんて覚醒前の俺のそばにも控えていたわけだから、特にそう思うよねぇー。


 このツンデレラハバネロ公爵、もうちょっと分かりやすかったら良かったんじゃないか?

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