第3話メイド様は暗殺者①
ひとしきり自分自身の動きを確かめる。
この王国は騎士の国だ。
かつて世界を闇で覆った邪神を討伐した聖騎士の末裔というのが、この国の成り立ちだ。
それ故に、ゲームでも公爵という身の上でありながら、場合により前線に立つこともあったりした。
元より戦となれば、聖騎士を祖に持つ貴族は戦に赴かねばならない。
ユリーナの大公国も先祖を同じくする聖騎士の国で、その大公国は先代の時に血生臭い騒乱の果てに王国に従属させられることになった。
王国は最終的には大公国を吸収してしまおうという狙いをあからさまに示しており、ユリーナとハバネロ公爵の婚約はそれを意図したものだ。
そんな背景のため大公国は王国に対し、決して良いイメージは持っていない。
更には暴虐なハバネロ公爵が相手である。
ユリーナ様おいたわしやと、彼女に同情が集まっているのも無理からぬことであろう。
同年代にマボー第4王子が居るが、そいつは当時、教導国の聖女との政略結婚の可能性があったため、ユリーナとの婚約は除外された。
良かった、良かった。
その聖女はその後失踪し、結局、マボー王子との婚約は無くなったが。
十分に身体の動きを確認した後で部屋に戻る。
サビナがタオルを用意しており、それで汗を拭く。
心地良い汗である。
突然、ゲームの世界に放り込まれたが身体は十分以上に動く。
どうやらハバネロ公爵のスペック通りの動きは出来そうなので満足だ。
改めて今後のことを考えようと、部屋のソファーに座り込み休憩していると、部屋をノックされ声を掛けるとメイドがお茶を持ってくる。
部屋に入って来るなり、メイドはそのまま小刀を取り出し俺に襲いかかるが、サビナに素早く腕を取られ引き倒される。
突然のことに呆然とした俺だが、ふいにシナリオを思い出す。
15話程だったか、ユリーナ含む主人公チームが捕らえられた仲間を助けにハバネロ公爵の屋敷に入る。
その地下牢の中で廃人にされた大公国の女騎士を見つける。
なお、原作ではこの女の地下牢での陵辱シーン有り、ハバネロ公爵の残虐さを表すエピソードの一つだ。
その女騎士は……このメイドと同じ顔!
「くっつ! 殺せ!」
今時(?)珍しいくっ
殺せなんて言ってるということは、このメイドは暗殺者ではなく、その心根は騎士だということだろう。
暗殺者なら言われる前に秘密保持で自害するか、一切黙秘するからな。
まあ、いずれにせよ廃人にされているということは、自害は選ばないのは間違いないだろう。
このメイドに扮した暗殺者はメラクルと言い、大公国の騎士で主人公チームに編入される小隊の本来の隊長だった女。
ユリーナとも仲が良かったらしく、ユリーナをお姫様(おひぃさま)と呼ぶ。
俺は一気に状況を理解する。
俺は思わず頭を抱えながら、メラクルを怒鳴りつける。
「くおらぁ、メラクル! お前もうちょっと考えろ!
お姫様にも注意されてただろうが! 『だからいつも、もう少し周りを見なさいと言ったでしょ?』とユリーナが泣きながら言ってたんだぞ!
あれが決定的な瞬間だぞ!?
あれでハバネロ公爵は味方を完全に失って主人公チームに討たれて……」
最悪だ!
そんなに俺が憎いか!?
そうか憎いんだったんだな!
ちくしょー!
頭を抱えてムキーとシャウト。
「なんで私の名を!?」
美女同士の絡みを堪能したいが俺はもちろん、それどころじゃない。
考えろー考えろー。
ここでこいつが死ぬのは最大の悪手、牢屋に放り込んでもシナリオ通り。
恐らくこの時、ハバネロ公爵はサビナに捕らえられたメラクルを当然の如く、牢屋に放り込んだはず。
そこでメラクルはダンマリを続けて拷問や凌辱を受けたか……、それはハバネロ公爵が指示したのかどうかは分からない。
分からないが、恐らく牢屋に放り込めばメラクルは廃人にされる可能性が高い。
その結果どうなるか?
メラクルのことがそれまで積み重なってきた不和と重なり、ハバネロ公爵とユリーナの関係、さらにハバネロ公爵と大公国の関係を決定的に引き裂いた。
そうして、暴虐なるハバネロ公爵を討つシナリオへと続いていく。
もしかすると、この時点でハバネロ公爵は罠に嵌められたのかもしれない。
何故なら、俺のようにゲーム知識でもない限り、メラクルが大公国の騎士だなんて知るわけがないのだ。
「どうするどうする、誰が仕掛けた……! ちくしょーーーーー!!!!
やい、メラクル!!
何でユリーナが我慢してるか分かってるか!
分かってないだろ!?
……というか
誰にだ!
待て、言うな!
間違ってもお前の口から言うなよ!」
言った瞬間、メラクルは始末される。
もしくは何かの間違いで大公の名前でも出てみろ!
超大問題。
最悪、主人公チームが詰んで世界が邪神に滅ぼされる!
それ以外の誰の名前が出ても大問題!
大公国の小隊長まで任されてる正式な女騎士が、上位国の公爵を暗殺しようとしたんだからな!
それを仕掛けた候補を推測しようにも、ハバネロ公爵を恨んでいる奴なんて山のように居るわ!!
ヒャッホーウ!
……すでにハバネロ公爵、詰んでますやん。
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