第24話叫べ!その名は鉄山公!①

「リーアよ。慌てるでない。

 どれどれ?

 おー、本当じゃ。

 しかもたった……5人でか?

 化け物じゃのう」


 リーアと呼ばれた黒髪を一本に束ねた若い娘の後に、ゴツいオッサンが木々の影から顔を覗かせる。


 5人、という言葉に背後を振り返る。

 ああ、トーマスを数に入れているのか。

 渡したナイフ片手に構えて震えている。


 2人は木々の影から悠然と出て来る。

「リーア、アレをやるぞ?」

「え? アレですか!?」

「そうじゃ、アレで活路を見出すしかあるまい!」

「……分かりました」


 そして!

 ゴツいオッサンがビシッと左斜めに右手を構える。


「天呼ぶ! 地呼ぶ! 誰が呼ぶ!」

「愛を叫べととどろき叫ぶ!」

 オッサンが叫んだ後、合いの手を入れる黒髪娘。


「誰が呼んだか、愛の使者!」

「誰も呼んでない愛の使者!」


 そこで少しの沈黙。


「リーアよ、そこはわしの後に繰り返しじゃ。」

「ですけど、鉄山公様。

 コレ、無理筋じゃありません?

 女性2人と逃亡兵は動揺してくれてますけど、明らかにオーラの違う真ん中2人、とっても冷静ですよ?

 ちょっと逃げれる気しないです」


「せめて、『我が名は鉄・山・公!』まで言わせてもらっても良かったのではないか?」


 俺と黒騎士を見ながら、ゴツいオッサンと黒髪娘はコソコソと話し合う。

 聞こえる声で言ってるから、声を潜めても無意味だが。


 そもそも逃げる気なら最初から顔を出さなければ良いのに、である。

 ま、そもそもこんなアホな名乗りの時点でその意図はハッキリしている訳だが。


 俺は嘆息し剣を収める。

「良いのかよ?」

 黒騎士の問いに頷いて答える。

「ああ、戦闘は終わりだ。

 ……帝国の鉄山公グレン・ハトラー殿とお見受け致す。

 我が国には如何なる御用件で?」


 ゴツいオッサン……帝国の将軍の1人だったが、今は更迭され一時的に密偵の真似事をしている。

 いや、自分で行くことを選んだのだったかな?

 見ての通りの変わり者で、野心を隠そうとしない帝国宰相オーバルとは相性が悪い。

 すこぶる悪い。


 だが、鉄山公の人柄で言えば大いに信用出来る。


 隣のリーアという娘っ子は、あわわと落ち着かない様子だが、鉄山公はすでに落ち着いた様子で頷く。


「なぁに、そこに居る我が姪っ子を連れ戻しに来ただけのこと。

 少々騒がせてしまってすまんことだ」

「姪っ子?似てないな」


 見た目知的美女のクレメンスとゴツいオッサンと見比べれば、誰もがそう言うに違いない。


 だが、鉄山公は困ったように顔をしかめる。

「仕方なかろう。事実なんじゃから。

 亡き弟の1人娘でのぅ」


 鉄山公とDr.クレメンスが血縁関係にあったかどうか、設定は浮かんでこない。

 嘘だと断じることも出来ないが、問題はもちろんそこではない。


「残念だが、彼女の亡命は王国公爵である私の名において受け入れが完了している。

 よって、鉄山公の要望は受け入れることは出来ない」


 ましてや、パワーディケイションという戦争の引き金となる装置の開発者となれば余計に、である。


 鉄山公は公爵と聞いて、カッと目を見開く。

 そう、王国で公爵はただ1人。

 この悪名高きレッド・ハバネロのみである。


 鉄山公は俺をじっと見つめて、Dr.クレメンスに声を掛ける。


「クレメンスよ。

 何故、ワシを頼ってくれなんだ」


 未だにナイフ片手に震えていたトーマスの手をそっと下げさせて、Dr.クレメンスは鉄山公を見る。


 その行動を見て、俺はぼんやりと思う。

 トーマス君が年上のお姉さんを守ろうと必死になってる感じかな?


「……オーバルは装置の秘密を知る開発者の私を消しに掛かろうとしました。

 叔父様を頼れば、この更迭されたこのタイミングであれば叔父様と言えど、反逆罪にまで問われる口実にまで持ち込まれたのではありませんか?」


 鉄山公は大きく嘆息し、空を眺める。


「……帝国は皇帝陛下の元、ここ数年で栄華を極めようとしている。

 じゃが、その歪みがここに来て修正不可能なレベルになり、遂には宰相オーベルという名の怪物を生み出してしまった。

 行くところまで行くことになるのかのう……」


 暗に宰相オーベルが王国への野心を持っていることを忠告しているのだろう。

 しかし、先程まで叫んでいた雰囲気を何処に放り出した?

 そこの草むらか?


 自分に酔いしれていた鉄山公は、俺に深く頭を下げる。


「至らない姪ではありますが、ハバネロ公爵殿。

 何卒、よろしくお頼み申す」


 正直、その反応に俺はおや、っと思う。

 鉄山公グレン・ハトラーは帝国でも、いいや、ゲームでも随一の実直で大きな(体格のことではない)人物である。


 ゲーム初登場はここで先程と同じテンションで名乗る。

 ただし! その時は『鉄・山・公!』まで言い切ってすぐに撤退している。

 まさに何しに来たんだ、という素敵キャラだ。


 その後、帝国との大戦で再登場し、ここでもユリーナが戦争の大義について問い掛けるとバトルせずに撤退。


 さらに邪神の配下との戦いで主人公チームが危機に陥った際に助けに来て、後は若い者に託すと言って良い笑顔で皆を逃す。


 ……そんなイケてるオッサンだ。

 ちなみに部下のリーアの名はゲーム設定には出て来ない。

 多分、お供の兵士(能力D)がリーアなんだろう。


 そんなある意味で義に熱く、しかして不器用なオッサン鉄山公なら、ここで王国の者と言えど姪を預けるために頭を下げるのはおかしくないが。


 何度も言うが相手はこの悪名高きハバネロ公爵である。

 ……預けたらアカンやろ?

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