第260話ただ愛してると

 周囲を改めて確認する。

 正面に対峙するのは教祖グレゴリーを含む新女神転生派の面々と……そうだったナニカ。


 その向こうにメラクルが必殺技を放ち破砕した山。

 遠目で新女神転生派のやつららしき人影が慌てた様子で走り回っているのが見える。


 おそらくユリーナたちを逃さないように山の方まで囲んでいたのだろう。

 それを見事にメラクルの一撃が直撃した。

 読み通りだな。


 そいつらをさらに囲むような形で連れてきた兵を回している。

 もうじき囲みは完了する。

 俺がこうやって無駄に声を荒げているのはそのための時間稼ぎだ。


 黒騎士の小脇に抱えられたリリーは泣きあとこそ痛々しいが、さしたる怪我もなさそうだ。

 鼻水をミヨちゃんが拭き拭きしてくれている。


 教祖グレゴリーと真女神転生派のやつらはそんな突然の乱入に動揺している。


 ただヤツらのそばにいるナニカだけは俺たちを睨みうなり声をあげている。


 サワロワをモンスターに変えたのと同様の忌まわしき邪法。

 サワロワのことは俺が仇討かたきうちをする、と口に出して言える立場ではないとはわかってはいる。


 それでもコイツらが俺の両親のかたきでもあることは間違いない。


 結果的にその因果が悪逆非道のハバネロ公爵を生み出した。

 これまた俺が言えた話ではないが。


 ……それでも思う。

 コイツらさえいなければと。


 そんな思いに囚われたせいで、ユリーナを抱き締めた手に自然と力がこもる。


「レッド」

 ユリーナからの心に響くような音色の呼びかけに、力を込め過ぎたことを謝罪しようとユリーナに顔を向けた。


 その俺の両頬をユリーナの両手が挟む。

 なにを……と問う前に愛しいユリーナの顔がゆっくり近付く。


 周りからの声が消え、時が止まったような感覚。

 2人の口が重なる。


 同時にユリーナはしがみ付くように俺を抱きしめる。


 よく死ぬ直前に時が止まったように、なんて表現があるが、あれは脳が急加速して生き残る術を探しているためだそうだ。


 今回は真逆。

 まったく脳みそが働かなくて現状をありのままに認識するためだけに使われている。


 愛しいユリーナから抱きしめられ口付けされております。

 うん、頭が追いつかん。


 口から与えられる脳髄への完備な刺激は、こんなときであっても問答無用に溺れてしまいたくなるほど。


 口の間から甘い吐息の味がして、そこでようやく自分がいつのまにか、ユリーナを強く抱きしめ返しその口を求め返していたことに気づいた。


 最後にユリーナは僅かに口が離れたタイミングで、唇に柔らかくついばむようなキスを俺に落として、真っ直ぐ俺の目を見ながら顔を離した。


「イチャイチャ!?

 イチャイチャしだした!!!」


 ユリーナから目を逸せないが、頼れるポンコツな仲間(?)がそう言っている声だけが聞こえるので戦闘は再開していないことだけはわかる。


 ユリーナはポツリと呟く。

「ダサいなぁ、私」


 それはキスした影響なのか、俺が心を読み取られるのと同じようにユリーナとの間に繋がれた魔導力のパイプは彼女の感情を俺に流し込む。


 護られるだけのお姫様なんて。

 私は助けられてばかり。

 大公国のときも今もなにもできなかった。

 ……情けない。


 ユリーナの痛みと苦しみが自分のことのように染み込んでくる。


 どうしてここまでしてくれるのか。

 どうして命を賭けてまで助けようとしてくれるのか。


 わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。


 俺はユリーナの思考を止めるようにユリーナの唇を奪った。

「んっっつ」


 激しく、なんの思考もさせないように。

 ただ一点、理屈など一切がどうでもいい、ひたすらに愛していると抱きしめながら。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんチュッチュしてる!」

「リリー様、見ちゃいけません」


 メラクルとリリーのそんな会話もなんのその。

 俺とユリーナの間を邪魔するものはなにもない。


「2人はラブラブなんだよ!」

 ミヨちゃんが俺たちのことを説明してくれる。


 そこに無邪気なリリーは思ったことをそのまま問いかける。

「じゃあメラクルは2人の愛し合う百合ゆりの間に挟まる男みたいな感じ?」


「誰じゃあァァアアアアア、リリー様にそんなことを教えたのはァァアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 割れたお山の向こうまでメラクルの絶叫が響いていく。


「リリー様の教育係ぃぃいいい!!!

 出てきなさいよぉぉおおおおおおお!」


 きっとその叫びもお山の向こうにいるリリーの教育係まで届くことだろう……。

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