第146話ポンコツたちと密偵ちゃん

『……俺にまとわりつく悪意はそんなに生優しくはない、頼む』


 あの日、彼はそう言って困ったように笑った。

 ……その顔を私はカッコイイより先にかわいいと思ってしまった。


 いやいや!

 かわいいってなんだ、かわいいって!

 そんなふわふわしたような想い出でもなかったでしょ!?


 またポテっとテーブルに頭を置く。

 結局、アレもその悪意対策ということなのかしら。


「やっぱりー、ユリーナ様!

 合コン行きましょう!

 古い恋を忘れるには新しい恋ですよ!!」


 サリー……、いつの間に私は失恋していることになっているの?


 私がテーブルにへばり付いてしまったので、元気付けるつもりでしょうけど、それは方向が違うわ!


 それにやっぱりって何がやっぱりよ!

 まだ振られて無いわよ!


 そこにコンコンと部屋をノックする音。

 4人はヒッ! と声を上げて慌てて隠れる。


 きっとローラが来たとでも思ったのだろう。

 ここで私を合コンに誘っていると知られたら、キツいお仕置きが待っているためだ。


 ベッドの下に潜ったり私の後ろに隠れたり、壁に張り付いたり……、あとクーデル、ローラは熊じゃないんだから死んだふりしてもどうにもならないわよ?

 熊相手でも死んだふりをしていると襲われるわよ?


 私が声を掛けると、すぐにお茶とお菓子の乗ったカートを押しながら侍女が入って来る。


 ふぃ〜っとかいてもいない額の汗を拭いながら、4人が私のテーブルの周りに戻って来る。


 ちなみにカートを押した侍女の背後から、鬼の形相をしたローラが部屋に入って来て4人は隠れる間もなく捕まり、その場で正座させられていた。


 叱られる4人。


 だけど4人は何をどう言ったのか、言いくるめられ合コンに連れられていくことになったローラ。


 何があったの!?


 彼女らの言い分では情報収集だとか。

 たしかに彼女らは公都でも何処から得たのか分からないほど事情通だった。


 こんな風に恋愛絡みであちらこちらから情報を仕入れていたということだ。


 ソフィアが可愛らしく裏なんてありませんよ、なんて顔をしながら(絶対嘘だ!)ガーラント公爵が何を考えているのか探るのに、ローラの冷静な目が必要なのだと言いくるめた結果のようだ。


 冷静な目が必要なのは情報についてよりも、男を見る目という裏の話はありませんか?


 ローラが4人に連れられ、部屋を出る時に通信を送ってきた。


『ガーラント公爵の考えが読めません。

 公爵家の侍女も腕利きのようですので、もしこのランクの猛者をガーラント公爵が多数抱えているとすれば、あまりよろしくないかもしれません』


 お茶を淹れて一緒に部屋を出て行く侍女の背に、チラリとローラは視線を向ける。

 ローラもまさかガーラント公爵に叛意があるとまでは明言出来ない。


 状況的に怪しいものはあるけど、それを疑いだけで追求出来るほど私の立場は強固ではない。

 その上、今は相手の懐に呼び込まれた状態なのだ。


 もしもそういう狙いがあるならば、公都でガーラント公爵領行きを勧めた貴族連中も、大半はガーラント公爵の息が掛かっていると思った方が良いだろう。


 頭が痛くなる。

 恋煩いに苦しんでいる場合ではない。

 ……もっともそれが真実であろうと、今の私に打てる手はほとんどない。


 大公位第一継承者とは言え私の立場は1人の公女でしかない。

 いくつか大公の執務を代行しているが、権力を握れている程ではない。

 自由に動かせられる人材も少ない。


 情報が足りな過ぎる。

 誰が味方かも定かではないのだ。


『護衛にガイアを呼んで来ます。

 油断なされないよう』


 私はゆっくりとお茶を飲むふりをしながら小さく頷く。


 こういった暗殺などの仕掛けを見破るのは、黒騎士が向いている。

 密偵の一族らしく、レッドからの連絡要員として他の黒づくめの一族の者とも接触したことがある。


 彼らの存在は私にとって命綱に等しいほど、唯一の外部情報網だ。


 ……それが大公国で1番の嫌われ者の彼の支援だというのが、またなんとも。


 黒騎士は現在、公都で留守番中だ。

 いや、黒騎士だけではない。

 ラビットたちもだ。


 彼らが留守番をさせられているのは、聖騎士ではないからとパールハーバーたち有力貴族が反対したためだ。


 一応それでも、裏で旅の商人などに扮してラビットの部下が、ガーラント公爵領に入り込んで情報収集をしてくれているらしい。


 ガーラント公爵からも身分卑しい者の同行はご遠慮頂きたいと、貴族主義をカサにきたような連絡が来ていた。

 ガーラント公爵はどちらかと言えば王国の貴族主義を信奉しているフシがある。


 父がこのまま世を去った場合、大人しくしているかと言えば、なかなか難しいだろう。


 上手く交渉出来るだろうか?

 条件は厳しい。


 ……彼とも逢えなくなるのだろうか?


 そして1人になると、どうしても暗い気分が心を覆ってこようとする。


「あー、うー」

 彼への想い患いも、公都で仕事をしている間は紛れさせられた。


 室内だけど公女に充てがわれているだけに広い室内だ。

 モヤモヤを吹き飛ばすために剣を振るおうと壁際に向かって一閃。


 何かの布がハラリと。

 そこから黒づくめの人物が現れる。

 男か女かも分からない。


「流石ね! お姫様。

 私の気配を読み取って剣を振るうなんて。

 これなら合格かな?」


 いいえ、偶然です。

 むしゃくしゃしてやりました、ごめん……。


 突然のこと過ぎてよく分からないけれど、とにかく何かに合格したらしい。


「ふふふ、護られてばかりのお姫様かと思ったら、十分な気配察知能力を持っているようだね!」


 心の中だけで繰り返しますが偶然です、ごめんなさい。


 黒づくめはまだ話し続ける。

 おしゃべり好きなのだろう。


「私のことは密偵ちゃんと呼んでね!」

 黒づくめはズビシと親指を立てた。


 あ、女の子なんだと私は思った。

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