第60話王都①

「ハバネロ公爵殿。

 最近は随分、調子が良さそうで何よりだ」


 謁見の間にて王と王太子への挨拶を終え、部屋を出た俺を出迎えたのは好好爺こうこうや面した白い髭をこさえたガタイの良い爺さんに出待ちされた。


「これはこれはハーグナー侯爵。

 久方ぶりですな」


 そう言って、嬉しそうにはっはっはと笑う俺。

 建前上は俺の方が立場が上位に位置するから『殿』や『様』は付けていないが、これは力関係的には微妙なところ。


 貴族派の裏のトップがハーグナー侯爵であることを考えれば、『殿』をつけるぐらいの配慮は必要かもしれないが、以前からハバネロ公爵はハーグナー侯爵に対し『殿』は付けていない。


 分かっていながら、意地でそうしていたのか、その微妙な匙加減を教えてくれる人がおらずそうなったのかは今では分からない。

 分からないので、以前と変わらぬフリをするためにも今回も『殿』は付けないでおく。


 叶うならば、政治的に追い落としたいところだ。


 そのエセ好好爺の後ろに如何にも貴族な着飾った令嬢がいるが、決してそちらには目を向けない。

 俺はその娘に興味なんかないぞ!

 そう思いながら、にこやかに立ち去る方法を考えているとエセ好好爺が仕掛けてきた。


「そうだ。紹介しておこう。

 ヒエルナ、こちらへ」


 い、いらねぇぇええええ!!!


 ヒエルナと呼ばれた令嬢は一歩前に出て、にこやかな微笑みを浮かべ優雅な礼をする。

 さぞかし貴公子からの求婚が絶えないことだろう。

 例えるならば、大輪の薔薇。

 見た目に華やかで時に可憐で美しく、とってもトゲのありそうなヤツ。


「ヒエルナ・ハーグナーです。

 『あの』ハバネロ公爵様にお会い出来て大変光栄であります」


 どのハバネロ公爵様でしょうか?

 それは私ではありませんね?

 これはこれは失礼致します。

 そんな意味も込めてにこやかにハーグナー侯爵に笑顔で目線を送る。


「自慢の孫娘です。

 王都にいる間でもハバネロ公爵殿と交流させて頂ければ、これに勝る喜びはありません」

 ニコニコとエセ好好爺は言い、ヒエルナも俺が視線を向けるとタイミングを見計らったようにポッと赤くなる。


 すげぇな、自分のタイミングで顔を赤く出来るんだ?

 貴族には必須の能力でしょうか?

 笑顔をしながら目は一切笑わないとか。

 それが貴族?


 つまりこのエセ好好爺は、抜け抜けと孫娘をお手付きにさせて公爵家に食い込ませたいと仰っております。


 そこで俺からのお返事。


「いえいえ、それには及びますまい。

 すでにハーグナー侯爵には得難い贈り物を頂いております。

『暫くは』これで十分ですな」

「贈り物、ですと?」

 途端にエセ好好爺の仮面を脱ぎ捨てていぶかしげな顔をするハーグナー侯爵。


「ああ、レンバート伯からの贈り物でな、大層大事にさせてもらっている。

 確か……レンバート伯はハーグナー侯爵とも親しかったはず、帝国との関係もきな臭い中、なかなか時間も取れぬ。

 ハーグナー侯爵からハバネロが礼を言っていたと言って頂けるとありがたい。

 これ以上の贈り物をされたら、次回は無理にでもご挨拶をさせて頂かなければなりませんがな」


 はっはっはと楽しげに(偽)笑う。

 それに合わせるようにハーグナー侯爵も笑う。


「……男なら仕方がないとはいえ、女遊びもほどほどに、然るべき家の妻を得ることをお薦めしますぞ?」


「はっはっは、女に執着するのは男のサガというものだ。

 要らぬ世話は返って若者の反発を買うのみですぞ?」


「はっはっは、それもそうかもしれませんな。

 では今はこれで失礼させていただきましょうぞ。

 気が変わりましたらいつでもお声がけを」


「重ね重ねのご好意感謝致します。

 心配ご無用」

「では」

 エセ好好爺の顔に戻り、ハーグナー侯爵は孫娘を連れて俺の前を後にした。


 ケッ! タヌキめ。





 つまり今の話を直訳するとこういう話だ。

『ハバネロ公爵、テメェ調子に乗ってんじゃねぇぞ? あはは〜ん?』


 ちなみにこの時の俺の本音。

『おう、ジジイ。2度と会いたくなかったぞ?』


 ジジイと孫娘はさらにこう言ったのだ。


『おう、若造。美しくて女神のようなユリーナ様と別れ、ワシの貴族らしい傲慢なそれなりに可愛い孫娘だ』

『ヒエルナよ! 私と結婚したら、公爵家の財産使って豪遊して、愛人いっぱい作ってあげるわ!

 結婚は家同士がするものよ?

 愛なんて夫婦外で培うものでしょ?』


『ゲハハハ! 公爵家の財産と権力は全てワシの一族のものじゃ! 貴様は何処かで事故死なり病死してもらうぞ!』


 ここで対する俺の返事。


『おう、ジジイ! よくもポンコツ娘を暗殺に寄越してくれたな!

 お陰であのポンコツ、俺の愛人兼駄メイド扱いだぞ? どうしてくれやがる!』


 ここでジジイがエセ好好爺の顔を脱ぎ訝しげな顔。


『ポンコツ娘が……愛人扱い、だと!?』

 ジジイが僅かに動揺。

 どうやら大公国との間に楔を打つ仕掛けに気付かれたことが意外だったようだ。


『おう、テメェの犬のレンバート伯が送ったのは分かってんだぞ?

 次、やったら破滅させるからな、破滅』

『ふん! 女神の如きユリーナ様だけでなく、ポンコツ娘も愛人にする気か! このスケコマシ!!

 ウチの孫娘を嫁にして、公爵家寄越せ!』


『うるせえ! ポンコツ娘は駄メイドだ! 愛人枠じゃねぇ!

 あと若いからって馬鹿にすんなよ! 潰すぞ、あはは〜ん?』


『ちっ、すぐ切れるチンピラか。

 反省しろチンピラが!』

『うっせえ、外道が! おとといきやがれ!』


 こんな意味の会話をしてハーグナー侯爵は立ち去った。


 実際に話した言葉と比較してみれば、よく分かるはずだ!


 ちなみに今後の関わり次第で、ハーグナー侯爵が味方になることでもあれば、今の内容は真逆の好意的な内容にすり替わることとなる訳だ。

 それが貴族!


 貴族面倒!

 すっごく面倒!!

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