第252話自称魔神の話

 あれから大型モンスターの群れを一つ潰したところで、聖女シーアの護衛をしているはずの黒騎士から思いがけない連絡が入った。


『魔神が出た?』

『そうらしい』


 詳しい話を聞くと奇妙なことがわかった。

 キツめな雰囲気の美女を伴って街で買い物をしていたらしい。


『それ、魔神じゃねぇだろ?』

『それが当人とそのツレの女が魔神であると主張していたらしい。

 当然、その疑問を口にした人に目の前にあった家を持ち上げて見せたんだと。

 その際に目が異様に光っていた、と』


『なんだと?』

『家だ』

『家か』


 急ぎ黒騎士とも合流するように話して通信を切った。


 ……家を持ち上げるってなんだ?


 人ならざる力を見せつけたということか。

 しかし、そもそも魔神は人ではなくなったモノだ。


 街で買い物などしない。


 実際にその噂の魔神が本当に魔神であるならば、呑気にモンスター討伐に勤しんでいる場合ではない。

 共和国においても存亡の危機といえよう。


 俺はすぐにスパークにもその話を伝え、共和国上層部と連絡を取らせた。


 そうして俺たちとスパークとミレで実態調査に乗り出すこととなった。


 実物の魔神の姿形を知るのは俺と聖女シーアだけ。

 合流してすぐに聖女シーアにも意見を聞いてみたが。


「う〜ん、魔神とは考えづらいですねぇ。

 目を光らせていたことが気になりますが……」

「だな、そもそも魔神が会話できるとは思えない。

 会話らしきものができたとしても、あれはもう人を捨てたナニカだ」


 問題は人との見分けがつきづらいことだが、接してみればすぐにわかる。


 魔神は人を見たら己の強さを証明すべく迷わず攻撃してくること、目に各々の力を象徴する色を放つ。


 魔神に堕ちたガイアがエメラルドの瞳を光らせていたように。


 だが、その魔神が買い物どころか街で普通に歩いていること自体があり得ない。


 なにかのカラクリがあるかもしれないし、そいつらが魔神のことをなにか知っているかもしれない。


「ねえ、ちょっとハバネロ。

 私、猫じゃないんだけど」

「なにがだ?」


 聖女シーアと謎の自称魔神の話のあいだ、俺はずっとメラクルの頭を手慰めに撫で続けていた。

 髪の感触が柔らかくて一級品なのだ。


 しばらくは黙っていたメラクルだが、ついに耐え切れなくなったらしい。


 だから言ってやった。


「俺はユリーナに逢いたい。

 逢ってこの胸に抱き締めて一切離したくない」

「うん、それはもうわかったから。

 あんたはそういうやつよ」


 メラクルがペットの猫が逃げ出すように、もぞもぞと逃げようとするのでガシッと身体を抱き込み捕まえる。


「ちょっ!?」


「いいや、わかっていない。

 俺はもう限界だ。

 今すぐ帰りたい、さっさと帰りたい。

 でも世界が滅びるのは困る。

 イチャイチャできる時間が減ってしまうからだ」


「やっぱりあんた世界救うの、それが目的だったのね!?」


 やっぱりってなんだ、やっぱりって。

 それも重要だというだけだ。

 とてもとても重要だというだけだ。


「そんなわけで我慢してるから少しは慰めろ。

 我慢している俺、超エライ」


「もうなに言ってるかわかんないわよ!?

 姫様に逢いたいのはわかったけど、私がずっと撫でられてる意味がわかんないわよ!」


「俺にもわからん!

 ユリーナを撫でれないなら、せめておまえを撫でる!

 それだけだ!!」

「第2夫人ってそういうの!?

 そういうもんなの!?」


 とりあえず俺はそのメラクルの叫びには応えず、はっはっはと無意味に笑っておいた。


「大将、なにやってんだよ。

 もうじき目標の場所着くぜ?」


 黒騎士から冷静な言葉。


 やるな、黒騎士。

 ポンコツ隊の面々なんか、繰り返される俺とメラクルのやり取りに慣れたのか、そっと目を逸らしているぞ。

 完全に空気だ。


 メラクルは目でコーデリアに助けを求めるが……。

 コーデリアは俺を見て、メラクルを再度見て。


「先輩、ファイトです」


 そう言って握り拳を両手で作りメラクルを励ました。


 俺はうむ、と頷きコーデリアの給料を上げるように、通信員を通じて指示しておいた。


 通信員は無論、やつだ。


『なんて横暴な恐怖政治なのでしょう!』

 やかましい、余計なことは通信せんで良い!


 すると、ポンコツ隊は次から次へと同じようにメラクルを励ました。


「良いですね、タイチョー新婚ですし」

「でも羞恥しゅうちプレイですよ?」

 キャリアとソフィアはそんなことを言う。


「ぐぬぬ、羨まし……くはないかなぁ」

 サリーはハンカチを噛み締めようと取り出したがまた元に戻す。


「愛の前には全て許されるわ」

 クーデルに至っては愛全面肯定派なのでオールオーケーなのだろう。


「あ、あんたたち……」

 メラクルは感動で目が潤んでいる。


「熱い友情だな」

 俺は微笑んだ。

 するとメラクルは答えた。


「やかましいわ!

 もうこのまま私から押し倒してやろうか!

 キシャァァアアアア!!」


 抱き抱えたメラクルがジタバタしだす。

 なんてことだ。

 そうなると……。


「ここでか?

 いいけど、おまえ恥ずかしがってたよな?

 まあ、いいか」

 そのままメラクルのあごに手を置くが、彼女は必死にそれを振り払ってきた。


「ああああ、あんたなにしようとしてんのよ!?」

「なにって、押し倒すというからとりあえずキスでも……」

「ふふふ、ふざけんなァァアアアアア!?」


 顔を真っ赤にして訴えるが。


「なにをいう、きっちり本気だぞ?」

「余計悪いわぁぁあああああああああ!!」


 馬車の御車台からまた黒騎士が声を掛けてくる。

「おーい、目的地だぞー」


 ミレがスパークに小さく尋ねる。

「ねえ、スパークこの人たち大丈夫?」

「……なんとかなるんじゃね?」


 まあ、なんとかするしかないだろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る