第83話ラビット

 全員に信用してもらうためと口車に乗せて、ユリーナを後ろから抱き締める。

「あ……」

 真っ赤な顔のユリーナが実に可愛い。


「本当なんだ……」

「本当だぞ?」

 ガイアが半ば愕然がくぜんとした顔をする。


 もっとも、これから起こることによっては……。


「ハバネロ公爵閣下……?」

 ユリーナが抱き締める俺の手を握り、心配そうに見つめる。

 黒い瞳に引き込まれてしまいそうだ。


「レッドと呼んでくれ」

 優しいキスをユリーナの頬に落とす。


「人前で何晒しとるかぁぁああああ!!」

「どふぅぅうう!?」


 横合いからユリーナを完全に避ける形で、メラクルが飛び蹴りをかましてきた。

 吹き飛ばされずにユリーナを抱き締めたまま、なんとかこらえる。

 公爵様を足蹴にしただとぉ〜!


「何しやがる駄メイド!」

「うるさい! 今は孤独なロンリーウルフ茜の騎士だよ!」

「婚約者同士の逢瀬の時を邪魔するな!

 唇にキスしなかった俺の忍耐を褒めろ!」


「褒めれるかぁぁあああああ!!!!

 そのイチャイチャを見せつけられる独り身の気持ちを考えろ!

 姫様も!

 油断するとこの男はこの場で押し倒してきますよ!

 ……アレ? 姫様?」


 ユリーナは俺の腕の中で真っ赤な顔して、あわわとと悶えている。


 あ、やばっ、可愛すぎ。

 チュッと唇を奪っておいた。


 周りが息を飲む気配。

 メラクルがサビナにしがみ付き訴える。


「ちょっとぉ〜、サビナァ〜。

 どうにかしてよ、このエロ公爵。

 ついにこんな人前でやりやがったよ!」

「あは、あはは……」

 サビナは乾いた笑い。

 レイルズはヒューっと口笛を吹く。


「大将ついにやりやがったな」

 黒騎士は額に手を当てて上を見上げる。

 シルヴァは満足そうに頷いている。

 面白かったようだ。


 ローラとセルビアは口を大きく開けて、俺たちを指差し動揺している。


「ああ、うん、ほんとなんだね」

 ガイアは肩を落とし、深く深〜くため息を吐く。


 ラビットは……。


「あんたは何処まで俺の神経を逆撫でする気なんだ……」


 いつ爆発するとも知れない渋面な顔。

 うっ、これはマジですまん……。

 流石に即座にフォローせねば。


「そんなつもりはない。

 ただ約束をたがえるつもりはない。

 そう言うことだ」


「そうかよ……」

 それだけ言って、腕組みしたまま黙る。

 どうやら我慢してくれたようだ。

 ラビット、ほんと我慢強いな……。


 どちらにしろ、今度ばかりは心から反省だ。


 今更?

 いやいや、まだ大丈夫……、多分。


 ラビットがマーク・ラドラーであるという事情の知らない他の4人は、俺とラビットの会話に僅かにいぶかしげな表情をしたが深く追及はして来なかった。


 ガイアはともかく、ユリーナが俺の正体を知っていたからか、聖騎士3人は様子見の考えのようだ。


 とにかく、これほど大事にする婚約者のそばに、反乱分子であったマーク・ラドラーが居ることを許す、そのこと自体が信用の表れだとでも思ってくれ。


 正確には信用するしかない、だがな。


 再度、真っ赤になったままのユリーナを抱き締める。

 威圧を込めて皆を見回す。

「同時にユリーナに傷を負わせた者は一切許す気はない。

 それを忘れるな」


 何人かがたじろぐ。

 これ以上ないほど本気であるのが伝わったようだ。


「ちっ」

 ラビットは舌打ちするが、またしてもそれ以上は何も言わない。

 ……一度、和睦わぼくを受け入れた以上、そこから反抗するのはあまりにも愚かな行為だからだ。


 結果的には、挑発のようになってしまったとは思う。

 今回直接会ったのは、目で見てマーク・ラドラーとしての本音を確認しておきたかったのはある。


 最悪、俺を裏切るのは良いがユリーナを裏切らせるわけにはいかない。

 彼自身はユリーナが俺の婚約者であるから、内部に入り込んで場合により人質にすることも想定していたのかもしれない。


 だがそれ以前のユリーナの態度から見れば、人質としての効果は薄いと思われていたはずだ。

 事実としてはこれ以上無いほど、人質として有効だったわけだが。


 ユリーナとは離して置くのが一番かもしれないが、ラビットの力は必要なものだ。


 ……目の前でイチャイチャしなかったら、ラビットがユリーナの部隊に居ることをそこまで心配しなくて良かったんじゃないか?

 そんなツッコミが入りそうだ。


 その通りだ。


 明らかな失策だ。

 うん、正直に心の中だけで認めると、だ。

 ユリーナがそばに居ると、俺はユリーナLOVEになり過ぎる。


 これについては冗談ではなく、感情に揺さぶられてしまって自分でも抑えが効いていない。


 こう言ってはなんだが、いくら他に大切な人の記憶がないからと言って、ここまでユリーナに執着するものなのだろうかと、自分でも自分が分からない時すらある。


 もしかするとゲームのハバネロ公爵もここまでではないにしろ、それなりの感情をユリーナに持っていたのではないかとすら思ってきてしまうのだが……。


 冷静にならなければならない。

 油断できるほど余裕はまるでない。


 そもそもゲームの主人公はなんで過酷な戦いに身を投じ続けたのかな。

 主人公がマーク・ラドラーだというなら、復讐のためか。

 では俺を殺すためならば仲間だった者を裏切れる奴かどうか。


 ラビットのことを知りもしない俺が出せる答えではないか。

 分からない尽くしだ。


 俺は嘆息する。

 そしてあることを尋ねようと、ユリーナをそっと離し、ラビットの目の前に立つ。

 こちらを睨み付けるような態度のラビット。


 自分でも少し急ぎ過ぎな気もする。

 だが次、彼に出会えた時に『聞ける状況』とは限らない。


 ……俺はこの時、やはり少し焦っていたのだと思う。

 主人公チームなら仲間に出来たザイード。


『……返してくれよ。

 俺の家族を……』


 それは俺の罪の形であり、ゲームの中でマーク・ラドラーと主人公チームがその意志を引き継ぎ、巨大な権力を持つハバネロ公爵を討ち滅ぼした。


 その怨嗟えんさは今も俺の周りを暗い闇のようにまとわりつく。


 討伐される役目、なのだ。

 主人公チームに……ユリーナの部隊に。


 だからラビットへ告げることが出来るのは。


「……ザイードという男に会った。

 良ければ会ってやってくれ。

 俺が言えた義理ではないがな」


 これぐらいだ。

 まったくどの口がそんなことを言うのやら、だ。

 深いため息を我慢し、もう一度告げる。


「何度も言うが約束は守る。

 活躍すればその分、お前の仲間の待遇もより一層配慮する」


 ラビットだけに聞こえるように、それだけを言う。

 本当に尋ねたかったことを飲み込んで。


 レイア・ハートリーを知っているか、と。

 あの街の出身という情報のあるマーク・ラドラーなら知っているかもしれない。


 だが同時に、それは劇薬となり得る。

 あの街で起きた悲劇を引き起こした犯人は、どう取り繕っても俺自身なのだから。


 すまなかった。


 俺は仮面を付けながら、その言葉も飲み込んだ。


 事あるごとに主人公チームを妨害し、最期は神剣を暴走させて主人公チームに討たれる憎い敵役。

 主人公チームのメンバーの1人、ユリーナの婚約者であり、彼女を地獄の底に叩き落とした張本人。

 悪の限りを尽くす暴虐な覇王。

 ゲーム屈指の嫌われキャラ。


 それが、俺だ。

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