第82話赤騎士は公爵様

「な……なんで……?」


 意外にも、いいや、意外ではないのか?

 もっともショックを受けているのは、世界最強の剣士と呼ばれたガイアだった。


「最初から俺を嘲笑ってでもいたか?」

 ラビットが腕組みをしながら、こちらを睨むが切り掛かって来る様子はない。

 ……思っていた以上に冷静だったな。


 やはり反乱分子としてではなく、自営組織としての立場を俺から得られたところで、迂闊な暴力で台無しにする事は彼には出来ないということだろう。


 そんなことをした瞬間に、彼に付いてくる者は1人も居なくなるからだ。


 テロを行うような残虐な者ですら、そんなことはしない。

 いいや、そういう過激な組織であればある程、そんなことは出来ない。


 感覚だけで良し悪しを決める者を多く引き入れてしまうが故に、そういう者たちは感覚的に自分たちの不幸を他者のせいにしようとする。


 極論で言ってしまうと、ワガママな者がテロを画策し、自己の意思を明確に出来ない者がテロの一員となり流される。


 そのどちらの者も分かりやすく自分の立場が悪くなるような事を上に立つ者がすると、攻撃の好機として悪様に攻撃する。


 自らの心の居所を保つために。


 どうやらマーク・ラドラーという男はそのことをよく理解しているらしい。


 マーク・ラドラー。

 ゲームでは反乱軍として主人公チームを支援する。

 巨大な敵だったハバネロ公爵を討伐した後は、そのまま反乱軍は主人公チームの支持母体となり、世界を救う中心組織となる。


 ゲーム上では深い話は出てこない。

 ただあの街の生き残りで、幼馴染をハバネロ公爵に殺されたとだけ。


 ……俺に例えると、ユリーナを殺した奴を生かしておくわけないよな。


 どこかでまた機会があるなら、じっくりと話をした方が良いのだろうが、その機会はあるだろうか。


 どれほど頭を地べたにつけて謝りたくとも謝る事は出来ないし、謝ったところで大切な人は帰って来ない。

 それを腹の中で収めているラビットは……大した奴だよ。


 嘲笑うなどとんでもない、いかに穏便に済ませるかを第一に考えたと言ってしまえば、侮られるか?

 そんな本音も頭をよぎるが。


「嘲笑う気など最初っからない」

 それだけ言って肩をすくめるに留めた。

 事前に知っていたのかどうかも口にしない。

 好きなように捉えるだろう。


 ……ラビットは、何も言わずに顔を逸らした。


 王国貴族相手でもそうだが、言葉の言い方一つで、状況は如何にも変わる。

 実にややこしい。


 レイルズはヒュ〜と口笛を吹く。

 見た目通りの軽薄そうな様子で楽しげに。

「ってことは何か?

 あんたは、おっと、公爵様は最初っから婚約者を守るためにここに来たってか?」


 あんたと言いかけたのはワザとだろう。

 そうやって、相手の反応を伺いつつ情報を探ろうというのだろう。

 したたかなものだ。


 聖騎士でありながら、大公国でも騎士団に馴染めずはぐれ騎士なんて呼ばれた大公国でもトップクラスの能力Aの聖騎士。


 主人公チームでは若手の多い主人公チームを影で支える縁の下の力持ち的な存在だ。


 ゲームルートによっては、主人公チームを庇って途中で脱落することもあるが、邪神討伐のトゥルーエンドルートなら、最後まで生き残る。


 まあ、主人公チームにはやはりこいつも必要な存在だ。


 ユリーナをチラッと見つつ、俺は頷く。

「そういうことだ」


 ローラとセルドアはユリーナに戸惑ったような視線を向ける。


「ローラ、セルドア。

 黙っていてすみません」

 ユリーナは申し訳なさそうに2人を見る。


 王国貴族なら部下に容易く謝罪することは褒められた態度ではないが、彼女らは王国の者ではない。

 それに素直に謝れることもユリーナの美点と言える。

 ユリーナ素晴らしい!!


「俺が口止めしたのだ。

 どこに敵が居るか分からんからな」

 もっとも警戒したのは、俺の敵よりユリーナの敵だけどな。


「だって……あんたは、あんたは……!」

 ここで何故かガイアが激昂した。

 剣を抜き放つが、それを横から黒騎士が弾く。

 サビナとメラクルが俺の前に出て来る。


「邪魔をするな! 黒騎士!

 ……じゃあ、あんたもこいつの仲間なのか!?」


「仲間に決まってんだろ。

 落ち着けよ、ガイア。

 お前は何をそんなに興奮してんだ?」


 黒騎士もガイアの様子に戸惑っている。

 傍目に見れば、ガイア・セレブレイトが俺に対して、こんな風に激昂する理由など無いはずなのだ。


 ま、まあ、悪虐なハバネロ公爵が過去にやらかしていないとは言い切れないわけだが……。


 やはりというか、『このガイア』はゲームと大分違うな。

 何というか、余裕がない。

 今も……なんだか女の子が今にも泣き出しそうな顔というか……。


 やっぱり、女の子だよなぁ……?

 俺は困ったように頭を掻く。


「なあ、ガイア・セレブレイト。

 俺はお前に何かしたか?」

 ラビットにキレられるなら分かるが。


 してたなら、それを忘れてたということで、キレられてしまうかもしれない。

 ガイアが抜けるのは痛いな。


「だって……なんで。

 じゃあ、ユリーナを騙して……?」

「人聞きの悪い。

 何故に愛しいユリーナを騙さねばならん」


 半ば呆然とするガイアに俺は憮然とした顔で言い放つ。

 覚醒前のハバネロ公爵なら、騙していたこともあるかもしれんが俺はしていない!


「この間まで半分騙されていたようなものですけど?」

 コソッと後ろからユリーナが告げ口する。


「ユリーナちゃん、話がややこしくなるからね?

 黙らないとこの場で抱き締めるよ?

 というか黙らないで、抱き締めるから」

 手をワキワキすると素早くメラクルの後ろに隠れられた。


「貴様ぁぁあああ! 茜の騎士め!

 俺とユリーナの仲を裂こうというのか!

 なんて奴だぁぁあああ!」

「私、なんもしてないじゃない!!」

 ユリーナの盾になるなど……あ、正しい姿か、じゃあ仕方ない。


「ユリーナちゃぁあん、怖くないよ? ちょっと抱き締めるだけだから」

「そこまでいくとキモいわよ?」

 メラクルは腕組みしながらジト目。

 む? 俺なりにこの空気をだな、はい、欲望に負けただけです。


 ガイアはガクッと肩を落としボソリと呟く。

「じゃあ、なんでユリーナをあんな目に遭わせたのよ……」

「あんな目?」

 ユリーナがメラクルの後ろから、首を傾げて俺を不思議そうに見上げる。


 やっぱり記憶がありやがるのか?

 だがそれがあっても……ここまでなるか?

 俺はゲーム設定としては知ってはいるが、こんな感情的になるだろうか。


 いや、そもそも俺の記憶は設定と言えるほどに感情を排した情報だ。

 そうだとするならば、俺とガイアの記憶は違う形のものかもしれないな。


 俺はゲームの登場人物たちが、本当はどんな想いだったかは『情報』だけでしか知らない。


 ユリーナの想いも。

 俺は困ったように再度頭を掻く。


「まあ、あれだ、ガイア。

 俺が仲間になって何か悪いことあるか?」


 ガイアは首を横に振る。

 少し時間を置いて、ポツリと。


「……王国の公爵が後ろ盾になってくれたなら、とても心強いと思う」


 それから揺れる緑の目で俺を真っ直ぐ見る。


「ユリーナを裏切ったら、許さない」

「ふん、天地がひっくり返っても有り得んな」


 俺が答えるとメラクル、黒騎士、サビナが同時に同意する。


「有り得ないわね」

「ねぇなぁ」

「有り得ませんね」


 ユリーナがまだメラクルの後ろに隠れたままで一言。

「公爵閣下。本当に裏切らない?」

「……お願い信じて?」

 ユリーナに信じてもらえないと泣くよ?

 いやマジで。


 それからユリーナは、冗談ですよ、と言って嬉しそうにふふふと笑う。


 ……そう見えるような事は起こるかもしれないけれど、ね。


「ガイア。

 ありがとう心配してくれて。

 大丈夫。この人は裏切ったりしないよ。

 裏切り者の目をしてないから」


 ガイアはそのユリーナの顔を見て、少しだけ赤い顔でそっぽを向く。

「ユリーナがそう言うなら……少しは信じる」


 やっぱり男の子?それとも……百合?

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