第250話公爵家の保証

 討伐隊ベースキャンプのテントの中。


 チーズと果物、肉を頬ぶくろに詰め込んだハムスターの如くレイアは食い物を口に運ぶ。


「ひょひょれふぇふへ(それでですね)」

「いいから口の中のもの食べてから話せ」


 急いで飲み込もうとして、喉を詰まらせドンドンと胸を叩くレイア。

「水、水!?」

 クーデルが慌てて水をレイアに渡し、それを一気に飲み干して事なきを得た。


 その横でメラクルも口いっぱいにしながら。

「ふぇへ、ふぁふぁねふぉ(ねえ、ハバネロ)」

「おまえもだ、ポンコツ」


 レイアと同じように慌てて飲み込もうとして、コーデリアに肩を叩かれて。

「先輩、先輩。

 暴飲暴食は美容の敵です。

 30回はよく噛んで下さい。

 はい、1、2、3……」


 するとなんということでしょう!

 メラクルが大人しくカミカミと。


「……おまえがそいつの保護者だったんだな。

 飼い猫なら首輪を付けて連絡先を書いておけよ?」


 その保護者コーデリアも大公国でパールハーバーの部下として正気ではなかったのだから、どうしようもなかっただろうが。


「誰が可愛いミケ猫よ!」

「可愛いなんて言ってねぇよ!」


 とにかくそこの駄猫は放っておいて、クーデルのおかげで窮地を脱出したレイアに尋ねる。


「レイアはよく生きていたな?

 鉄山公にも連絡ないから死んだと思っていたぞ」


 それにレイアは両手にチーズを持って、ぴたっと動きを止めて首を傾げた。


「事実上、私は帝国の脱走兵になるので、鉄山公様にはなかなか連絡できず申し訳ないことをしてますが……。

 公爵様が今更それを言うんですか?」


 そう言いつつ、また次から次へと口の中に食べ物を詰め出す。

 また詰めるぞ?


 俺の隣のメラクルも対抗するように無言で口の中に果物を詰め込み、ついにはコーデリアと果物の取り合いを始めた。


 とりあえずそれは放っておこう。


「どういうことだ?」


「どういうこともなにも……、公爵様がウロウロしている間の通信担当、私でしたからずっとついて回ってましたよ?

 おかげで携帯食のビスケットばかりで……、まともな食事は久々です」


 独特な通信を送るやつだと思っていたが、ずっとついていたのはレイアだったのか。

 いや、それ以前になぜ俺の部下になってるんだ?


 あの大戦の後、なんとか安全なところに逃げきれたとしても、どういう流れで俺のところの部下になってるんだ?


 誰も疑問に思われなかったのだろうか?


 すると俺が疑問に思っていることを感じ取ったのか、レイアは食べるのをやめて身体が傾くほど首を傾げた。

 食べ物で汚れた手を雑に服で拭いて、懐からなにかの紙を取り出し俺に見せた。


 それは俺がレイアを戦場から逃すために渡した保険だ。


 レイアは大戦時に帝国側の密偵だったので捕虜にしたが、決戦前に巻き込まれないように逃した。


 だが大戦後は治安悪化のために若い娘が1人放り出されれば、簡単に人攫いに遭う。

 それが分かっていながら、この手紙一つで放り出したのだ。


「これがどうした?」

 レイアがこうして無事にいるということは、それがそれなりの効果を示したということだろう。


「……マジですか。

 私、貴族でもなんでもないですからね?」

 レイアが愕然がくぜんとした表情。


 この手紙はそんな大した内容だったか?


「どれどれ?」

 メラクルとコーデリアがその紙を覗き込む。


 その内容は、可能な限り5体満足で身柄を生きてレイアを公爵家へ引き渡せば、報酬を渡すという内容。


 公爵家の印字も付けてあるが、それが本物と思われる保証はない。


 それを見て、メラクルは俺と手紙を交互に見て、今度はレイアと俺を交互に見る。

 そこからユリーナがたまに見せるハイライトを失った目で俺を睨み言った。


「……いつのまに愛人増やしたの?」

「増やしてねぇよ!」


 冷静にその手紙を見ていたコーデリアが言う。

「これって、レイアさんの身を公爵家が保証するということですよね?」

「そういうことになるな」


 返事をしながら、メラクルの頭をくしゃっと撫でてやると、わかりやすくハイライトがなくなって目に色が戻った。


 だがすぐにメラクルはその目を呆れを含んだものに変化させた。

 そして、これまた呆れを含んだ口調で俺に告げる。


「いや、そういうことって……。

 あんたほんと……そういうところあるわよね。

 あの大戦時にその保証を持ってる一般人って、どれだけ居たと思ってんのよ?」


「ほぼ居ないだろうな。

 しかし、あの混乱した戦場でそれがどれほどの価値になるか……」


「いや、とんでもない価値になるから!

 はっきり言ってレイア1人売ったり貼ったりするより、公爵家に送り届ける方が遥かに儲けになるってわかるから、レイアは無事なのよ!?」


 売ったり貼ったりって……。


「そうですよ!

 私より価値ありまくりです!

 ……ってなんで、ですかぁあああ!!」


 憤慨するレイアの肩をポンポンとソフィアとサリーが慰めるように叩く。

 公爵様はところどころ自己評価が低いですよねぇ〜などとクーデルが言う。


「そうよ。

 たとえば貴族相手にあんたがその保証を渡したらどうなると思ってんのよ?」


「貴族相手となれば、かなり慎重にしないといけないな」


 その家そのものの責任を持つと同じ意味合いだ。

 それ自体で公爵家の運命を決めることにもなりかねん。


 つまり、それぐらいの保証をレイアにしてたということだな。

 個人相手だから公爵家の命運はかかったりしないが。


 そう語ると、メラクルは俺にビシッとツッコミを入れる。

「わかっとるやないかーい!!!!」

「あっ、そうか」

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