第143話リターン21-ガイアの記憶

 これは夢だ。

 ガイアはそう認識出来た。


 正確には未来の出来事のリターン。

 滅びる世界を辿った記憶だが、ガイアは全ての記憶を覚えている訳ではなかった。


 あの日、赤騎士にその正体をバラされた時から、次第にあの悪魔神に追い詰められて殺された時以外の記憶も夢として見るようになった。


 今日はマーク・ラドラーの情報を元に、ハバネロ公爵を追い詰める証拠集めに公爵邸内に潜入した時の記憶だ。


「なんで! なんでメラクルがぁぁ!!」

 今まで気丈に涙一つ見せなかった彼女がそこで泣き崩れた。


「ユリーナ……」

 ガイアはそう声を掛けたが、泣き崩れるユリーナを支えるので精一杯でそれ以上は何も言えなかった。


 それは牢獄だった。

 だけど管理は行き届いているらしく、想像していたような汚いものではなかった。


 マーク・ラドラーが手配した協力者の案内で潜入した屋敷の中で、彼女を見つけた。


 協力者のクライツェルさん曰く、彼女はハバネロ公爵に捕らえられこの牢屋に入れられていたと。


 壊れてしまった茜色の髪の女性。

 こうなる前はさぞ美しい人だったのだろうと思う。


「……酷いな。

 ハバネロ公爵、どこまで罪を重ねれば気が済む!」


 リュークが力いっぱい壁を殴りつける。

 力強く殴り過ぎて痛かったらしく、手を押さえてぴょんぴょんと飛び回っている。


 ポツリポツリとユリーナが彼女のことを話してくれる。


 子供の頃からの友達と呼べる存在だった。

 明るくて太陽みたいな人だった。

 部隊の皆にも慕われていて、任務で帰って来なくて皆で心配していた。

 すっごく美人でモテるのに自覚がなくて、出会いが欲しいと言いながら身持ちが凄く硬くて理想も高くて。


 こんな、こんな目に遭っていい娘じゃなかったのに。

 なんで、と。


 やがて顔を上げた彼女は見た事のない憎悪をその目に宿らせていた。







 そして夢は飛び。


 剣戟が舞う。

「先輩をよくも……ハバネロ公爵覚悟ぉぉおおお!!」

「隊長の仇ー!」

「隊長死んでないよ!」

「でも廃人にされた!」

「許すまじ!」

 コーデリアたち5人が絶妙なタイミングでハバネロ公爵に同時に飛び掛かる。


 ハバネロ公爵の持つ剣が怪しく鳴動して、それを中心に魔導力が見えない圧として飛び込んで来たコーデリアたちを吹き飛ばす。


「うわぁ!」

「きゃー!!」

「ヤラレター!」

「ヤラレテナイ!!」

「まだまだぁぁあああ!!」


 ちょっと騒がしいから無事そうだ。

 強烈な魔導力を放つハバネロ公爵の滅神剣サンザリオンXだが、それは見るからに抑えきれないような力の奔流が渦巻き始めている。


 暴走しているのだ。

 それが見るからにハッキリと分かった。


 数こそ公爵の兵が圧倒していたが、戦況はこちらが優位。

 流石は公爵の手の者たちでそれなりに優秀な兵も多かったが、実力については逆にこちらが圧倒していたためだ。


 ようやくレイルズがハバネロ公爵の側近の紫髪の女性をついに切り伏せた。


「随分、粘ったが……。

 女を痛めつける趣味はないんだけどねぇ〜」


 後はもう残すところハバネロ公爵とこの女性だけで、それも女性についてはすでに大地に倒れている。


「サビナ、今まで大義であった。

 力無き身で付き合う必要など無かったがな」

 ハバネロ公爵が倒れた女性に尊大に声を掛ける。


「そんな言い方!」

 ガイアは思わず反応したが、ハバネロ公爵はガイアを一瞥しただけだ。


 女性はもうじき事切れるだろう。

 途切れながら言葉を紡ぐ。

「ハバネロ様……、お役に立てず……申し訳、ありませ、ん」


 こんな極悪非道の男に何故忠誠を誓い続けたのか、ガイアにはその答えが最期まで分からなかった。


 そうしてやっとの思いで、追い詰めたハバネロ公爵は……暴走する滅神剣サンザリオンXを大地に描かれた装置に突き立てた。


 それは邪神を封印出来ると言われる唯一の装置。

 起動方法は不明だけど、世界を覆う邪神の脅威を止める唯一の手立てと言われていた。


 光の奔流が暴れ、地面を割っていく。

「これで……。

 安易な封印など消してやった。

 悩め、考えて生き抜いて見せろ。

 生きて悪魔神を倒す方法をな……」


 どこまでも不遜で、どこまでも傲慢で。

 人の悪そうな笑みを浮かべ。


「危ない!

 全員、奴からはなれろぉぉぉおおおおおおお!!!」


 リュークが叫ぶと同時に1番そばに居たユリーナを庇う。


 暴走したサンザリオンXに込められた魔導力とが反発するように爆発する。

 全員の視界の全てを埋め尽くす。


 その直前、ガイアには僅かに彼は寂しそうに笑って、何かを呟いたように見えた。

 だが、それは音にはならず


 そして……。

 倒れ伏した公爵領の手の者たちと、座り込むように動きを完全に止めたハバネロ公爵。


 もうコト切れていた。


 その公爵のそばにフラリとユリーナは座り込み、静かにその物言わぬハバネロ公爵に触れた。

「ユリーナ、大丈夫?」


 ガイアが呼び掛けると、柔らかく微笑み、だけど……。


「……仇を討てて。

 やっとこうなって。

 嬉しいはずなのに。

 どうしてかな?

 苦しくて仕方ないの。


 大切な……心の中の大切な何かを自分で壊してしまって、それがもう戻らないんだって。

 そんなどうしようもない気持ちになっているのは……どうしてなんだろうね?」


 ユリーナはポツリポツリと言葉を紡いだ。

 微笑みを浮かべながら、止まらない涙を流す。

 まるで自分が……泣いていることに気付かないように。


 ハバネロ公爵が最期に呟いた言葉をガイアは気のせいだと思い、記憶に蓋をした。


 ごめんなユリーナ、と彼が口にしたことを。


 この少し後、自力で邪神を討伐したが……悪魔神が世界を覆った。

 仲間からの最初の犠牲者がユリーナだった。


 夢は移り変わり、ガイアはリュークと預言者の姉と各々の目的のために別れた。


 別れの直前まで魔神が襲って来たが、これをなんとか撃退。

 奇しくもその地はハバネロ公爵が壊した装置のあった場所で。


 別れる時、リュークはため息を吐きながら言った。


「ここまでくると流石に俺たちは、詰んでますやん、ってか?」


 プレイアの剣を納刀しながら燃えるような『赤髪』を持った青年リュークは、人の悪そうな笑い方で皮肉げに笑って見せた。


 ああ……、どうして。

 どうして、それが『あの日のハバネロ公爵』と同じような笑みに感じるのだろう。


 夢を見て、たしかに経験していないそれを前世や過去の出来事だと思う人はまず居ない。


 夢から覚めた直後なら現実に思考が追い付かず、そう思ったとしてもいつか気付く。

 まるで自分の人生から目を逸らす事が出来ないように、必ず。


 ……そこでガイアは目が覚めた。

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