第91話彼を信じる?
潜入のためのルート、各ポイントでの裏方支援。
帝都の反乱勢力や潜入している密偵や支援との連絡、段取りを説明して解散となる。
細かい支援は公爵領からも都度送れるようには準備済みだ。
もっとも何度も言うように戦力についての増員はこれ以上出来ない訳だが。
俺はユリーナにそっと手を伸ばす。
今度は抵抗もなく受け入れてくれたので、ユリーナをキツく抱き締める。
これが今生の別れであるかのように。
「なんですか?
ちょっと苦しいですよ?」
そう言いながらもユリーナは包み込むような優しい笑みを見せる。
俺の頬を両手で包み、柔らかい笑みと共に俺の目を見る。
「……ひどい顔。
貴方のところに来る前のメラクルと同じ顔してますよ?
何かを覚悟して暴走して、悔しそうで悲しそうな顔」
どうしてだろうか、こんなにも世界は。
邪神や悪魔神のことも関係なく悪意は世界を覆う。
俺はなんとか口の端を吊り上げる。
いつもの悪人笑いになってしまっていそうだな。
「あの駄メイドと同じ顔しているならよっぽどだな。
必ず『生きる』んだぞ?
進むか退くかの時は必ず退くを。
そうすればユリーナには次がある。
いいかい? ユリーナ。
どんな絶望的な状況でも諦めちゃ駄目だ。
どんなに苦しくてもちゃんと生きるんだ」
世界は優しくはない。
どうしてこんなふうだったのか。
目覚めたその時から詰んでいた。
きっと始まりがいつであったとしても、どうしようもなく詰んでいたのだろう。
「分かってます。
ちゃんと皆で生きて帰りますよ?
……そうだ。
無事に上手くいって生きて帰ったら、1つお願いごとを聞いて下さい」
「1つで良いのか?
いくらでも……今でも良いんだぞ?」
俺に叶えられる願いなど、もうそれほど多くないのかもしれないのだから。
ふふふ、とユリーナは笑う。
「ええ、1つだけ。
それならどんなお願いでも聞いてくれそうでしょ?」
「最初からどんな願いも聞くと言ってるのに……分かった。
必ず生きるんだぞ?」
「ええ」
俺で出来る願いであるならば、それも。
そうしてユリーナはテントを出て行った。
メラクルが腕を組み、また俺を睨むようにジト目をしている。
「なんだよ?」
「あんたさあ、何隠してんの?」
「なんのことだ?」
目を合わせずにシラを切る。
「分かんないとでも思ったわけ?
あんな、今生の別れみたいな!
あんたが姫様と居られなくなる何かがあるんでしょ!
なんでそれを黙ってるのよ!
姫様だって……」
そこでメラクルは息を呑む。
俺は……どんな顔をしてるんだろうな。
「わかんねぇんだよ、俺も。
ただそうなったら、そうなるってだけで。
防ぎたいけれど、防ぎ方もわかんねぇし……そもそも『起こる』ことなのかも、まだ何も」
この大戦の間に大公が呪いにかかり、大公は死亡する。
その混乱を収めるために、ハバネロ公爵は大公国を接収、つまり滅ぼした。
全ては定められた道からまるで外れていない。
その大公の呪いの手掛かりがないかと大公国を訪問したが……、何一つ分からなかった。
……もしも、これがゲーム通りになるというのであれば。
きっと俺はその流れに抗えない。
混乱した大公国に戻れば、ユリーナがどんな目に遭うかは分からない。
ゲームでは……如何だったのだろう?
初めは大公国との信頼関係が無くなったために、敵に回る前に手を回した結果だったと思っていた。
今度は、現実は……どうだろうか?
混乱が本格化して各地で反乱が相次ぐことになれば、大公国の混乱は何年、何十年と続くだろう。
それほど乱れてしまった土地を、平定させるのは容易いことではない。
そうなると大公国が母体の主人公チームは解散となる。
そして、そうなれば邪神すら対抗するのは難しくなる。
ゲームもそんな裏事情があったのかもしれない。
俺はこれから起こるかもしれない大公国の苦難を、ユリーナに伝えることが出来なかった。
それを言えば、激しく動揺するだろう。
その時は、大公国に戻すのが気持ち的には正しいだろう。
だが主人公チームはユリーナの部隊だ。
ユリーナ1人が帰ると言うわけにはいかない。
帰るならば部隊全員が。
そうすると帝国宰相は討てず、王国は帝国を防ぎきれない可能性が高い。
しかも帝国に邪教集団の影響が色濃く残り、今回帝国を撃退しても皇帝の権力に
完全に邪教に染まった帝国は今度こそ周囲に悪夢を振り撒くだろう。
人々は敗戦の傷から目を逸らしたくて、強いカリスマを求め狂気に走る。
歴史では何度も起こったことだ。
そのカリスマは世界を滅ぼす意志がある。
かくして狂気は広がり、詰んだ世界は自ら更なる破滅へと向かうだろう。
動揺を抑えて作戦を行うにも、ただ1人の肉親と祖国の危機を心に抱えながら戦い抜けるほど戦場は甘くない。
確定ではない未来のために動揺を誘う訳にはいかない。
だけど、もしも大公国の崩壊が起こるならば……俺は。
きっとゲームのように討伐されるしか道はないのだろう。
つくづく……詰んでやがる。
「ねぇ、ユリーナ。
あいつを信じてるの?
あいつは……、君から大切なモノを奪う……かもしれないんだよ」
ガイアは隣を歩くユリーナに不安そうに問いかける。
まるで未来にハバネロがユリーナに何かをすると知っているかのように。
だがユリーナはハバネロと話していた時とは違う少し寂しそうな笑みを浮かべ言った。
「荷物をね、半分持つと言ったの」
「え?」
「彼が抱えている何かを半分。
……渡してくれなかったけどね。
でも、ね。
信じるって決めたの。
あんな寂しそうに、でも優しい目で私を見るあの人を」
ふふふとまたユリーナは寂しそうに笑う。
そして彼の言葉を思い出しユリーナは、嘘吐き、と呟く。
それから溢れそうになる何かをグッと堪えて、空を見上げる。
「必ず聞き出してみせるんだから!
ほんとひどい人だよ、レッド・ハバネロ公爵様は」
そう言ってユリーナは、少しだけ茜色に染まりかける空をしばし見上げる。
ガイアはそんなユリーナを見ながら同時に、先程のハバネロ公爵の隣に居た茜色のメイドのことを思い出す。
アレはどういうことだろう?
ガイアの記憶では、あの髪色をした女性を一度だけ見たことがあった。
『なんで! なんでメラクルがぁぁ!!』
そう言って、『あの時』のユリーナは泣き崩れた。
それは記憶の中で、ガイアが帝国と王国との大戦後、ユリーナたちと行動を共にする様になって初めてのこと。
父を亡くし国を失ってすら、気丈にいつも皆を励ましていたユリーナがただ一度泣き崩れた。
記憶との違いにガイアの胸を包んだのは、期待でも希望でもなく、不安だった。
それを希望と思うにはあまりにも絶望が深く、何よりガイアには自分のこの記憶に名前を付けられずにいた。
今日のあのハバネロ公爵の様子から、どのようにしてあんな絶望的な事態を引き起こすことになったのか。
真実は今のガイアには何も見えてこない。
ふと思い出したとでも言うように、ユリーナは金髪の少女に顔を向ける。
「……ところでねえ、ガイア。
悪魔神って、知ってる?」
見られたガイアは目を見開き、驚きを隠せない。
「なんで……それを?
だって今まで、一度も……」
「やっぱり知ってるんだ。
教えて、知ってる限り」
ユリーナはいたずらっ子のような笑みをガイアに見せる。
それはガイアの記憶も含めて、初めて見る種類の笑みだった。
それがどんな絶望的なことでも知ろう。
愛を囁きながらも、肝心なことは隠したままのひど〜い男を捕まえるために。
ユリーナ・クリストフは、もう覚悟したから。
第2章 王国と帝国と 了
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