第150話リターン23-大公都

「では引き続き調査をお願い。

 ヒカゲ、面倒を掛けるわね」

「いえ、レイリア様も身辺ご注意を」


 レイリアの前で聖騎士ではなく一般兵の格好をしたヒカゲが返事をして、彼女の前から姿を消す。

 それを確認するとレイリアは我知らずため息を吐く。


 今しがた届けられた情報はやはりというか、思わしくないものであった。


「……やっぱりパールハーバーは邪教と繋がっていたのね」

 ユリーナから忠告を受けた時点では、レイリアもまさかと思った。


 ヒカゲは大公国で数少ない専門の密偵だ。

 大公国でも随一の腕、それでも大公国内で得られる情報には限りがある。

 負担も一手に集中しやすい。


 彼も集中して調べるまではパールハーバーの反逆とも取れる動きを掴み切れていなかった。


 それに本当なら付き合っている噂のある聖騎士クーデルが、ユリーナと向かったガーラント公爵領のことを調べておきたかったはずだ。

 そちらも随分、きな臭い。


 そちらだけではない、あちらこちらの領内からもモンスターによる被害が報告されている。


 情報ではなく噂程度だが、伝説の要塞級モンスターまで出現し、街を消し去ったと。


 噂になった土地の領主は否定しているが、それも本当かどうか。


 パールハーバーは忠誠心の厚い聖騎士らしい騎士……だった。


 油断したつもりはなかった。


 それでも三大臣の1人、パールハーバーが邪教集団に染められていることに気付くのがあまりに遅かった。


 しかしながら、誰が気付こうか?

 誰もが彼を忠誠心厚い騎士の中の騎士と信じていた。


「あー、もう!」

 レイリアは執務机で頭を抱える。

 人同士で争っている場合ではないはずなのに。


 一生懸命やって来た。

 女の身でありながら三大臣の1人にまでなった。


 やっかみも多く、その容姿の良さで好色なエロ貴族からのチョッカイというか邪魔も1回や2回ではない。


 結局、サワロワと関係を持ったのも、好いた惚れたよりも戦友的な友情の方が近かった。


 そのサワロワが突然倒れ、その隙を狙ったようにパールハーバーや強欲な貴族が動き出した。


 そこを探っていけば、邪教集団の関わりが出るわ出るわ。

 まさかここまで大公国が闇に染められているとは、完全に不覚であった。


 いいや、闇が……邪教集団がそこまで大公国に食い込んでいたことに気付かなかった自分達が間抜けだったというしかない。


 そもそものパールハーバーの怪しい動きについての情報を持ち込んだのは、他ならぬユリーナであった。


 ユリーナも情報源をその時点では明らかにしなかったが、一連の聖騎士メラクル暗殺に関わった流れを見返してみると確かにパールハーバーに怪しい動きがあった。


 また大公国内の女神教の人間が邪教に関わっていることも判明した。

 何度かパールハーバーへの接触があり、その後すぐにサワロワ大公の容態が急変した。


 大公を診察した医者は毒ではないと断言した。

 衰弱していく様子が死に至る病と酷似しているので、その病であろうと。


「……その診断結果も怪しくなってきたわね」


 サワロワの身柄はパールハーバーに抑えられている。

 確かめたくとも、もう彼がそんなことを許すとは思えない。

 すでに強硬策に出られるととかなり不味い状況なのだ。

 刺激出来ない。


 ユリーナがガーラント公爵の元へ出立する前、彼女は情報源をレイリアだけに明らかにした。


 ハバネロ公爵。

 流石は王国の大貴族というべきか、否、ハバネロ公爵の情報網が異常なのだろう。


 散々に大公国を苦しめた因縁の相手。

 レイリアも長い間、ハバネロ公爵の横暴な要求に何度苦汁をなめさせられたか分からない。


 唐突に訪問した際にユリーナへの愛を囁いたが、それは警戒心を煽ったに過ぎない出来事だった。


 そう簡単に人は変わらない。

 むしろ更なるユリーナへの苦難を与えるための宣言だとさえ判断した。


「まさかハバネロ公爵に苦しめられていた間の方が、国がまとまっていたなんて……」


 何という皮肉だろう?


 しかも、だ。

 暗殺されたメラクル・バルリットも、そのハバネロ公爵に助けられて生きているそうだ。


 帝国と王国の大戦が終わり、ユリーナがガーラント公爵の所へ向かいしばらくして、大戦を終わらせた2人の英雄の名が流れてきた。


 1人は悪逆非道のハバネロ公爵。

 苦しめられてきたからよく分かる。

 武においてもやはり強者であったとむしろ納得だ。


 もう1人が問題だ。

 メラクル・バルリット。

 茜の髪色の見目麗しい大公国の聖騎士らしい。


 おぉぉい!?

 大公国の誰もが思ったことだろう。


 当然、レイリアも思った。

「はぁーーーーーー?」


 報告を受けた瞬間、そんな叫びを上げながら持ってた書類をその場で落として撒き散らしてしまった。

 報告者の正気を疑ったほどだ。


 何やってんのよ、あのポンコツ娘!


 ユリーナの友であり、レイリアも昔から知っている娘だ。


 表向きは凛とした聖騎士らしさを見せるが、ユリーナやローラ、それに気心の知れた隊のメンバーと居ると途端にそのポンコツな本性が露わになる。


 ついでにだが、ハバネロ公爵の愛人という噂付きだ。

 もう訳が分からない。


 それに関しては、いやいやまさか、と誰もが思う。


 それだけ大公国でのメラクルは男関係に関して鉄壁だった。

 レイリアからしたら、この娘は結婚出来るのかしら、と心配したほどだ。


 だが1番の問題はそこではない。


 メラクル・バルリットが本当に生きているならば……。


 疑惑の主、パールハーバーは即座に否定した。

 馬鹿馬鹿しい、ハバネロ公爵の欺瞞だ、と。


 確かに今までそんな噂は掴めなかった。

 もっともハバネロ公爵のところに諜報を送っても、防備が完璧で情報を探る隙がなかった訳だが、今になって何故?


 今まではメラクルを護るように秘匿しておいて、突然、何らかの理由で情報を開示したのか。


 ユリーナから出発前にパールハーバーの情報をハバネロ公爵から貰ったと伝えられたが、その時にもう少し話をしておくべきだった。


 メラクルのことは現時点では確かに噂だけだが、王国の英雄ともなれば存在を確認することなど今後は容易い。

 真実がどうであるかは、すぐに分かることだった。


 だけど目に見えるように物事が変わり始めたのはそこから。

 闇はその真実を確かめるための時間を与えてはくれなかったのだ。



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