第333話 黄のデューク

 その魔物は黄金の翼を持つ鳥の形をしていた。

 だが、実体はなく、雷のエネルギーだけで成り立っている。バサリと翼をはためかせ、雲の切れ間を抜けて高速で飛行する。

 向かう先には空を飛ぶ五機の航空機があった。

 周囲には黄金竜も飛び交い、何者かと戦っている。"雷の鳥"は急下降し、航空機に向かっていく。

 強い魔力を感じ取った鳥は、それが敵だとすぐに認識した。

 バチバチと放電しながら滑空していくと、黄金竜と交戦している相手が見えてくる。黒い鳥のようにも見えるが、そうではないだろう。

 あれは自分たちと敵対する存在。鳥は確信を持って攻撃態勢に入る。

 体に雷の魔力を集め、敵と思われる者たちに突っ込む。

 だが次の瞬間――目の前で激しい爆発が起こった。炎が噴き上がり、黒煙が視界を奪う。

 鳥はバサリと羽ばたき、煙の上に抜ける。

 辺りを見渡せば、そこにいたのは二人の人間だった。空中に浮かび、こちらを観察している。

 恐ろしい魔力を放つ敵に、鳥は警戒心をあらわにする。


「やれやれ……以前から存在を確認されていたが、こんなところで出会うなんて」


 アルベルトは微笑みながら話す。体の周りには炎が渦巻き、強力な上昇気流を生み出し揚力を得ていた。

 

「黄の公爵デュークですね。空を飛ぶことができるので、【黄の王】のにならずにすんだのでしょう」


 アルベルトの後ろにミアが答える。ミアの足元には薄い氷の板があり、その板と繋がるように、周囲の水分がパリパリと凍りついていた。


「ここで仕留めておこう。ミア、頼めるかな?」

「はい、もちろん」


 ミアは右手を上げる。腕にはいくつもの宝石が付いたブレスレットをめていた。

 前方に手をかざすと、宝石が次々と輝き出す。すると"雷の鳥"の周りに氷の結晶が現われた。

 ダイヤモンドダストのようにキラキラときらめき、無数の氷塊になっていく。


「さあ、かかって来なさい」


 ミアは冷笑を浮かべた。鳥はバサリと羽ばたき、二人に向かって突っ込んでくる。

 凄まじい稲妻を体に帯び、空中にある氷塊を砕きながら進む。だが、氷にぶつかることで勢いは大幅に削がれた。


「充分だよ、ミア。その程度の速度なら、とらえることができる」


 アルベルトが手をかざすと、体の周囲から炎が噴き上がり、龍の形となって大きな

あぎとを開く。

 炎の龍は三体現れ、蛇行しながら鳥に襲いかかった。

 鳥は回避しようとしたが、空中にある氷塊に激突し、うまくかわせない。三体の龍に飲み込まれ、大爆発した。


「……死んだかな?」


 アルベルトは手でひさしを作り、爆煙が広がった空を見る。後ろで静かに見ていたミアが「いえ」とつぶやく。

 煙の中から、光り輝く鳥が飛び出す。


「おーさすが『特異な性質の魔物ユニーク・モンスター』……なかなかタフだね」


 アルベルトは微笑み、両手を肩の高さまで上げる。

 体の周囲に渦巻く炎が、より一層激しさを増す。気流をとらえて上昇したあと、急降下して鳥に向かっていく。

 黄の公爵デュークもバサリと羽ばたき、アルベルトに向かってきた。

 両者がぶつかり合う刹那、アルベルトは右手を前に突き出し、なにかを掴むような仕草をする。

 すると、鳥の周囲に炎の線が走った。

 線は幾重にも連なり、鳥を囲む球状の檻となる。炎の檻は鳥を完全に閉じ込めてしまった。鳥は戸惑いつつも、檻に向かって体当たりする。

 だが、炎にふれた瞬間――苛烈な爆発が起こった。


「ギイイイイイイイイイイ!!」


 金切り声を上げる【黄の公爵デューク】。それを見たアルベルトは静かに微笑む。


「炎の鳥籠だ。君にはおあつらえ向きだろ?」


 檻の中に入った鳥は、浮かんでいるのがやっとで、身動きが取れなくなる。アルベルトを睨み付け、甲高い鳴き声を上げた。

 

「悪いが時間がないんでね。終わらせてもらうよ」


 アルベルトは右手をグッと握り込む。

 球体である炎の檻は徐々に小さくなり、鳥を追い詰めていく。鳥は最後の抵抗として大量の稲妻を放出するが、炎の檻に影響はなかった。


「Goodbye、beautiful bird(さようなら、綺麗な鳥さん)」


 アルベルトが右手を下げると、炎の檻は一気に縮み、黄の鳥を飲み込む。

 カッと瞬き、凄まじい爆発が起こった。

 空を白い煙が覆い、なにも見えなくなる。少しづつ晴れてくると、そこにはなにもなかった。


「じゃあ、行こうか」

「しかし、魔宝石が落ちた可能性がありますが……どうしますか?」

「今はいいよ。時間がないからね」

「分かりました」


 アルベルトとミアは空中を進み、航空機に向かっていく。途中、視界に映ったのは黄金竜と戦う飛行部隊だ。

 竜はダメージを受け、明らかに動きが鈍っている。帰投

 決着がつくのも時間の問題だろう。アルベルトは安心して、オスプレイに帰還した。


 ◇◇◇


「どうやら終わったようやな。なんにせよ、これなら空路で移動するのも安心や」


 明人の言葉に、窓から外を覗いていた悠真も「そうだな」と同意する。しばらくすると後部ハッチが開き、出撃していたピーターたちが戻って来た。

 空中から次々と航空機に乗り込んでくる。


「ああ~無事に戻って来れて良かった。黄金竜は全部倒してきたよ」


 ピーターはサングラスを外し、悠真に向かって親指を立てて見せる。

 悠真たちは「お疲れ」と声をかけ、五人の探索者シーカーを労った。全員が席に着き、もう一度ベルトをかける。


「あと少しで到着だ。気を引き締めておけよ。この先にいるのは、黄金竜とは比べものにならないほどの化け物だからな」


 ピーターに諭され、悠真たち三人は真剣な顔になる。確かに、【黄の王】との戦いは壮絶なものになるだろう。

 悠真はそんな予感がしていた。そして目的地のソルトレーク・シティの上空に差しかかると、操縦士が「着陸態勢に入ります」と伝えてくる。

 オスプレイは回転翼軸を垂直にし、徐々に高度を下げていった。


 ◇◇◇


「これは……」


 高い山々に囲まれた自然豊かな街。ビル群も目につくソルトレーク・シティの一角に、軍人やプロメテウスのメンバー、そして悠真たちが降り立ち、辺りを見ていた。   

 全員の視線が集まったのは街の北西。誰もが息を飲み、視線を逸らせずにいる。

 そこにあるはずの街が、綺麗になくなっていたからだ。


「これって、ニューヨークと同じ壊され方じゃないのか」


 悠真が顔を歪めていると、アルベルトが声をかけてきた。


「【黄の王】が現れた痕跡こんせきだよ。ヤツが来ると、こんな風に街が壊されるんだ。そして、この破壊は比較的新しい」

「じゃあ……」


 緊張した面持ちの悠真に、アルベルトはなんでもないように答える。


「ああ、すぐ近くにいるね。雷の王様は」

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