第236話 魔力の変化

「まあまあ、それはそれとして。魔宝石が欲しいなら、わしらが集めた物をやろう。ルドラ、荷物を」

「はい」


 ルドラと呼ばれた大柄の男性が担いでいたバッグを下ろし、中から小さな黒い箱を取り出した。


「え? いいんですか?」


 簡単にくれると言うアニクに悠真は驚いたが、アニクは「かまわんよ」と楽し気に微笑んだ。


「どうせ、持っていても使うことはないからのう。生きて帰ることができれば売ることも可能じゃが、はたして帰れるかどうか……」


 アニクに視線でうながされ、ルドラは自分の持つ黒い小箱のフタを開ける。中には大小様々な宝石が入っていた。

 全て緑の魔宝石だ。


「グリーンダイヤモンドが一つに、エメラルドが三つ、ジェダイトが四つか……やるやないか、爺さん!」


 明人が褒めるとアニクは「ひゃっひゃっひゃ」と声を上げる。


「それにしてもお主ら、魔宝石を集めてどうする気じゃ? 地上に戻ってから売るのかのう?」

「いえ、俺が使うんです」


 当たり前のように言った悠真に、アニクは「ほう」と興味を示す。


「お主、まだがあるのか? その状態でこのダンジョンに入るとは、なかなかきもわっておるのう」


 感心するアニクに、悠真は「ま、まあ、そんなところです」とお茶を濁す。

 悠真はルドラから"緑の魔宝石"を受け取り、アニクたちにお礼を言ってその場を後にした。


 ◇◇◇


「染まっていないマナがあるなんて……本当でしょうか?」


 いぶかしげにつぶやくルドラに対し、アニクは「にわかには信じられんのう」と白い顎髭あごひげを撫でながら答えた。


「ラシ」


 アニクが呼ぶと、小柄な少女が「はいはい」と言って跳ねるように走ってくる。


「あの三人の様子を観察して報告せい、どうにも気になるからのう」

「はい! 分っかりました~」


 ラシはおどけたように敬礼し、きびすを返して悠真たちを追いかけた。


「さて、わしらも次の階層に行くとするか」


 巨木が立ち並ぶ合間、下の階層に続く大きな洞窟が口を開けていた。カイラ率いる探索者シーカーの隊列が先頭を進み、アニクと三人のメンバーが後に続く。

 そして二百六十五層――


「はあっ!!」


 ルドラが振るった火を纏う斧が、巨大な蟻の頭を砕く。

 他の孔雀王マカマユリのメンバーも負けてはいない。スラリとしたスタイルの女性チャリタリが水を纏う槍を振るうと、周囲にいた虫が次々と斬り裂かれていく。

 さらに色白の青年アールシュが、自らの持つ金属製の棍棒を三つに分解する。

 バラバラに分かれた棍棒は空中でクルクル回り、高速で回転しながら魔物に向かっていく。軽トラックほどの大きさがあるコガネムシにぶつかると、激しく放電し、虫の体を焼いていった。

 コガネムシはプスプスと煙を上げ、ドスンッと地面に横たわる。

 孔雀王マカマユリのメンバーが魔物を倒していく中、アニクは両手を後ろで組み、悠然と危険な森を歩いていた。

 空を飛ぶ不気味な虫が群れを成して襲って来るが、アニクに慌てる様子はない。

 腰帯にさしていた扇を手に取り、ひらりと振るう。十枚の飾り羽が次々と飛び出し、上空の虫に向かっていく。

 飾り羽は螺旋状に渦巻き、羽虫の体を引き裂いていった。

 アニクは涼しい顔で落ちてくる魔物を見やる。この階層も突破するのは容易だろう、そう思った時、鬱蒼うっそうとした草木の向こうからラシが走ってきた。


「た、大変、大変!!」

「なんじゃ、一体」

 

 アニクは怪訝な顔でラシを見る。


「あの三人を観察してたんだけど、三鷹って子おかしいんだよ!」

「なにがおかしいじゃ?」


 アニクが眉をひそめて聞く。


「さっき渡した魔宝石、全部まとめて飲んじゃったの!」

「なに!?」


 これにはしものアニクも目を見開いて驚いた。


「渡した魔宝石を全部飲んだじゃと!? 八つ合わせれば四千以上のマナ指数になったはずじゃ……そんなものを体に取り込めるはずがない」


 アニクは顎髭を触ったまま黙り込む。そんなアニクに代わり、ルドラが口を開いた。


「それで、三鷹に変化はあったのか? 魔宝石が体に取り込めていないなら、魔法の威力は上がってないだろう」

「それだよ、それ! みんな自分の目で確かめてよ!」


 四人はラシに促され、困惑しながら三鷹たちの元へと足を運ぶ。そこで見たのは信じられない光景だった。


「あれは――」


 三鷹悠真は柄の長いハンマーのような武器で戦っていた。

 ハンマーのヘッドには、揺らめく透明な球体が纏わりついている。

 その球体を蟻の魔物にぶつけると、蟻の体はいとも簡単に弾け飛んだ。それは大型の甲虫でも同じ。

 ハンマーを振るい、一撃で相手の頭を破壊する。


「あれは……"真空魔法"!」


 アニクは思わず声を上げた。他の孔雀王マカマユリのメンバーは声も出せずに、目の前の光景を凝視する。

 三鷹が手をかざせば強力な"風の障壁"が生まれ、滑空してきた羽虫を吹き飛ばす。

 ハンマーを振るえば、十メートル以上の高さがある竜巻が起こり、虫たちを上空へ舞い上げていった。


「これはたまげたのう。明らかに魔法が強くなっておる……本当に魔宝石を取り込んだようじゃ」


 アニクが驚愕するのも当然だった。

 マナ指数が四千以上あることも驚きだが、この大規模なダンジョン攻略において"マナ"を"魔力"に換えていないなど、本来ありえない。

 それは言わば戦場に武器を持たず、素手で来るようなもの。

 実際に実行したのなら、よほど頭がおかしいか、常識を超えるマナを持つ場合だけだろう。

 アニクはそんなことを考えながら、三鷹悠真の戦いを静観していた。


 ◇◇◇


「うっし! この辺の魔物はあらかた片付いたな」


 悠真はピッケルを下ろし、額の汗を拭う。ルイと明人も魔物を倒し切り、一息ついてから武器を下ろした。


「やるやないか悠真! 風魔法が充分通用しとる」


 明人に褒められるのはこそばゆいが、自分の"風魔法"が強くなったのは自覚していたため、鼻の頭を掻いて「まあな」と返す。


「カイラさんたちも順調に進んでるようだよ。僕らも合流して階層を出よう」


 ルイの言葉に従いカイラの元に行こうとすると、後ろから声をかけられる。


「おぬしら、なかなか順調なようじゃの」

「アニクさん」


 悠真は足を止めて振り返る。アニクは四人の男女を引き連れ、ほがらかな笑みを浮かべていた。


「おぬしの戦いぶりを見させてもらったぞ。まだまだ粗削ではあるが、素晴らしい風魔法の攻撃じゃった」

「はい! アニクさんにもらった魔宝石のおかげです」


 悠真がお礼を言うと、アニクは「ひゃっひゃっひゃ」と楽し気に笑う。


「どうじゃ、ここから先、わしらと一緒にいかんか? おぬしらが側にいてくれたら心強いからのう」


 その提案に悠真はルイたちと顔を見交わす。特に断る理由もないため、ルイと明人は小さく頷いた。

 悠真は振り返ってアニクを見る。


「分かりました。一緒に行きましょう」

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