第235話 魔宝石の回収

「なにしとんねん!」


 明人は指先をワームに向け、稲妻を放った。雷撃によって痙攣したワームはおとなしくなり、動きを止める。

 その隙にルイが駆け出し、刀でワームの胴をスパッと輪切りにした。

 転がったワームの長い胴体。ルイが駆け寄り切断面を確認すると、少し奥に悠真の頭があった。


「大丈夫!? 悠真?」

「あ、ああ……危ないところだった」


 ルイと明人の力を借り、悠真はなんとかワームの口から這い出す。全身がベトベトになったことに、悠真は「うわ~」と顔をしかめた。


「ダメだよ、強そうな魔物がいたら逃げなきゃ」


 ルイに叱られ、悠真は「分かってるけど」と口をとがらせる。


「ヒルやミミズの魔物と戦ってたら、親玉みたいのが出てきたんだよ。いけるかな? と思って攻撃したけど……さすが深層の魔物だ。かなり手強かったぜ」

「アホ! これ深層の魔物ちゃうで」

「え!? そうなの?」


 明人の指摘に悠真は目を見開いて驚く。


「ただのデカミミズや! これぐらいの魔物やったら素の状態で倒してくれんと」

「いや、倒せそうだったんだよ! 新しい風魔法の使い方覚えたから、これでアイツの体に穴を空けてたんだ」


 悠真は自分の人差し指を、明人とルイに見せる。

 二人が前屈みになって目を凝らすと、悠真の指先に透明な球体が渦巻いていた。


「おい、これって……風の第二階層、【真空魔法】なんちゃうか!?」


 明人が指摘すると、悠真とルイは「え!?」と言って目を丸くする。


「これが風の第二階層? なんだ真空魔法って?」

「すごいよ悠真! 第二階層の魔法が使えるってことは、体に取り込んだ緑の魔宝石の魔力値が一万を超えたってことだよ!」


 悠真はよく分からなかったが、「お、おお、そうなんだ」と取りあえず頷いた。


「もっとデカくできるか? 使いこなせば強力な武器になるで!」


 明人に言われ、悠真は「やってみる」と鼻息を荒くする。指先に意識を集中し、「ぐぬぬぬ……」と力を込めた。

 だが、透明な球は変化せず、小指の先ほどの大きさに留まる。


「ちっさ!! こんなもん、役に立つ訳ないやろ!」

「う、うるさいな! 覚えたばっかりなんだから、仕方ないだろ」


 悠真が気色ばんで反論する。そんな悠真にルイは「まあまあ」と言ってなだめた。


「確かに風の魔力が一万を超えただけなら、弱い"真空魔法"しか使えないかもしれない。でも使えたってことが重要なんだよ。もっと魔力が上がれば、実戦でも充分役に立つと思うよ」

「そ、そうだよな!」


 悠真は改めて指先の球体を見た。

 こいつを使いこなせれば、かなり強力な武器になる。そうなれば『金属化』しなくたってダンジョン攻略が容易になるじゃないか!

 そう思った悠真だったが――


 二百六十四階層。


「ああああっ!!」


 悠真は巨大なゲジゲジに弾き飛ばされ、地面に倒れてゴロゴロと転がる。


「いててて……」


 悠真が頭を押さえて上体を起こすと、助けに来たルイが鮮やかな斬撃でゲジゲジを灰にしていた。


「悠真、ケガはない?」

「ああ、大丈夫だ。それにしても全然"魔宝石"落とさないな、こいつら。これじゃあ真空魔法の威力が上がらないよ」

「う~ん、やっぱり僕らだけで魔宝石を回収するのは限界があるよ。カイラさんたちも拾ってないかな? 頼んだらもらえるかもしれない」


 ルイの言葉に悠真は考え込む。今回の『ドヴァーラパーラ』攻略は魔宝石の回収が目的ではない。

 小さな魔宝石を探すのは時間も手間もかかるため、危険なダンジョンでカイラたちが回収しているかどうかは分からなかった。

 そんな話していると、明人が口を挟んでくる。


「仮に拾っとったとしても、それをワイらに渡す義理はないで。どう言って魔宝石をもらう気なんや?」


 ルイは上を向いて眉間にしわを寄せる。


「う~ん……悠真の"マナ指数"が上がったから、魔宝石がほしい……とか?」

「苦しいで~、上がったかどうかなんて調べようがないやろ。カイラが納得するとは思えへんけどな」


 適当な言い訳は思いつかなかったが、取りあえずカイラに聞いてみることにした。

 とは言っても、ここは強力な魔物が跋扈ばっこするダンジョンの中。悠真たちは襲って来る魔物の数が少なくなるまで、ひたすら倒し続けた。


 ◇◇◇

 

「やれやれ……出てくる魔物のレベルが確実に上がってるな。さすがにちょっとしんどいで」


 明人は文句をいいながら大きな甲虫から槍を引き抜く。

 悠真たちは周囲の魔物を倒し切り、やっと一息つけるようになった。カイラの姿を探して視線を走らせると、百メートルほど先にその姿を見つける。

 森の樹々に囲まれた一角、カイラはインドの探索者シーカーたちと一緒にいた。

 三人がカイラの元まで行こうとすると、その途中で声をかけられる。


「おお、若いの。全員無事じゃったか」


 そこにいたのはアニクだった。孔雀王マカマユリのメンバー四人も一緒だ。

 四人の男女のバトルスーツは、さすがにボロボロになっていたが、アニクの服だけは綺麗なまま。

 相変わらず柔和にゅうわな笑顔を向けてくる。


「アニクさんも無事でしたか」


 悠真が聞くと、アニクは「ひゃっひゃっひゃ」と特徴的な笑い声を上げる。


「もう、いつ死んでもいい歳なんじゃが、神様に嫌われたのか、なかなかお迎えがこんでのう。こうしてピンピンしておるわい」


 アニクは愉快そうに笑ったが、お付きの四人はなんとも言えない表情で苦笑いしていた。


「そうだ! アニクさんにも聞いてみようよ」


 ルイの言葉に、アニクは「なんじゃ? わしに答えられることかのう」と返す。

 悠真たちは"緑の魔宝石"を集めていることを伝え、アニクやインドの探索者シーカーが魔宝石を回収していないか聞いてみる。


「お主ら緑の魔宝石を集めておるのか? わしらも目についた物は回収しておるが、積極的に集めてはおらんぞ」


 悠真が「やっぱりですか」と聞くと、アニクはコクリと頷く。


「まあ、今回のダンジョン攻略は商業目的ではないからのう。魔宝石があったところでなんの役にも立たんじゃろう。みんな自分が生き残ることに必死じゃよ」


 白い顎髭を撫でるアニクの話に、明人は片眉を上げる。


「でも【深層の魔物】を倒せばマナ指数が多少なりとも上がるんちゃうか? そしたら魔宝石で魔力を上げられるやろ。拾う意味はあると思うけどな」


 悠真は過去の記憶を呼び起こす。"マナの壁"の話を社長から聞いていた時、たとえマナ指数がその人間の限界値に達しても、【深層の魔物】を倒せばその後も上がると言っていた。

 だとすれば【深層の魔物】がいるこのダンジョンにおいて、"魔宝石"は重要な資源になるはず、そう考えた悠真だったが――


「確かにマナの上限を迎えた人間でも、【深層の魔物】を倒せばマナは上がる。ただそれも限界があるようでな。結局、頭打ちになるんじゃよ。ここにいる上位探索者シーカーは歴戦の強者。もうとっくに限界を迎えとる。だから魔宝石を拾っても意味がないんじゃ」


 ここにきて知らない情報だ。明人やルイでさえ初耳のようだ。


「個人差はあるものの、何万、何十万と無尽蔵にマナ指数が上がることはないということじゃ。そんな者がおったら正真正銘の化物じゃな」


 アニクはひゃっひゃっひゃと大笑いする。

 それを聞いて悠真は思った。俺、その限界超えてますけど……と。

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