第234話 第二階層の風魔法

 凄まじい魔力を感じた明人は「なんや、あの剣は?」と肩眉を上げる。

 威力は強そうだが、当たらなければ意味がない。案の定ソル・マンティスはカイラの周囲を高速で動き回り、隙を突いて攻撃しようとしている。


「あかん! あのデカイ剣じゃ捉えきれん、やっぱりワイがやるしか――」


 心配した明人がゲイ・ボルグを構えた時、カイラが剣を高々とかかげた。


「おおおおおおおおおおお!!」


 振り下ろした剣から莫大な魔力が放出される。台風のような風が発生し、明人だけでなくソル・マンティスも足を止めた。

 これが第二階層の風魔法か? と明人が思った瞬間、ふっと風が消える。


「え?」


 明人が呆気にとられて辺りを見回すと、カイラの前に透明の球体ができていることに気づく。


「なんや、あれ?」


 透明な球体はゆらりと揺らめき、。風の流れが逆転し、カイラの方へ引き寄せられる。

 明人は吸い込まれないようにゲイ・ボルグを地面に突き刺し、なんとか踏ん張って耐えることができた。

 だがソル・マンティスは足を取られ、そのままカイラに向かっていく。

 カイラは大剣を横に構え、風の魔力を纏わせる。動きを制限されたソル・マンティスと交錯する刹那、振るった剣はカマキリの胴を両断した。

 地面に倒れた深層の魔物。強力な再生能力を持つはずだが、体が修復する様子はない。

 鮮やかな攻撃に明人は舌を巻く。


「これが……第二階層の風魔法かいな」


 カイラは剣を下ろし、ふぅーと息を吐く。

 ソル・マンティスの死体を一瞥いちべつし、下半身が徐々に砂になっていくのを確認する。


「やるやんけ! あんな魔法が使えるとは思わんかったで」


 槍を肩に乗せて近づいてくる明人に、カイラは「ああ」と言って目を向ける。


「"風"の第二階層は【真空】を作り出す魔法だ。今回は相手の動きを制限しただけだが、直接叩き込めば魔物の肉をごっそりえぐり取れる」


 剣を見つめながら冷徹に言うカイラを見て、明人は「お、おお……えげつないこと言うな」と苦笑する。

 その時、背後でかすかに音がした。

 明人が振り返ると、ソル・マンティスの上半身が腕を振り上げていた。明人はすぐに反応するが、振り下ろされた腕から"風の刃"は放たれてしまう。

 刃は油断していたカイラに向かっていった。


「危ない!!」


 明人が突き出した雷槍の穂先が、かろうじて"風の刃"に当たり、木っ端微塵に打ち消した。

 さらに穂先を死にかけたソル・マンティスに向け、黒い雷撃を放つ。

 雷に打たれた魔物は黒コゲになり、崩れ落ちるように砂へと変わった。


「……あんな状態でも攻撃してくるんか、たまったもんやないで」

「すまない、気を抜いてしまった。助かったよ」


 申し訳なさそうに言うカイラに、明人は「かまへん、かまへん」と軽く手を振る。

 そのままソル・マンティスが死んだ場所まで歩いて行くと、しゃがんで地面の砂を払った。


「お! これは……」


 明人が砂の中から小さな石を拾い上げる。それは緑色に光る宝石、グリーンダイヤモンドだった。


「ねえちゃん、この魔宝石もらってええか? めっさ欲しいねん」


 明人は指で摘まんだ小さなダイヤをカイラに見せる。


「あ、ああ、構わない。すぐに魔宝石がいる状況じゃないからな。でも、どうするんだそんな物? 地上に帰ってから売るのか?」

「まあ、そんなところや」


 明人は手を振って去っていく。カイラは眉根を寄せた。

 生きて帰れるかどうかも分からない状況、それなのに金のことを考えるなんて。カイラは呆れると同時に、明人の商魂のたくましさに感心した。


 ◇◇◇


 悠真とルイは必死に戦い、なんとか魔物の包囲網を突破する。

 ルイは澄ました顔で刀を鞘に納めたが、悠真はゼィゼィと肩で息をして今にも倒れそうになっていた。

 そんな二人の元へ明人が戻って来る。


「なんや、あの程度の魔物倒すのにどんだけかかっとんねん」


 軽口を叩く明人に対し、悠真は疲れて反論する気も起きない。


「ソル・マンティスは問題なく倒せたようだね」


 ルイに問われ、明人は「ああ、まあな」と答えた。


「まあ、ワイというより、あのねーちゃんが倒したんやけどな」

「カイラさんが?」


 ルイは意外そうに目を見開く。


「あのねーちゃん、"第二階層の風魔法"が使えたで、さすがインド最強の探索者シーカーダーシャ・バラモンの妹や」

「そうなんだ」


 ルイが視線を移せば、そこには探索者シーカーたちを率いるカイラの姿があった。全員に指示を出し、この階層の出口に向かうようだ。


「僕らも行こう」


 悠真は「お、おう」と言ってピッケルを杖代わりにしてなんとか歩く。どれだけ回復魔法が使えても、体力を回復させることはできない。

 悠真はけろっとした顔で歩くルイと明人を見た。どちらも疲労困憊してるようには見えない。

 ――俺も相当鍛えたのに、あいつらはそれ以上やってんのかな? 基礎体力が違うのか?

 納得できないな、と思いながら悠真は黙って歩く。

 そんな悠真の横に来た明人が、おもむろに手を出してなにかを見せてきた。手の平に乗っていたのは緑色の宝石。キラキラと輝いていた。


「これは……」

「小さいけど"グリーンダイヤモンド"や。カイラに頼んでもらってきたで」

「おお! でかした明人、助かるよ」


 風魔法はどんどん強くしたいと思っていたので、これはありがたい。悠真は受け取った魔宝石を着ていた服で軽く拭き、パクリと口に入れ飲み込んだ。

 小さいので水も必要ない。しばらくすると腹の中から熱が込み上げてきた。

 これで魔力が上がったはずだ。悠真は自分の両手を握ったり、開いたりしてみる。あまり実感はないなと思いつつ、他の探索者シーカーたちと共に次の階層へと足を進めた。


 ◇◇◇


 二百五十三階層――

 沼地に足を取られながら、一行は前へ前へと進んでいた。ここに至るまでにインドの探索者シーカーはさらに数を減らし、残りは七十人を切っている。

 それでも地獄を生き抜いてきた者たち。

 深層の魔物相手でも一歩も引かず、仲間と連携して戦っていた。


「うっし! 樹の魔物を倒したで、カルパヴリクシャやったか? 本体さえ見つけてしまえば、全然たいしたことないな」


 ゲイ・ボルグに巻きついたつたを払いのけ、明人が自信ありげに言う。

 ソル・マンティスと一対一の戦いを繰り広げていたルイも、一瞬の隙をついて相手の首をね飛ばす。

 爆発して炎上したソル・マンティスの体は、再生することなく砂と化した。

 ルイはひたいの汗を手の甲でぬぐい、明人の元へと歩く。


「ソル・マンティスを足場の悪い沼地に誘い込んだのが良かったみたいだ。速さ勝負じゃ、とても勝ち目がないからね」

「せやな」


 明人はインドの探索者シーカーたちの戦いに目を向ける。


「他のヤツらも善戦しとるようや。この階層もなんとか抜けられそうやな」

「うん、魔物もどんどん強くなってるからね。最下層までこの調子で行ければいいけど……」


 ルイの言葉に頷いた明人だったが、あることに気づく。


「ところで悠真はどこ行った? 姿が見えへんで」

「え? さっきまでその辺でミミズを倒してたよ」


 明人とルイはキョロキョロと辺りを見回す。近くにある老木を回り込むと、なにかの音が聞こえてきた。

 そこで悠真を見つける。

 巨大なワームに飲み込まれ、足だけをバタバタと動かしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る