第233話 危険な魔物

 ドヴァーラパーラ、二百二十六階層。

 強力な魔物が次々と出てくるため、探索者シーカーたちの進行は遅れていた。


「うわああああああああ!」


 インドの探索者シーカーが絶叫して後ろに下がる。だが目の前の魔物が放った"風の刃"が、容赦なく襲いかかってきた。

 探索者シーカーの男は"魔法障壁"で防ごうとしたが、威力が強すぎて抑えきれない。


「ぐっ、あああああ!!」


 風の刃は障壁を突き破り、男の腹を深々と斬り裂いた。

 男は膝から崩れ、うずくまって血を吐き出す。地面に倒れた探索者シーカーは動かなくなり、二度と立上がることはなかった。


「あれは!?」


 その様子をルイが少し離れた場所で見ていた。魔物の姿を目で捉えると、緊張で顔が強張る。


「どうしたんや? ルイ!」


 ルイと明人と悠真の三人は、階層の中央にある森で戦っていた。周りを魔物に囲まれ、なんとか相手の攻撃をしのいでいる。


「ソル・マンティスだ! かなり強力な深層の魔物……放っておくと、探索者シーカーたちに甚大な被害が出る!!」

「ソル・マンティスやと?」


 明人が視線を向けると、四本の腕を持つ人型のカマキリが、探索者シーカーの隊列に襲いかかっていた。

 ソル・マンティスは【緑のダンジョン】において、最も恐れられる魔物の一種であったため、当然ルイや明人も知っていた。

 魔物に気づいた探索者シーカーたちが迎え撃とうとするが、カマキリは一刀の元に探索者シーカーを斬り裂いていく。

 胴体を切断された者たちは、物言わぬむくろとなって地面に転がった。


「あかん! あのままやと全滅してまうで、ワイが行く!!」


 明人は近くにいる魔物を雷撃で払いのけ、傍若無人に暴れ回るソル・マンティスに向かって走り出した。

 ルイは「頼む!」と言いつつ、周囲にいる魔物を見やる。

 悠真が巨大なミミズに襲われ、地面に突っ伏したまま死にかけていた。ルイは握っていた刀の峰を倒し、そのまま横に振り抜く。

 ミミズの胴はスパッと斬れ、縛りが解けた悠真は「ぷはっ」と息をする。


「た、助かったよ、ルイ」


 ヨロヨロと起き上がり、ふらつきながらもピッケルを構える。


「悠真、明人がカイラたちの応援に向かった。ここにいる魔物たちは僕らの力だけで突破しないと」

「お、おう、やってやる!」


 悠真はピッケルに"風の魔力"をまとわせる。

 ここに来るまで、倒した魔物が落とした【緑の魔宝石】をいくつも飲み込んできた。悠真の"風の魔力"は確実に上がっていたのだが――


「うりゃあっ!!」


 振るったピッケルは強力な旋毛風つむじかぜを巻き起こしたが、明後日あさっての方向に消えていく。


「ああ……」

「悠真、落ち着いて。風魔法は確実にうまくなってる。集中して使えば、充分魔物を倒せるよ」

「わ、分かった!」


 ルイは向かってくる魔物を鮮やかに斬り裂き、爆発させて灰にする。

 それを見た悠真は「よし! 俺も」と手の平にペッ、ペッと唾を吐き、ピッケルを握り直す。

 思い切り振り下ろせば暴風が起こり、目の前の虫を吹っ飛ばした。その風で悠真も吹っ飛ばされる。

 尻もちをついたが、すぐに立ち上がり、今度はピッケルを横に薙ぐ。

 強力な風の刃が飛んでいく。魔物がいない場所に向かって。


「うう~くっそ!」


 威力が上がっているのに、なかなか魔物に当てられない。悠真は苛つき始めたが、全速力で駆けてくる黒い虫にビクッと反応する。

 ――こ、これはまさかゴ〇ブリ!?


「うわあああああああああ!!」


 思い切りピッケルで叩き潰した。"風の魔力"を帯びたピッケルの一撃は凄まじく、黒い虫をバラバラにする。


「なんだ、やっぱりこうやって直接殴るのが一番いいのか……」


 ホッと息をついて辺りを見ると、たくさんの黒い虫が近づいてきていた。

 悠真はゾッとしたものの、よく見るとゴ〇ブリではない。テレビで見たことがあるグソクムシに似ていた。


「なんだ脅かしやがって!」


 悠真は気を取り直し、グソクムシを叩き潰していった。


 ◇◇◇


 明人は足の裏に雷を流し、地面を弾くように走っていた。普通の人間では考えられない速度で走る。

 だが――


「速い! なんちゅう速さや、あのカマキリ!!」


 明人の足でも追いつけない速さを見せるソル・マンティス。インドの探索者シーカーたちを次々に斬りつけ、殺していった。


「あかん! これ以上犠牲が出たら、攻略どころやなくなる」


 あせりの色を見せる明人だったが、どうすることもできない。大きな樹と樹の合間、小高い丘にいる探索者シーカーたちにソル・マンティスは襲いかかった。

 その刹那、爆風が周囲に飛散する。


「なんや!?」


 明人は急ブレーキを踏むように足を止めようとするが、すぐには止まることができず、爆風をまともに受けてしまう。

 両腕で顔を守り、その場で止まる。

 腕と腕の隙間から正面を見ると、そこには大剣でソル・マンティスのカマを防いだカイラがいた。

 ギリギリと鍔迫つばぜり合いをしたあと、キンッと弾いてカイラとカマキリは後ろに下がる。明人は慌てて駆け寄った。


「大丈夫か、ねーちゃん!」

「天王寺!」


 カイラは剣を構えたまま、チラリと明人を見る。


「ワイがやるさかい、下がっとき!」


 明人がゲイ・ボルグを下段に構え、カイラの前に出ようとした。だがカイラは首を横に振り、明人を目で制した。


「いや、こいつは私がる! 悪いが手を出すな」


 強気に言うカイラに対し、明人は「せやけど、できるんか?」と疑問を抱く。

 ソル・マンティスの速さは尋常ではない。あの大きな剣では、攻撃を当てることすら難しいんじゃないのか? 明人はそう考えていた。

 そんな明人にかまうことなく、カイラは【大剣カンダ】に魔力を流す。切っ先をソル・マンティスに向け、鋭い眼光で睨みつける。


「天王寺……"第二階層の魔法"が使えるのが、お前たちだけだと思うなよ!!」


 カイラは左腕を上げ、手首についているブレスレットに目をやる。

 大小様々な【緑の宝石】がついた美しい装飾品。カイラが「はあああ」と気合を込めると宝石の一つが輝き出し、ヒビが入って粉々に砕け散った。

 その瞬間、カイラの周囲に爆発的な風が巻き起こる。

 あまりに強い風に明人は一歩後ずさり、左腕で顔を覆う。

 膨大に生み出された風は、カイラの大剣に集まり徐々に収束していく。風が完全に収まると、大剣は緑色に輝き出し、神々こうごうしい光を放った。

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