第232話 テント内の会話

 ドヴァーラパーラ、百八十三階層。

 カイラ率いる探索者シーカーたちの攻略は、予定通り進行していた。しかし、ここに至るまでに数十人の死者を出し、多くの戦力を失っている。

 予想された事態とはいえ、攻略を続ける探索者シーカーたちの精神的負担は計り知れない。

 そして、さらに問題だったのが――


「吹っ飛べえええええええ!!」


 明人が振るう【雷槍】が、巨大なダンゴムシを薙ぎ払った。


「硬ったいで、こいつ! 倒すのにかなりの魔力を消費してまう!!」


 苛立つ明人の側で、ルイは三つ首のムカデと戦っていた。首の一つを斬り飛ばし、長い胴体に斬りかかろうとする。

 するとムカデは二つの首から、緑色の液体を吐き出した。


「危ない!」


 ルイは慌てて後ろに飛び退く。


「気をつけなあかんで、ルイ! その"毒液"に触れたら即死やからな」

「うん、頑強な装甲の"アダマス"に猛毒を吐くムカデ"ペルセフォネ"……かなり強い魔物だからね。気を抜けないよ」


 ルイと明人は襲いかかってくる魔物を、炎と雷の魔法を使って迎撃していく。

 それはカイラやアニクも同じで、予定よりも浅い階層で戦うことになってしまう。

 一行はさらに進み、百九十七階層に到達する。そこには疲弊した表情を浮かべる探索者シーカーたちがいた。


「今日はここでテントを張る! 上位の探索者シーカーたちは優先的に休め」


 カイラが声を張り上げる。休むといっても薄暗い森の中。

 どこから魔物が襲って来てもおかしくない。カイラもバトルスーツや顔をドロで汚し、かなり疲労していた。

 それでも部下たちに的確な指示を出していく。

 そんなカイラを横目に、少し大きなテントに入ったアニクはLEDランタンのスイッチを入れ、「やれやれ」と言いながら仮眠を取ろうと横になる。

 後から入ってくる孔雀王マカマユリのメンバーたち。

 全員がテント内に腰を下ろし、誰もが息をつく。その中の一人、大柄の男性ルドラが口を開いた。


「百八十階層から百九十階層に下りて来るだけで、さらに十人の探索者シーカーが死んだようです。一部の荷物も失ったとか……大丈夫でしょうか?」


 アニクは仰向けになったまま話を聞いていた。しばし沈黙したあと、口を開く。


「やはり厳しい戦じゃ。このままでは最下層に辿り着くのも難しいじゃろう」


 額に赤い点"ビンディ"をつけた褐色の女性、チャリタリが前のめりになる。


「アニク様、ここは一旦引いたほうが良いのでは!? このままでは攻略は失敗し、全滅してしまいます。態勢を立て直してもう一度……」

「引いてどうする?」


 上半身を起こしたアニクは、不快な表情を見せた。


「帰ったとしても立て直せるほどの戦力など、もうどこにもない。各地から集められた、この攻略組こそ、インド最後の希望……次などないんじゃ」


 孔雀王マカマユリのメンバーは一様いちように押し黙った。

 誰もが分かっていたこと。しかし現実を目の前に突き付けられれば、精神的に追い込まれるのは当然だ。

 そんな部下たちを見て、アニクは微笑する。


「まあ、気を落とすな。悪いことばかりではないぞ。日本から来た探索者シーカーたちは、なかなかいい働きをしておるではないか」


 アニクの言葉を聞いて童顔の少女、ラシが頬を緩める。


「そうなんですよ! あの天沢と天王寺……めちゃくちゃ強いじゃないですか! 噂以上なんで驚いちゃいました」


 大柄の男、ルドラも首肯する。


「ああ、第二階層の火魔法と雷魔法。我々でも手こずりそうな魔物を、簡単に倒してたからな。彼らが来てくれたのは大きい」


 四人は一斉に頷いたが、アニクだけは片眉を上げた。


「もう一人の方はどうじゃ? 見込みはありそうか?」

「もう一人ですか?」


 ルドラは怪訝な顔をする。


「あのパッとせん、どこかとぼけた感じの青年じゃよ」

「ああ、いましたね。確かミタカとか、そんな名前だったと思いますが……気になるんですか?」


 ルドラの疑問に、アニクは楽しそうに笑う。


「どこか大物の雰囲気があるんじゃよ。わしは他の二人より、あのミタカという男の方が探索者シーカーに向いておる気がする」

「そうでしょうか?」


 戸惑った顔で、ルドラは他の三人を見る。


「え~私はそうは思わなかったですけど……。あの人、ずっと一番弱い芋虫を倒してましたよ。どう思う? チャリタリ」


 童顔の少女、ラシが褐色の女性チャリタリに話を振った。


「私もチラッとしか見てませんが、あまり強い探索者シーカーには見えませんでした。風魔法を使っているようですけど、大した威力もなかったと思います」


 四人の意見は一致していた。日本人の内、二人は優秀で、もう一人はなぜここまで来たのか分からないと。

 そんな部下たちの様子を、アニクは楽し気に見つめる。


「ひゃっひゃっひゃ、なるほど……確かにのう。しかし、だとしたら気にならんか? あの男の服はあちこちが破れてボロボロになっておった」

「ええ、それは見ましたが」


 ルドラは困惑の表情を浮かべる。アニクがなにを言わんとしているのか、それが分からなかった。


「それほど服を切り裂かれているのに……なぜ傷一つないんじゃ? 先ほど近くで見たがのう、かすり傷も無かったわい」


 四人はハッとする。確かにケガをしている様子はなかった。

 いくら弱い魔物ばかりを倒していたとはいえ、この魔物が溢れる環境下でまったくの無傷とは考えにくい。

 一同が戸惑っていると、今まで黙っていた青年、アールシュが口を開く。


「つまり……アニク様は、あの日本人……ミタカが魔物の攻撃を紙一重でかわしていると、そう言いたいのでしょうか?」


 アールシュに問われ、アニクは目を閉じる。


「分からん。なにか別の理由があるかもしれんしのう……まあ、なんにしろ天沢と天王寺がヤツを連れてくるのにこだわったと聞いておる。いずれその意味が分かるじゃろうて」


 アニクは「さて、今は休まんとな」と笑い、四人に寝るように促した。

 魔物が跋扈ばっこするダンジョンの真っただ中で、アニクたち孔雀王マカマユリのテントの灯が消える。

 そしてその頃――


「おおおお、どんどん治っていく! こりゃええで」


 悠真たち三人が入ったテント。ケガを負った明人の腕を、悠真が回復魔法を使って治していた。

 腕にあった大きな傷は、二分ほどで完全に目立たなくなる。


「やっぱりグループに救世主メサイアがおると違うな。めちゃめちゃ効率的や!」

「俺は救世主メサイアじゃない。立派な探索者シーカーだからな」

「芋虫ばっかり倒しとんのにか?」

「…………」


 苦い顔で黙り込んだ悠真に、ルイが声をかける。


「悠真は戦いながら傷を治してるんだよね? 服だけボロボロになってるけど……」

「おうよ! どれだけケガしても治せるからな。この力があればいくらでも戦い続けることができるぞ!」


 悠真が胸を張り、自慢げに言うと、明人は「はいはい」と言いながら地面に寝そべって自分の体にブランケットをかける。

 

はようねんと体力回復せえへんで、ワイは寝るわ。おやすみ」


 明人は目を閉じ、本当に眠ってしまった。ルイは「じゃあ、僕らも」とテント内にあるランプの灯を吹き消す。

 悠真は「こんな所で眠れるかな?」と思いつつ、横になって瞼を閉じた。

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