第231話 深層攻略

 ドヴァーラパーラ、百五十階層。


「気を抜くな! ここから先は【深層の魔物】が増えてくるぞ!!」


 カイラの檄に探索者シーカーたちは気を引き締める。

 今いる階層は植物が生い茂り、大樹が行く手を阻む森の中だ。薄暗いことに変わりはないが、上層階よりやや明るくなった気がする。


「やれやれ、キリがないで。こいつらは!」


 明人は足元に転がった大きな"アブ"を槍で貫き、苛立たしげに辺りを見る。

 魔物は四方八方から来ていた。中層を担当する探索者シーカーたちはいるが、彼らだけではとても魔物を倒し切れない。

 悠真たちを始め、カイラや孔雀王マカマユリのメンバーも武器を取り戦っていた。

 本来は深層まで魔力と体力を温存しておきたいところだが、そんなことを言っている場合じゃない。


「とにかく、ここを突破しないと」


 ルイは木々を旋回しながら飛んでくるアブを、流れるような動作で斬り払う。アブは空中で爆発し、砂となって地に落ちた。

 悠真も必死にピッケルを振るい、地面にいた芋虫を叩き潰す。


「"金属化"しないで戦うのはキツいな……」


 悠真がボヤきつつひたいの汗を拭っていると、前方から大声が聞こえてくる。


「ア、アラクネだ! アラクネがいるぞ!!」


 アラクネ? と悠真は視線を向ける。隊列の先頭にいる探索者シーカーたちが混乱しているようだ。


「まずいよ! 助けに行かないと」

「いくで、悠真!」


 ルイと明人が走り出す。悠真はよく分かっていなかったが、「あ、ああ」と言い、二人のあとをついて行った。


 ◇◇◇


「陣形を崩すな! アラクネは私が相手をする!!」


 カイラはインドの探索者シーカーたちに指示を出しつつ、アラクネが現われたという前方に走った。

 数人の探索者シーカーがついてくる。その一人が――


「ひゃっひゃっひゃ、カイラよ。さすがにおぬしでも、アラクネの相手を一人でするのはしんどかろう」

「アニク殿!」


 カイラのすぐ隣を並走していたのは、孔雀王マカマユリのメンバーとアニクだった。

 特にアニクは高齢と思えない健脚を見せる。


「アニク殿、加勢をお願いします!」

「分かった。任せておけ」


 カイラと孔雀王マカマユリが駆けつけると、先頭で戦っていた探索者シーカーたちは地に伏せ、動かなくなってた。

 その体は無残に切り裂かれ、血にまみれている。

 カイラは視線を上げた。死体と死体の合間に立つ不気味な魔物。

 鋭い爪を地面に突き刺した巨大な蜘蛛、その背に人型の魔物が乗ったような姿。深い階層にいる強力な魔物アラクネ。

 しかも一体ではなく、三体もいる。


「三体か……やっかいじゃのう」


 カイラは手にした剣を握りしめ、相手を睨む。アラクネはゆっくりと体を動かし、腕を振るってきた。

 蜘蛛の化物が使うのは鋼鉄の"糸"。あらゆる物を両断する危険な鋼糸だ。

 だが――


「なめるな化物!!」


 カイラは握った剣、魔法付与武装【大剣カンダ】に魔力を込める。

 大きく振りかぶり、目の前のアラクネに向かって思い切り振り下ろした。地面に衝突した切っ先は激しい風を巻き起こし、風の刃となって敵に向かう。

 アラクネの鋼糸は全て断ち切り、風は本体にぶつかった。

 風の刃は蜘蛛の体を大きく傷つけ、雲散する。緑の血をドクドクと流す敵を見て、カイラは追撃の刃を振るう。

 もう一度"風の刃"が巻き起こり、直撃したアラクネを砂へと変えた。


「ひゃっひゃっひゃ、さすがインド随一の探索者シーカーと呼ばれるカイラじゃ。こっちも負けておれんのう」


 アニクは担いでいた小さなバッグから、芭蕉扇ばしょうせんのような道具を取り出す。

 孔雀の飾り羽を重ねたような扇で、アニクは対面にいるアラクネに向かってふわりと振るった。

 周囲にパチパチと細い稲妻が走ると、飾り羽の一枚一枚が飛び出し、空中を舞う。


「さあ、アラクネ。どっちが強いか力比べじゃ」


 アニクは扇を振るうと、それに従うように飾り羽が猛スピードで飛んでいく。

 "雷の魔力"を帯びた飾り羽は、アラクネの放った鋼鉄の糸を断ち切り、本体に襲いかかった。

 

「グギャアアアアアアア!!」


 飾り羽は自在に動く"雷撃の刃"となってアラクネの体を貫く。

 全身から血を噴き出した蜘蛛の魔物は、苦しそうに絶叫しながらアニクに向かって突進してくる。

 アニクは「ひゃっひゃっひゃ」と笑い、扇をくるりと回す。

 バラバラに飛んでいた飾り羽が、アラクネの真上で弧を描いた。バチバチと細いプラズマがほとばしり、円の中心から稲妻が落ちる。

 雷が直撃したアラクネは動くことができず、黒焦げになって煙を上げていた。

 すぐに体が崩れ、砂となって地面に広がる。空中を飛び回っていた飾り羽はアニクのかかげた扇に戻っていく。

 すべてが合体すると、元通り芭蕉扇ばしょうせんの形になった。


「相変わらず、すごい武器ですね」


 カイラが溜息交じりに言う。


「ひゃっひゃっひゃ、我が社の自信作じゃからのう。それより、おぬしのために作った大剣は役に立っておるようで安心したわい」

「ええ、最高の武器ですよ。今まで使ったどの武器より手に馴染んでいて、なにより耐久力が桁外れです」


 剣をかかげるカイラを見て、アニクは満足そうに頷く。


「それなら良かった。さて、あっちもそろそろ終わりそうじゃのう」

「ええ」


 アニクとカイラは、もう一匹いるアラクネに目を向ける。そこでは孔雀王マカマユリのメンバー四人が奮闘している最中だった。

 斧に"火の魔力"を纏わせた大柄の男がアラクネの糸を切り裂き、"風の剣"と"雷の魔力"を纏った三節棍を持つ男女が蜘蛛の脚を潰していく。

 動きを大幅に制限されたアラクネに向かって、長い槍を持った女が投擲の形で狙いをつけた。

 槍の穂先に"水"が巻きつき、女はそのまま投げ放つ。

 空中でより鋭利な形に姿を変えた槍は、回転しながら水の渦を作り出し、アラクネの胸元に突き刺さる。絶叫する蜘蛛の魔物。

 藻掻き苦しみ、地面に崩れ落ちたアラクネは水溜まりの中で砂へと還った。


「さすがですね」


 カイラは感嘆の声を漏らす。


「敵を倒せたのはいいが、死んでいった者をとむらってやれんのは残念じゃのう」

「仕方がありません。次の階層に進みましょう」


 カイラとアニクは倒れた探索者シーカーたちに背を向け、隊列を率いて鬱蒼とした森を足早に進んだ。


 ◇◇◇


 全力で走り、先頭集団に追いついた悠真たち三人は、カイラやアニクの戦いに出くわしていた。


「おいおい、なんやあれ!?」


 カイラの大剣による"風の斬撃"。相当な威力だったが、それ以上に三人の目を引いたのはアニクの武器だ。

 扇のようなものを振るうと、いくつもの金属の破片が飛び出し、ジグザグに動きながら魔物を攻撃している。

 破片は孔雀の羽に似ており、一つ一つに黄色の魔宝石が埋め込まれていた。


「あんな武器見たことないね」


 ルイの言葉に、悠真も「ああ」と答えるしかなかった。孔雀王マカマユリの他のメンバーが持つ武器も、やはり独特なものばかり。

 使っているのは剣や槍、斧や棍棒だが、戦闘のさなかに形を変え、戦いを有利に進めていた。


「あれがインド最大の武器メーカーが作った製品……えげつないやんけ」

「うん、思ってた以上に高度な物だ」


 明人とルイは武器の性能に舌を巻いた。

 悠真はアニクの顔を見る。その表情にはまだ余裕すら感じられた。こんな修羅場をたくさんくぐり抜けてきたんだろうか?

 アニクやカイラは隊列を率いて大樹の合間を走っていく。

 悠真たちもそれに続き、森の奥へと足を進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る