第19話 オルフェウスの石板

 イスラエルにある世界最深度のダンジョン【オルフェウス】――


 白のダンジョンであるこのオルフェウスは、他のダンジョンとは明らかに違う特徴があった。

 調査に入った探索者たちが、中層でを見つけたのだ。

 その文字は古代エジプトで使われていた聖刻文字ヒエログリフに酷似しており、人類が書き残したものと考えられた。

 文字の解読は研究者によって進められ、一部を除いて大部分の解読に成功する。

 書かれていたのは魔物や魔法に関すること。

 そして古代文明においてダンジョンの影響を受けた人々の様子など、人類の歴史にダンジョンの関与があったことをうかがわせるものだった。

 特に重要な遺跡は、縦三メートル、横二メートルもある大きな石板。

 この石板の一番上には六つの鉱石が一列に並び、その下に十二の鉱石、さらにその下に二十四の鉱石が並んでいた。

 鉱石が無い石板の下部には聖刻文字ヒエログリフが書かれている。

 国際ダンジョン研究機構の職員たちは、この石板を最も重要な『ダンジョン遺跡』と考え、いくつもの研究室が入るフロアの、もっとも目立つ場所に設置することにした。

 壁に立て掛けられ、強化ガラスで保護されている石板。その前でダンジョン研究の権威、イーサン・ノーブルは不敵に微笑んでいた。


「本当だったんだね。他の研究者が騒いでたんで何かと思ったけど」


 イーサンの隣に立つ、助手のクラークは石板を見上げながら怪訝けげんな顔をする。


公爵デュークが討伐されたのですね。だったはずです。一体誰がやったんでしょうか?」


 二人が見上げる先、石板の上から三列目にある二十四の鉱石。その内、赤と青と黒の三つの鉱石が砕けていた。


「今回砕けたのが‶黒の鉱石″というのが面白い」


 イーサンは興味深そうに言う。クラークも一つ頷いて話を続ける。


「今、世界各国の政府に確認しているそうです。公爵デュークを倒したとなれば、それなりの探索者集団クランか軍隊でしょうから」

「フフッ……金にならない黒のダンジョンの、それも深層付近まで潜ったってことだよね? 酔狂な人もいたもんだ」

「黒のダンジョン探索に力を入れているのならば、イギリスの大学でしょうか?」

「確かにあそこは『魔鉱石』の研究を進めているけど、そんなに深く潜れる探索者シーカーはいないと思うよ」

「では、他の国ですか?」

「まあ、そうだね。大きな『黒のダンジョン』がある国となると、インド、ロシア、オーストラリアにブラジルかな?」


 イーサンは少し考え、「あーそうそう」と手を叩く。


「確か日本にもあったね。けど、あそこは探索が進んでないから可能性は低いかな」


 多くの研究者が石板を見上げて議論している中、イーサンは石板に背を向けて歩き出した。その後をクラークがついていく。

 鼻歌を歌いながら自分の研究室に戻るイーサンを見て、クラークは溜息をついた。

 この人に取って公爵デュークが討伐されたことなど、大したことではないんだろうと。

 二人が去った後、巨大な石板は不気味にたたずむ。



 オルフェウスの石板――


 そこには特殊な魔物が記載されており、強さの序列も示されていた。

 上から六体のキング、十二体の君主ロード、二十四体の公爵デューク

 この魔物は研究者の間で特異な性質の魔物ユニーク・モンスターと呼ばれ、注目されていた。

 すでに公爵デュークの二体と、君主ロードの一体が倒されている。今回の公爵デューク討伐は、実に三年ぶりの出来事だった。

 国際ダンジョン研究機構や各国政府がこれらの討伐に目を光らせているのには理由がある。

 石板に書かれている文章には、以下の記述があったからだ。


『ここに示されている魔物を全て倒した時、人類に大いなる変化が訪れる』と。


 この変化が人類に取って良い変化なのか、それとも悪い変化なのかは、一切分かっていない。

 しかし、イーサンにすればどちらでもよかった。

 彼にとって重要なのは、おもしろい研究ができるかどうか。

 ただ、それだけだったからだ。

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