第138話 完全なる敗北

 ――とった! 

 黒い魔物は腕が上がり、防御できない状態。この一撃は確実に入る。

 ルイが持つ刀は赤く輝き、激しく燃え上がった。

 炎の斬撃が君主ロードの肩口に直撃する。刀はさらに輝きを増し、勢いそのままに振り切った。

 炎熱刀の魔宝石が、粉々に砕け散る。

 ルイは確かな手応えを感じていた。敵の肩から脇腹にかけて、確実に刃は当たっている。

 例え物理的に斬ることはできなくても、炎の熱は通ったはずだ。

 魔宝石の【解放】は、通常時のマナ指数の三倍まで魔宝石の力を引き出せる。今の攻撃の魔力は5000を超えていたはず……それを耐えられる者など――

 ルイは玉のような汗をかきながら、ふと振り切った刀に目をやる。


「え?」


 刃が無かった。魔宝石と同じように、刀身も粉々に砕けていた。

 嫌な悪寒が全身を伝う。ルイがゆっくりと視線を上げると、そこには何事もなかったかのようにたたずむ、黒い魔物がいた。

 ――効いて……無い……?

 自分の攻撃だけでなく、天王寺や石川、泰前の攻撃を受けていたはずだ。それにも関わらず、傷一つ無い。

 その時、ルイはゾワリとなにかを感じる。

 それは黒い魔物に近づくことで、初めて認識できた感覚。まるで心臓を握られているような、圧倒的強者に睨まれているような、そんな恐ろしい感覚。

 ルイは気づいた。黒の君主ロードから溢れ出すドス黒い威圧感が、自分とは比較にならない、桁外れ魔力であることに。

 刀を持つ手が、カタカタと震えだす。

 魔力は使い切り、全力を出した反動でしばらく動くこともできない。

 ――殺される。

 この無防備な状態で攻撃されれば、防ぐ手立てはない。ルイは死を覚悟した。全員が魔宝石を‶解放″し、全力で戦った。

 それでも倒せないのなら、もう打つ手はない。

 黒い魔物が動き出す。ルイは瞼を閉じた。死を覚悟した瞬間、予想してなかったことが起きる。

 君主ロードはルイを無視し、横を通り過ぎていく。

 ルイの存在に関心がないように、赤い公爵デュークの元へと向かう。


「どう……して?」


 その時、ルイはハッと気づいた。

 ああ、そうか……相手にすらされてないんだ。

 自分の全力の攻撃なんて……みんなの必死の攻撃なんて……。

 空中を飛び回る羽虫のように。

 地面に転がる小石のように。

 気にするほどもない出来事。気にするほどもない存在。

 最初から視界にすら入っていなかった。

 ルイは歩いていく魔物を、ただやり過ごすことしかできない。

 くやしくて、恐ろしくて、それでも砕けた刀を見つめることしかできない。


 それはルイが人生で初めて感じる……完全なる敗北だった。


 ◇◇◇


「あ~~~ビックリした……なんで急に攻撃してきたんだ? しかも、ルイまで斬りかかってくるし」


 赤い鬼の元へ向かう悠真は困惑していた。天王寺やルイを助けているつもりだったのに、めちゃくちゃ攻撃してきたからだ。


「まあ、ダメージは全然ないからいいけど」


 目の前に倒れていた鬼が、ゆるりと起き上がる。顔についた傷がブクブクと泡を立て再生してゆく。

 だが、明らかに再生スピードが遅くなっていた。


「さすがに魔力が切れてきたな。もう一押しでいけそうだ!」


 悠真が両拳を構えると、鬼は絶叫しながら向かってきた。右の拳を振り上げ、灼熱の炎を纏わせ打ち込んでくる。

 悠真もそれに合わせるように、右のストレートを放った。

 相手の拳をギリギリでかわし、キレイなカウンターが鬼の顔面に炸裂する。拳は深々と顔にめり込んだ。


「ぐばぁっ……」


 潰れた顔面から血を噴き出し、鬼はフラフラと後ずさる。

 悠真はすぐに間を詰め、大きく振り切ったアッパーを鬼の腹に叩き込む。


「おがぁっ!!」


 鬼は前のめりになって悶絶する。口と目を大きく開き、ピクピクと痙攣していた。

 悠真の体に流れる赤い血脈が、さらに輝きを増す。――これで決める!


「うおおおおおおおおおお!!」


 火を噴くような数百発の連打が、鬼の体に容赦なく突き刺さった。


 ◇◇◇


 中央管理センター・対策本部。


「天王寺! 大丈夫か!?」


 本田はモニターを見ながら、天王寺との直通回線を開いた。


『……すいません。本田さん……失敗しました』

「いや、いい。充分、良くやってくれた。後はこちらでなんとかする」



 黒の君主ロードに攻撃を仕掛けた天王寺たちは、力を使い果たして片膝をついて動けずにいる。映像で見る限り、これ以上戦わせるのは無理だろう。

 本田はすぐに、周りにいるオペレーターに指示を出す。


「ファーメルと神楽坂医薬の探索者シーカーはどうしてる?」

「は、はい。ヘル・ガルムと交戦中ですが、何人かの探索者シーカーは魔物を倒して別の戦闘域へ向かっています」

「その連中を君主ロードの元へ向かわせろ。自衛隊にも援護要請を、通常の小銃では歯が立たん。対戦車ライフルを用意させるんだ!」

「はい!」


 出された命令に、スタッフはすぐに対応する。

 本田は厳しい表情でモニターを見た。この敵はなんとしても、ここで止めなければならない。

 例え多くの犠牲を出そうとも、必ず……。

 本田が見つめる先、黒い悪魔は圧倒的な力で公爵デュークを翻弄していた。


 ◇◇◇


「オラッ!!」


 手首を掴んだまま、悠真は鬼を思い切り投げ飛ばした。鬼は体を地面に打ちつけ、衝撃で呻き声を上げる。

 悠真は手を緩めない。もう一度掴んだ手を振り回し、鬼を地面に叩きつけた。


「あがぁぁっ!」


 鬼は悶絶し、大量の血を吐き出す。その後もコンクリートが粉々に割れるまで何度も地面に叩きつけ、最後は手首を握り潰した。

 左足で蹴り上げると、鬼の腕は引き千切れ十メートル以上吹っ飛んでいく。

 悠真は手元に残った魔物の腕をつまらなそうに投げ捨て、地面に突っ伏す鬼の元へ歩いて行く。


「がっ……ああ、あ……」


 赤い鬼はフラフラになりながらも、ゆっくりと立ち上がる。右腕は無く、至る所がボロボロになっており、もはや再生する気配もない。

 相手の魔力が尽きたならば、決着はついたも同じ。

 悠真は右手に意識を集中する。デカスライムの‶マナ″を質量に変える能力はまだ完全に使いこなすことはできない。

 だが、悠真は周囲のマナを取り込む感覚を、少しだけ掴み始めていた。


「こいつで終わらせる」


 右手に液体金属が流れ込む。徐々に形が変わっていくと、柄のついた巨大なハンマーの形になった。

 ――失ったピッケルを想像して作ってみたけど、だいぶ不格好になっちゃたな……まあ、これはこれでいいか。

 悠真は作り出した右手のハンマーを下段に構え、鬼の元まで駆けてゆく。

 鬼に逃げる様子はない。もう、逃げ出す体力もないのだろう。ハンマーを振り上げ、ヨロヨロと立つ魔物の頭上に掲げる。


「ぬあああああああああ!!」


 全力で振り下ろした鉄槌は、鬼の頭を捉え叩き潰す。

 大気を震わす衝撃音、短く響いた魔物の絶叫。

 ハンマーが地面にまで到達すると、そこには大量の砂だけが散らばっていた。

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