第139話 戦いの終わり

「やっと倒せたか……」


 悠真は右手を元に戻し、ホッと息を吐く。

 恐ろしい再生力を持つ魔物だった。キマイラほどではなかったものの、金属鎧でなければ苦戦したかもしれない。

 ――さて、さっさと逃げないといけないな。

 悠真がそう思って辺りを見回すと、何人もの探索者シーカーがこちらに向かって走って来ていた。

 高級そうなバトルスーツを着ている。上位の探索者シーカーのようだ。

 別の方向からは自衛隊が大きなライフルを持って近づいて来る。後ろからは装甲車も来ていた。


「これ……俺を狙ってんのか!?」


 悠真の嫌な予感は的中し、自衛隊は片膝を着いて銃口を向ける。上位探索者シーカーも武器を取り、炎や雷の魔力を流す。


「やばい、やばい!」


 悠真はすぐに駆け出し、その場から逃げ出した。


 ◇◇◇


「そっちへ行ったぞ!」

「回り込め、絶対に逃がすな!!」


 対戦車ライフルを持った自衛隊員が、大声を張り上げながら黒の君主ロードを追いかける。何人かが銃を構え、射撃体勢に入った。


「てーっ!!」


 一斉射撃。十人の狙撃手が放つ弾丸が魔物に当たるが、全て甲高い音を立て弾かれていく。


「くそ! 戦車はまだか!?」

「すでに街に入っています!」


 自衛隊員が絶叫する中、魔物の進行方向からキャタピラを回転させた戦車がやってくる。小回りの利く10式戦車だ。

 見た目の割に意外と速く、その砲塔が魔物を捉える。

 火を噴く44口径120mm滑腔砲――

 10式120mm装弾筒付翼安定徹甲弾が、君主ロードに直撃した。そう誰もが思った瞬間、魔物は左手で弾丸を打ち払った。

 まるでハエを落とすかの如く、当たり前のように。


「おい、嘘だろ……徹甲弾だぞ! それを簡単に防ぎやがった」


 自衛隊が呆気に取られていると、後ろから駆けつけてきた上位探索者シーカーが魔物を追いかけていく。


「わ、我々も行くぞ!」

「「は、はい!」」


 自衛隊の隊長が駆け出し、隊員たちが後に続く。黒の君主ロードが建物の裏手に回ったため、全員でそれを追いかけた。


 ◇◇◇


 天王寺はフラつきながらも、なんとか立ち上がる。

 魔力は使い果たし、体力も限界。もう魔物を追うこともできない。


「大丈夫か? 石川、泰前」


 天王寺は左腕を押さえながら、座り込んでいる石川と泰前に声をかける。


「ああ、大丈夫だ。しばらく動けそうにないが」


 石川が悔しそうに顔を歪める。


「俺もダメだ。電磁投射手甲が完全にお釈迦だからな」


 泰前は自分の右腕に装備した魔法付与武装を見て、苦笑いした。魔宝石も砕け、外装もボロボロ。

 確かに使い物にはならないだろう。

 天王寺はヨロヨロと歩き、ルイの元まで行く。両膝を着き、砕けた刀を握りしめてうつむくルイ。


「……すいません、天王寺さん。みんながスキを作ってくれたのに、あいつを……君主ロードを倒せませんでした」


 力なく絞り出した言葉。悔しさが滲み出ている。


「お前のせいじゃない。新人のお前に任せるしかなかった俺たちが単純に弱かった。それだけだ」


 天王寺は俯くルイの肩をポンッと叩き、そのまま赤の公爵デュークが倒された場所まで歩いて行く。

 砂の山が風に舞い、徐々に消えていく。

 その時、天王寺は砂の中になにかがあることに気づいた。


「なんだ?」


 しゃがみ込んで、を手に取る。


「これは――」


 血のように赤く、美しい輝きを放つ宝石。間違いない。


「魔宝石の‶レッド・ダイヤモンド″! しかも、この大きさ……赤の公爵デュークが落としたのか」


 赤く煌めく宝石に目を奪われ、天王寺はゴクリと喉を鳴らした。


 ◇◇◇


 自衛隊や探索者シーカーが建物の裏手に回り込む。

 だが、そこに君主ロードの姿は無かった。見えるのは白い塀だけ、この塀の向こうは街の外になってしまう。


「おい、いないぞ!」

「塀の外に出たのか!?」


 建物の反対側からも自衛隊が回り込んでくる。向こうには行っていない。

 キョロキョロとビルの外壁や、塀を登った後が無いかなど調べていくが、やはり何もない。

 唯一いたのは小さな柴犬だけ。

 誰かが飼っている犬だろうか? 柴犬はトコトコと歩いて行く。少し気になったが今はそれどころではない。

 自衛隊の隊長は、本部に連絡を入れる。


「魔物の姿は確認できません。恐らく塀の外に出たと思われます」

『すぐに追って下さい! 絶対に逃がす訳にはいきません』


 焦る本田の声に、自衛隊の隊長も同意する。


「分かりました。外に待機している部隊と合流して、魔物の追跡に向かいます!」


 隊長は後ろの部下に「行くぞ!」と声をかけ、その場を後にした。

 それを見ていた小さな犬は、舌を出し、ハッハッと息を吐きながら、反対方向へと駆けていった。


 ◇◇◇


 神崎と田中は他の探索者シーカーとは離れ、自分たちの車がある駐車場に来ていた。


「社長! こんな所でのんびりしてていいんですか? 悠真くんがどこかにいっちゃったんですよね!?」


 田中は額に汗を浮かべながら、いなくなった悠真のことを心配していた。それに対し神崎は車に寄りかかり、煙草を吸いながら空を見上げている。


「大丈夫だよ、田中さん。あいつはもうすぐ戻ってくる。なるべく人目のない所で待ってた方がいい」

「人目がないって……」


 田中が怪訝な顔をしていると、一匹の柴犬が足元に近づいて来た。どこから来たんだろう? そう思った時、犬はふっと顔を上げる。


「社長、なんとか倒して来ましたよ。赤い鬼」


 突然、犬が喋り出したことに、田中はギョッと目を見開く。


「い、い、い、犬がしゃべりましたよ! 犬が!!」


 驚く田中とは反対に、神崎は「おお、そうか! やったじゃねーか」と、普通に犬と話し始めた。


 訳の分からない事態に田中が混乱していると、犬はうねうねと体をくねらせ、メタリックな色の液体に変わっていく。

 液体は徐々に盛り上がり、形を成す。それは紛れもない人間、悠真へと変身してしまった。


「えええええええええええ!?」


 田中は唖然とする。


「そう言えば犬にも変化できるんだったな」


 神崎が煙草を吸いながら悠真に話しかける。悠真も体に問題がないか確認してから口を開いた。


「ええ、家で飼ってる犬なんですよ。それでルイや天王寺さんはどうなりました?」

「ああ、全員無事みたいだぞ」

「そうですか、良かった」


 悠真はホッと息をつく。


「他の探索者シーカーや自衛隊はお前を探し回ってるみたいだけどな」

「それは巻いて来たんで大丈夫です」


 二人の会話についていけない田中は、目を白黒させて神崎に問いかけた。


「ど、どういうことですか、社長! ちゃんと教えて下さい!!」


 神崎と悠真は顔を見交わし、二人で笑い合う。


「まあ、田中さん。それはおいおい説明するよ。取りあえず宿泊施設に戻るか、魔物との戦いは一段落しただろうし」


 神崎は煙草を携帯灰皿で消し、三人で宿泊棟へと足を向けた。

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