第137話 魔宝石の【解放】

 悠真の前に立つ赤い鬼は、フラつきながらも怒りをあらわにして向かってくる。

 何度叩きのめしても立ち上がり、体を再生させるため、悠真もさすがにウンザリしていた。

 ――こいつ、どんだけタフなんだ!? 金属化も血塗られたブラッディー・鉱石オアも、使用時間はまだあるが、いずれ無くなっちまう。ずっと相手はしてらんねーぞ!

 悠真は足を肩幅に広げ、両拳を腰に落として構える。

 ――仕方ねえ。全力でぶちのめす!

 筋肉のリミッタ―を意識的に外し、 血塗られたブラッディー・鉱石オアをMAXまで上げる。全身に赤く輝く血脈が幾重にも流れ、体から蒸気が噴き出した。

 口を開け、咆哮を上げる。

 一気に駆け寄り、鬼の頭を掴んで後ろの建物に叩きつけた。外壁は割れ、大きなヒビが入る。

 そのまま壁をぶち抜き、中に突っ込んで鬼の頭をさらに壁にぶつけていく。

 いくつもの壁が破壊され、建物を対面に出ると、今度は頭を道路に叩きつけた。血飛沫が舞い、コンクリートが粉々になる。

 手に力を込め、握力で鬼の頭を握り潰す。

 ピクピクと痙攣する鬼の体を、上空に向かって放り投げた。力なく落ちてくる鬼に対し、悠真は構えを取る。


「うおおおおおおおおお!!」


 両拳による嵐のようなラッシュ。左のフックはアバラを砕き、右の正拳は相手の腹を突き破る。何十発もの打撃が鬼の体に襲いかかった。

 連打で顔は潰れ、ガードしようとした腕や足は容赦なく破壊していく。

 神崎からは【再生】があっても、それを超えるダメージを与えれば魔物を倒せると聞いていた。

 ならば限界を超えて破壊を繰り返すまで。

 悠真の回し蹴りが炸裂して、鬼は宿泊施設の外壁まで吹っ飛んでいく。激突した壁は粉々になって崩れていった。

 再起不能になってもおかしくない傷を負った魔物だが、激しい炎が噴き上がったと思えば、一瞬で傷を治し立ち上がる。


「…………上等じゃねーか!」


 悠真は再びファイティングポーズを取り、眼前の鬼を睨みつけた。


 ◇◇◇


 天王寺たちは慎重に建物を回り込む。

 黒い魔物が縦横無尽に暴れ、赤いオーガと激闘を繰り広げていたため、巻き込まれないよう一定の距離を保ちながら近づいていた。

 黒い君主ロードの方が一方的に押しているようだが、赤い公爵デュークも体を再生したあと、反撃に出る。

 炎を纏った右の裏拳で君主ロードを殴り飛ばす。恐ろしい威力で爆発したように炎が弾け、黒い魔物は斜向かいの建物まで吹っ飛ばされていく。

 建物の外壁にぶつかると、壁はボロボロに崩れ落ちる。

 黒い魔物が立ち上がろうとした時、一気に駆け寄った赤の公爵デュークは口から灼熱の業火を吐き出した。

 炎は建物の一階を飲み込むほど広がり、黒い魔物の姿は見えなくなる。

 渦巻く炎は崩れた壁や窓から建物内部に入り込み、室内を焼き尽くしていく。燃え盛る炎がゆらりと揺れる。

 次の瞬間、業火の中から黒い腕が突き出した。

 赤の公爵デュークの顔を殴りつけ、遥か後方まで吹っ飛ばす。


「グ……ギャ……」


 苦し気な声を出し、公爵デュークは倒れながらも顔を上げる。

 炎の中から黒い魔物が現れた。傷を負っているようには見えない。

 それを見た天王寺は、すぐ後ろにいる石川たちの表情を確認する。誰もが強張った顔をしていたが、恐怖におののいている様子はない。


公爵デュークに気を取られてる、今しかない! 行くぞ!!」

「「おお!」」


 石川と泰前が声を合わせ、ルイも「はい!」と返事をする。

 四人は一斉に建物の陰から飛び出し、黒い魔物を取り囲む。魔物は特に動こうとしない。

 相手に反撃のスキを与えないまま、速攻で倒す。

 天王寺は石川に目で合図を送る。石川はすぐに理解し、攻撃に移った。

 魔物に駆け寄り、【水脈の戦斧】を大きく振り上げる。


「ぬあああああああああ!!」


 掲げた斧の形が変わる。各箇所が蒸気を上げて開いていき、斧の中央にある魔宝石が激しく輝き出す。一回り大きくなった斧に、‶水の魔力″が収束していく。


「魔宝石【解放】!! 喰らいやがれ!!」


 水脈の戦斧に使われていた‶水の魔宝石″は砕け散った。

 代わりに莫大な水の魔力が斧の周囲に展開され、振り下ろされた斬撃から間欠泉のように水が噴き出し、黒い魔物に直撃する。

 魔物も驚き、勢いに押されて数歩下がった。

 本来なら敵の体をバラバラに斬り裂くほどの威力。だが君主ロードに効いていないことに石川は臍を噛む。

 それでもこれで終わりではない。石川は横に飛び退き、確保する。


「頼んだぞ、泰前!!」

「おうよ!!」


 石川の後ろに控えていた泰前が、右腕に装備した【電磁投射手甲】を黒い魔物に向ける。その装備も各可動部が音を上げて開いていく。

 砲筒から露出した‶魔宝石″が激しく輝きだした。


「魔宝石【解放】!! これが俺の全力だ!!」


 泰前の全身にプラズマがほとばしり、‶雷の魔力″が投射手甲に収束する。


「――  超 電 磁 投 射 砲エクシードレールガン ――!!」


 放たれた銀の弾丸は凄まじい稲妻を帯び、魔物に直撃。大爆発が巻き起こり、黒い魔物は吹っ飛ばされ、建物に激突した。

 よろめきながらも立ち上がろうとする魔物を見て、泰前は叫ぶ。


「後は頼んだぞ! 天王寺!!」


 右腕に付けた投射手甲は煙を上げ、魔宝石も粉々に砕け散っている。泰前も力を使い切り、その場に膝をついた。

 そんな泰前を見て、天王寺は「ああ!」と答え走り出す。

 すでに準備はできている。天王寺は走りながら両拳を腰に構え、全身に雷の魔力を流した。

 髪は金色に変わり、逆立った状態になる。

 稲妻を纏っているため、体は光り輝いているように見えた。天王寺は高速でジグザグにステップを踏み、黒い君主ロードへと近づいていく。

 ――これが最後の攻撃になる!


「魔宝石【解放】!! 俺の連撃を受けてみろ!!」


 天王寺の装備する両手の手甲が光り輝く。

 左の正拳突きが黒い魔物の腹にぶち当たると、魔物は体をくの字に曲げた。天王寺はそのスキを見逃さず、一気呵成に畳み掛ける。

 顔に首、腕に胸、肩に腹、天王寺の打撃が次々に当たっていく。目にも止まらぬ速さの連撃は、さしもの君主ロードも対応できないようだ。

 一発、一発が当たる度、激しい稲妻が弾けて散る。魔宝石【解放】は一部の上位探索者シーカーにしかできない奥の手。

 魔宝石の魔力を最大限引き出す代わりに、その魔宝石自体を破壊してしまう諸刃の攻撃方法。だが、その威力は凄まじい。

 通常の何倍もの破壊力を生み出すことができるからだ。

 天王寺は目の前の敵を見据える。両腕でガードしながら耐えているが、どれほどのダメージを受けているのかは分からない。

 恐ろしく硬い体、そして魔法に対する耐性。

 ――さすがにこれだけの攻撃を喰らって効いてないことはないだろうが……。

 そう考えつつも、自分の手甲に仕込まれた‶魔宝石″が限界に近づいていることに気づく。


「これで仕舞いだ!!」

 

 唸りを上げる両拳を構える。バチバチと稲妻がほとばしり、足に帯電した魔力が一気に弾ける。

 加速した動きに、黒い魔物はついてこれない。

 ――いける!

 天王寺の攻撃が魔物の腕を弾き、ガードをこじ開ける。がら空きになったアゴ目がけて渾身のアッパーが炸裂した。

 雷が落ちたような衝撃、魔物のアゴは跳ね上がる。

 踏鞴たたらを踏んで耐えようとする黒い魔物に、更なる追撃を加える。腹に数発連打を叩き込めば、魔物はたまらず身を屈めた。

 両手の‶魔宝石″は粉々に砕けてしまう。もう攻撃する手段はない。だが――


「今だ! ルイ!!」


 天王寺がその場にしゃがみ込む。すると後ろから人影が飛び出してきた。

 それは刀を上段に構えたルイだ。刀にはメラメラと炎が宿り、柄についた‶魔宝石″が輝くと、さらに激しく燃え上がる。

 タイミングは完璧だった。黒い魔物のガードは上がり、態勢を崩されているため、すぐには対応できない。

 ――みんなが作ってくれたこのチャンス、絶対に逃さない!

 ルイは渾身の力を込め、炎熱刀を振り下ろした。

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