第136話 超常の存在
「どうしたんだ?」
天王寺は困惑した。魔物の動きを止めるため戦闘に入ったが、その魔物が直立したまま動かない。
なぜかルイを見たまま棒立ちになっている。
睨み合うルイ自身も戸惑っているようだが、これはチャンスだ。
天王寺が辺りを見回すと、マナ測定器を持った
魔物が動きを止めているスキに、三方から電磁波を放射した。黒い魔物の体にぶつかり電波が交錯する。
自動計算された数値が、すぐに対策本部のPCに転送された。
◇◇◇
中央管理センター・対策本部――
機器の計数をモニタリングしていた女性オペレーターが、モニターに映し出された数値を見て目を見開く。
「計測に成功! マナ指数が出ました!!」
女性の言葉に本田が「いくつだ!?」と、すぐに反応する。
「そ、それが……」
「なんだ、どうした?」
「測定器のメーターを振り切っています! マ、マナ指数10000オーバー!!
「
本田はガタッと立ち上がり、会議室の前方にある大型モニターに目を移す。
そこに映し出された‶黒い魔物″の姿を見る。漆黒の鎧を纏い、鋭い牙と角を持つ人型の怪物。
――あれが
本田のこめかみからは嫌な汗が流れ出る。もし、ここで逃がせば大変なことになってしまう。
最大限の危機感を抱いた時、別の女性オペレーターから報告が上がる。
「部長! ‶黒い魔物″の解析結果がでました」
本田はハッとした。似ている魔物がいないか部下に調べさせていたのだ。報告例の少ない魔物でも、国際データベースなら見つかる可能性もある。
「それで!? なにか分かったのか?」
「まったく同じ魔物の報告例はありません。ただ……」
「なんだ?」
本田はゴクリと喉を鳴らし、先を促す。
「黒い魔物の外皮が、‶七色玉虫″の外皮に似ているとAIが判断しています!」
「七色玉虫?」
それは魔法耐性を持つとされる魔物で、火、水、風、雷の魔法の効果を低減させることが分かっている。ただし――
「それは『黒のダンジョン』にいる魔物だろう!?」
顔をしかめる本田に対し、女性オペレーターは伏し目がちに答える。
「は、はい。AIの判断では……『黒のダンジョン』の魔物である可能性が高いと」
本田は絶句する。有り得ない。ここは赤のダンジョンであり、日本に唯一あった『黒のダンジョン』は、先日消滅したことが確認されている。
だが、あの怪力に攻撃を受け付けない‶外骨格″。そのうえ七色玉虫と同じ魔法耐性があるとなれば、黒のダンジョンの魔物と考えるのは妥当か。
本田は改めてモニターに映る魔物を見る。
「黒の
本田は震える指でパソコンのキーを押し、天王寺との回線を繋げた。
◇◇◇
赤いオーガと戦う戦場――
ルイたちが急に襲ってきたことに悠真は驚いていたが、今は全員が引いて距離を取っている。やっぱり魔物にしか見えないのか?
そんなことを考えつつ、悠真は崩れた建物まで近づいていく。
すると足元から炎が噴き上がり、瓦礫の下から赤い鬼が飛び出してきた。右の裏拳で悠真に殴りかかる。
「うおっ!」
悠真は咄嗟に右手でガードするが、あまりの衝撃で態勢が崩され、思わず数歩下がってしまう。
鬼は左手に‶炎の魔力″を込め、悠真に向けて拳を放つ。
手の届く距離ではない。悠真はそう思ったが、鬼の拳からは渦巻く炎が噴き出し、一直線に向かってきた。
両腕で防御を固め、炎の攻撃を正面から受け止める。
――ぐっ……熱さは感じないが、すげー勢いだ。
悠真はなんとか耐えきり、鬼を見る。大技を使ったせいか、肩で息をし、動きが止まっている。
ここで決着をつける。そう思い、悠真は右手の甲から剣を伸ばした。
一歩踏み出し、鬼との距離を詰める。剣を横に構え、一気に振り抜く。
鬼は両腕でガードするも、剣はその両腕を切断した。――よし! 悠真は手応えを感じていたが、傷口がチリチリと燃えるだけで腕が斬り落とされることはなかった。
「なんだ!?」
まさか、一瞬で治ったのか? 悠真は驚愕する。
「これならどうだ!!」
今度は胴体を斬り裂き、真っ二つにする。大ダメージのはずだ。
そう考えたのも束の間。胴は二つに分かれることなく、炎が舞うだけで傷が治ってしまった。
やはり斬撃は効かないのか?
鬼が口から火炎を吐き出したので一歩下がり、それをかわす。
「だったら……」
今度は左手の甲から剣を伸ばし、鬼との距離を詰める。相手が防御する間もなく、弧を描く斬撃が鬼の首を斬る。
だが、やはり炎が噴き出し急速に再生していく。悠真は右手の剣をしまい、拳を握り込む。
「この攻撃なら――」
鬼の顔面を殴りつける。まだ再生しきれていない傷がブチブチと裂け、そのまま胴体から離れ、頭だけが飛んでいった。
「よしっ!」勝利を確信した悠真だったが、信じられない光景を目にする。
頭を失った胴体の首から炎が立ち昇り、まるで蛇のようにうねりながら、飛んでいった頭と繋がる。
炎はあっと言う間に頭を胴体へと戻し、一瞬で首を治してしまう。
「おいおいおい、嘘だろ? 燃える犬っころより遥かに再生能力が高いぞ!」
驚くと同時に、斬撃でつけた傷は再生しやすいと確信した。
「それなら、ぶん殴って倒すまでだ!」
悠真は剣で戦うのをやめ、拳を握ってファイティングポーズを取る。鬼もまた下卑たる笑みを浮かべ、体から炎を噴き出す。
悪鬼は構えを取り、ジリジリと悠真ににじり寄ってきた。
◇◇◇
「黒の……
本田の話を聞いて、天王寺は眉間に皺を寄せる。同じくイヤモニを通して無線を聞いていたルイたちも、戸惑いを隠せない。
「間違いないんですか? 本田さん」
『ああ、残念だが、最悪の状況と言えるだろう』
天王寺は顔を上げ、魔物に視線を移す。赤いオーガが再び立ち上がり、黒い魔物と激突していた。
オーガの猛攻にも、黒い魔物が怯む様子はない。
やはり『赤の
――だとしたら大問題だ。以前、出現した
そんな魔物が目の前にいるのか……。天王寺は臍を噛む。
ただでさえ『赤の
そう思っていると、イヤモニに本田の深刻な声が入る。
『天王寺……最優先の討伐対象を『黒の
「本田さん、それは――」
『分かっている。より難しいのは……だが、奴を野に放てば日本に大災害級の混乱が起きかねん。絶対に止めなければ』
「はい」
『最悪、『赤の
「……分かりました」
回線が切れ、天王寺はフゥーと息を吐いて石川やルイたちを見る。
「聞いての通りだ。状況は悪いが、やるしかない」
「しかし……どうやってだ? 相手は
石川が厳しい表情で言うが、天王寺は否定する。
「奴が
「……敵の敵は味方ってことか、
「そうだ。確かに『赤の
「なんだよ、有利な部分って?」
泰前が前のめりで聞いてくる。天王寺は激しくぶつかり合う魔物を見ながら、質問に答えた。
「奴が『黒のダンジョン』の魔物なら、再生能力が無い可能性が高い」
「し、しかし……天王寺。黒のダンジョンの魔物でも、再生する奴はいるぞ!」
石川が否定するが、天王寺は首を横に振る。
「あれほどの外殻を持つ魔物なら再生能力は無いだろう。防御力が高すぎて、必要ないんだ」
「じゃ、じゃあ……」
石川はゴクリと唾を飲む。
「ああ、破壊することができれば必ず勝てる! 俺たちの切り札……‶解放″を奴にぶつけるんだ!!」
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