第135話 足止め

「ハァ……ハァ……ここまで来れば大丈夫ですね」


 苦しそうに肩で息をする田中。

 サクラポートの探索者シーカーと一緒に怪我人を助けていたが、戦況が激しくなり、街外れまで避難していた。

 今は街を囲う門扉まで下がり、外にいる自衛隊と合流している。


「田中さん。神崎さんたちが見当たりませんが?」


 声をかけてきたのはサクラポートの水無月だ。戦いが激しかったせいか、着ているバトルスーツはボロボロになっている。


「ああ、あの二人なら大丈夫ですよ。たぶん、別の場所に避難してるでしょうから」

「そうですか、それならいいんですが……」


 二人がそんな話をしていると、少し離れた場所から怒声が聞こえてくる。顔を向ければ、そこにいたのは大河原を始めとするIBI社の探索者シーカーたちだ。


「まったく、お前らは! あんな奴らに助けられて恥ずかしくないのか!? 業界で末節の零細企業だぞ!」


 大河原がIBIの社員を怒鳴りつけていた。怒られている社員たちは、不服そうに顔を背けている。


「っても、社長。あんな魔物、俺たちに倒せる訳ないじゃないですか! 聞いてた話と全然違いますよ」

「そうですよ。あの神崎っておっさんが来なかったら、私たち全員死んでましたし」


 若い男女の探索者シーカーが大河原に不満を漏らす。大河原も反論できず「ぐぬぬぬ」と歯噛みして部下たちを睨みつけていた。


「どうやら神崎さんに助けられたようですね」


 水無月が嬉しそうに微笑む。


「まあ、社長は人を見捨てたりできない人ですから。大河原さんのことは嫌いみたいですけど、やっぱり放っておけなかったんでしょうね」


 田中も水無月と一緒にクスリと笑った。神崎と悠真が大河原を助けに行く姿が、容易に想像できたからだ。

 プライドの高い大河原としては、かなりショックだったろう。


「確かに、あの二人の心配はいりませんね。あんなに強い探索者シーカーが二人もいるのに、会社が有名じゃないのが不思議なぐらいです」


 そう言って見つめてくる水無月に、田中は「アハハハ」と苦笑いを浮かべる。

 神崎が強いのは言わずもがなだが、悠真が強い理由は明かす訳にはいかない。田中は納得できないといった様子の水無月に向かって、


「ま、まあ、これからの会社ってことですよ!」と、お茶を濁した。


 ◇◇◇


「天王寺さん! 大丈夫ですか?」


 ルイが天王寺たちの元へ駆けつける。


「ルイ、お前の方こそ怪我はないか。ヘル・ガルムと戦ってたんだろ?」


 心配そうに聞いてくる天王寺に、ルイは「大丈夫です」と気丈に答える。だが全身すすけてボロボロになっている姿は、天王寺たちと変わらない。


「それより、あの魔物は一体……」


 ルイが黒い魔物に目を向けると、天王寺や石川たちも視線を移す。その魔物は悠然と歩き、赤いオーガが吹っ飛んでいった場所へと向かっていく。


「おぞましい姿かたち……とても味方には見えんがな」


 石川が苦々しく呟く。その時、街の中央通りを一台の車両が走って来た。

 自衛隊の通信車両で、マナによる電波妨害があった場合、それを改善するための特殊な通信機器を搭載している。

 恐らく本田が呼んだのだろう、と天王寺は思った。

 そして三方からライフル型の機器を持った探索者シーカーたちが、距離を保ちつつ近づいて来る。

 ――確か‶マナ測定器″を持った連中だったな。まだ、いるってことは……。

 黒い魔物を中心として、円を描くように囲い込む。

 気づかれれば殺されるかもしれない。そんな心配をしていると、


『……聞こ……えるか、天王寺……』


 イヤモニから声が聞こえてくる。


「はい、聞こえます。本田さん!」


 天王寺はイヤモニを手で押さえ、すぐに応答する。通信車のおかげで無線が回復したようだ。


『黒い魔物のマナを測定するため……測定器を持った探索者シーカーを向かわせている』

「はい、こちらからも見えています」

『だが、魔物の動きが止まらなければ正確な測定ができない。なんとか気を引いて、動きを止められないか?』

「……簡単に言いますね。本田さん」


 天王寺は苦笑いして黒い魔物を見る。魔法は使っていないようだが、腕力と防御力は赤いオーガ以上だ。

 あまり近づきたくはないが……と思いつつ、天王寺は返事をする。


「なんとかやってみます」


 両手を開いたり、閉じたりしながら、体に‶雷の魔力″を流していく。

 手からパチパチと放電し、髪の毛は逆立ち始めた。少しダメージは喰らったが、まだまだやれそうだ。


「天王寺、あの魔物と戦うのか?」


 石川が心配そうに聞く。泰前やルイも息を飲んだ。


「本田さんからの連絡で、魔物の‶マナ指数″を測りたいそうだ。そのためには魔物の動きを止めなきゃならん」

「あいつを止めるか……なかなかしんどそうだが、やるしかないな」


 石川がフッと微笑む。泰前とルイも頷いて武器を構えた。

 四人で連携を取れば不可能ではないだろう。全員がそう思い、一斉に駆け出した。

 黒い魔物を囲むように展開する。


「いくぞ!!」


 天王寺の叫びに、全員が「おおっ!」と答えた。先陣を切った石川が、大きく斧を振り上げる。


「喰らいやがれ!!」


 振り下ろした戦斧がコンクリートを叩き割り、魔法で作り出された大量の‶水″が噴き出す。

 水は波打つ刃となって黒い魔物に襲いかかった。

 魔物にぶつかると水は弾け、高い水柱のように噴き上がる。衝撃と轟音が辺りを包んだ。間を置かず、泰前も右手の砲筒を向ける。


「行けえっ!!」


 魔法付与武装【電磁投射手甲】から発射された‶銀の弾丸″が稲妻を帯び、歩みを止めた魔物に襲いかかる。

 直撃した瞬間、目が眩むほどの爆発が起こった。

 炎が舞い、熱が広がる。機先は制した。天王寺は攻撃を畳み掛けるため、足裏の放電を利用し一気に間を詰める。

 稲妻を纏う拳で殴ろうとした、その刹那――


「なっ!?」


 二匹のヘル・ガルムが飛びかかってきた。全力で走ってきたため、かわすことができない。

 攻撃を受けると覚悟したが、犬は天王寺ではなく黒い魔物に襲いかかった。

 天王寺はなんとか身を捻ってヘル・ガルムを避け、魔物たちから距離を取る。


「大丈夫か! 天王寺!?」


 慌てて石川が駆けつけて来た。天王寺は「ああ」と言い、汗を拭う。

 見れば魔犬は黒い魔物の肩と足に噛みつき、炎の息を漏らしながら唸っていた。


「なんだ? なぜ魔物同士が戦うんだ?」


 天王寺は怪訝な顔をする。赤いオーガと戦うのもそうだが、そもそも魔物と魔物が戦うなど前例がない。

 不審に思っていると、黒い魔物が動いた。

 肩に噛みついている犬の頭を掴むと、力づくで引き剥がし、そのまま地面に叩きつけた。

 犬の頭は潰れ、大量の血が広がる。

 もう一匹も足から引き離し両手で頭を掴むと、顔面に膝蹴りを叩き込む。

 犬は呻き声を上げ、顔からおびただしい血を噴き出す。黒い魔物は手を離し、力なく落下する犬を思い切り蹴り上げた。

 内臓を撒き散らしながら上空へ飛んでいった犬は、ややあって地面に落ちてくる。

 大きな音を立て土煙が舞い、肉片が飛び散っていた。犬は血だらけになり、ピクピクと痙攣して動けない様子だ。


「ヘル・ガルムをいとも簡単に……こいつは――」


 眉間に皺を寄せる天王寺だったが、魔犬が急速に再生していることに気づく。


「石川! ルイ!!」


 天王寺が叫ぶと、石川とルイはすぐに反応した。


「おう!」

「分かりました!」


 二人は瞬時に攻撃態勢に入る。石川が斧を地面に叩きつけると、波打つ‶水の刃″が現れ大地を駆ける。

 痙攣しているヘル・ガルムに当たって弾け、そのまま首を斬り落とした。

 犬の頭は転がり、砂となって消えていく。ルイも潰れた魔犬に近づくと、再生する間を与えず一瞬で首を斬り落とす。

 転がった首はチリチリと燃え始め、砂へと変わっていった。

 ルイはその場を飛び退き、態勢を立て直しつつ、黒い魔物から距離を取る。

 天王寺も体に‶雷の魔力″を集め、攻撃態勢に入った。だが、不可解な光景を見てピタリと足を止める。

 黒い魔物がルイを見て、動かなくなっていたからだ。

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