第134話 黒い魔物

 ドームの隣に建つ中央管理センター。その一室に設置された対策本部は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


「なんだ、あの魔物は!? どこから現れた?」


 本田が眉間に皺を寄せ、大声で怒鳴る。

 普段は穏和な男だが、トラブルが続く今日に限っては神経を尖らせていた。


「わ、分かりません。突然現れたとしか……」


 モニターを見つめていたオペレーターの女性が、困惑した表情で答える。本田はつけているイヤモニに手を当て、パソコンのキーを押して天王寺と回線を繋げる。


「聞こえるか天王寺! 状況を伝えてくれ」


 イヤモニからは耳に触る雑音が聞こえてくる。先ほどより通信状況が悪くなっているようだ。


「天王寺!」

「……ザッ……く……ろの……」


 かすれる声だけが響く。本田はパソコンの映像を見るが、そこにもブロックノイズが混じり始める。

 映像には倒れたまま黒い魔物を見つめる、天王寺の姿があった。


 ◇◇◇


「石川さん! なんなんですか、コイツは!?」

「分からん。見たことのない魔物だ!」


 泰前と石川は、目の前に立つ黒い魔物に唖然としていた。いきなり現れ、戦闘を繰り広げたと思えば‶赤いオーガ″を殴り飛ばしてしまう。


「う……っく」


 後ろで倒れていた天王寺が、なんとか立ち上がろうとしていた。


「大丈夫か?」


 石川は天王寺の元まで駆け寄り、肩を貸す。


「ああ、大丈夫だ。殴られる瞬間‶雷の障壁″で直撃を防いだからな。それよりあの魔物だ!」


 天王寺は石川の肩に掴まって立ち上がり、魔物を睨みつける。

 黒い魔物からは、赤いオーガのような強い魔力は感じない。だが、それ以上におぞましいを天王寺は感じていた。


「本田さんは何か言ってないのか?」


 石川が尋ねる。天王寺と本田が、直通回線で連絡を取り合っていることを知っていたからだ。


「いや……連絡はあったが、通信状況が悪すぎて聞き取れなかった。恐らくあの魔物の影響だろう」

「そうか……」


 石川が残念そうにつぶやくと、ゆっくりと下がってきた泰前が、砲筒を敵に向けたまま口を開く。


「あの黒い化物、『赤のダンジョン』から上がって来たってことか? 俺たちの気づかないうちに!?」

「分からん。ただ――」


 天王寺は石川の肩から離れ、自立して前を見る。


「あれは‶赤のダンジョン″にいる魔物に見えない」


 ◇◇◇


 ガラッと音が鳴る。悠真が見つめる先、壁が崩れ落ち、積み重なったコンクリートが微かに動く。

 次の瞬間―― 爆発したように瓦礫が吹き飛ぶ。

 中から赤い鬼が現れ、悠真を睨みつける。体中の傷はジュウジュウと音を立てながら治っていき、放たれた炎は渦巻いて周囲を焼く。

 鬼は一歩、二歩と歩み始め、瓦礫を踏んで外に出てくる。

 体から溢れ出す炎は一層強まり、火柱となって空にのぼっていく。


「がああああああ!」


 初めて聞く魔物の咆哮。全ての者を威嚇するような声が収まると、火も次第に消えていき、静かな殺意だけが悠真に向けられる。


「いいぜ、第二ラウンドだな」


 鬼が動いた。一直線に悠真に迫り、右の拳で殴りかかる。

 悠真はファイティングポーズを取とって右足を一歩前に出し、左の正拳突きで応じた。

 ぶつかり合う、拳と拳。

 悠真の捻り込んだ左拳は、鬼の拳を砕き、腕の骨を粉砕してズタズタにした。

 鬼は自分の腕が潰されたことに驚愕しているようだったが、悠真は構わず攻撃を畳み掛ける。

 右フックで鬼のアゴを打ち抜く。

 少し軽めに打ったつもりだが、鬼のアゴは割れ、足元はフラついていた。

 悠真は一気呵成に攻撃を仕掛ける。胸、腹、腹、肩、腕、顎、脇腹と鋭いジャブの連打が、鬼の体にめり込んでいく。

 あまりの速さに鬼は防戦一方となり、堪らず後ろに下がる。

 反撃するため口を開いた鬼は、悠真に向かって灼熱の炎を吐き出した


「うわっ……あっつ……」


 炎は悠真の体を飲み込み、燃え上がるが――


「……あっ、つくない。熱くないぞ!」


 悠真は炎を吐き出す鬼の顔面を思い切り殴りつける。顔は潰れ、炎は雲散し、鬼は頭を仰け反らせて踏鞴たたらを踏む。


「驚かせやがって! 俺に‶火″は効かねえんだよ!!」


 鬼は雄叫びを上げ、両手を広げて襲いかかってきた。悠真は冷静にステップを踏み、鬼のアゴにショートアッパーを打ち込む。

 顔が跳ね、血を噴き出して動きが止まったと見るや、悠真は一歩踏み込んで鬼の足にローキックを叩き込んだ。

 強力な蹴りは相手の両足を跳ね上げると、鬼は半回転して地面に頭を打ちつける。

 二本の足は不自然に折れ曲がり、立つこともままならない。呻きながら地面に突っ伏す魔物を、悠真は容赦なく蹴り上げる。

 鬼は回転しながら吹っ飛んでいき、ビルの側壁にぶつかると大きな穴を開け、中に飛び込んでしまった。

 それを見た悠真は「うっ」と顔をしかめる。


「こんなに壊して大丈夫かな……後で怒られたりするんじゃ?」


 まあ、この姿なら正体は分からないだろうけど、と思いつつ。悠真は鬼が飛んでいったビルへと足を進めた。


 ◇◇◇


「なんだ……あの強さは……」


 対策本部で映像を見ていた本田は、黒い魔物の異常な強さに絶句していた。

 赤の公爵デュークはマナ指数6000を超える怪物。天王寺や石川ですら苦戦をいられる【深層の魔物】。その魔物が手も足も出ず叩きのめされている。

 こんなことが有り得るのか? その上、あの腕力に防御力の高さ。炎すら通さない魔力に対する耐性。

 あれは、まさか――


「部長! 対応はどうしますか!?」


 女性オペレーターの声で、本田はハッと我に返る。憶測をいくらしたところで、答えなど出るはずがない。今はやれることをやらなければ。

 本田はそう考え、部下たちに指示を出す。


「通信を回復するため、自衛隊から通信車両を出してもらえ! 今のままでは天王寺たちと連絡が取れん」

「分かりました」

「それと、試作型のマナ測定器を持った探索者シーカーはどこにいる」


 本田の問いに、女性オペレーターはすぐに探索者シーカーたちの位置を確認する。


「まだドーム近くで待機しています」


 本田は軽く頷き「伝令を送れ」と短く伝えた。今現在、この中央センターから地上までの短い距離でも通信がままならない。

 連絡を取るには、直接人を送るしかないと本田は考えた。


「それで、どのような命令を?」


 女性オペレーターが尋ねる。周りにいる人間が固唾を飲んで見守る中、本田はパソコンのモニターを見ながら答えた。


「黒い魔物の‶マナ指数″を測定させろ!」

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