第133話 赤と黒の衝撃

「なに!?」


 神崎は怪訝な顔をした。悠真はすでに魔力を使い切っている。いま戦いに行くのはかなり危険だろう。

 そのうえ悠真から返してもらった六角棍を見れば、青い輝きが急速に失われていく。どうやら神崎自身の魔力も切れたようだ。


「分かってるのか、悠真? 正体がバレるかもしれないし、あの人型の魔物がどれだけ強いかも分からねーんだぞ!」

「……はい」


 二人は理解していた。ヘル・ガルムと一緒に上がってきた赤い魔物。

 ‶雷獣の咆哮″が束になっても倒せないなら、それは途轍とてつもなく強い深層の魔物だと言うこと。

 どれほどの力を持っているのか想像もつかない。


「そうか……だが、ここは地上だ。マナが大量にある訳じゃない、キマイラと戦った時みたいな力は使えないんだ! それでもやるのか?」

「…………俺の力がどこまで通用するかは分かりません。でも――」


 悠真は神崎の目を、キッと見つめる。


「ルイは……あいつは友達なんです。放っておく訳にはいきません!」


 迷いのない目を見て、神崎はハァーと息を吐く。


「仕方ねえな」


 そう言って神崎は、上空に視線を向ける。


「偵察用のドローンが何機か飛んでやがる。たぶん撮影した映像をどこかに送ってるんだろう。あれに見つからないよう左から回り込んで行け」

「分かりました。ありがとうございます!」


 悠真が礼を言い、駆け出そうとした瞬間「おい、悠真!」と、神崎に呼び止められる。


「はい、なんでしょう?」


 悠真がキョトンとした顔を向けると、神崎は親指を立てた。


「ぶっ飛ばしちまえ!」


 悠真は笑みを零し「はい!」と大きな返事をして、戦場へと駆け出した。


 ◇◇◇


 空を見上げる。神崎の言う通り、数機のドローンが飛んでいた。

 ドームの周辺を撮影しているのだろうが、他にもカメラがあるかもしれない。そう考えた悠真は左から回り込みつつ、乗り捨てられた戦闘車両の陰に入る。

 フンッと全身に力を入れ、『液体金属』の能力を使う。

 服は体の中に取り込まれ、ドロドロに溶けた黒い液体は鎧へと変わっていく。

 悠真は二回りほど大きくなる。凶悪で鋭い牙がそろった口を開くと、白い蒸気が吐き出される。

 ――金属鎧。

 この状態になれば、見た目で正体がバレることはないだろう。それに体が大きくなることで筋肉量が増え、より強い力が発揮できる。

 悠真は車の陰から飛び出し、まっすぐドームに向かって走った。

 何人かの探索者シーカーがヘル・ガルムと戦っている。援護したいが、それよりルイだ。

 視線の先にいるルイは玉のような汗をかき、肩で息をしている。その正面から魔犬が飛びかかってきた。

 口に溢れんばかりの火種を溜め、ルイに襲いかかる。

 悠真には全ての出来事がスローモーションのように見えた。ルイと魔犬の間に割って入る。

 すでに筋肉のリミッタ―を外し、血塗られたブラッディー・鉱石オアを発動していた。

 いつでも全力で戦える。悠真は左腕に力を込め、目の前に迫った魔犬を見る。


「邪魔だ」


 振り切った裏拳が、ヘル・ガルムの体を捉える。骨が砕け、肉が潰れる感触が、腕を通して伝わってきた。

 弾ける衝撃音。犬は地面に叩きつけられ、勢いが止まることなく転がっていく。

 凄まじい速さで隣接する建物に激突した。壁には穴が開き、至る所に血と肉片が散乱する。

 ――よし! まだ死んでないようだが、再生するのに時間がかかりそうだ。今の内に……。

 悠真はドームの前にいる鬼のような魔物に向かって走り出す。

 確かにどれぐらい強いのかは分からない。それでも戦えるのは自分しかいないだろう。悠真はそう思い、右の拳に力を込める。

 ――例え勝てなくても、みんなが逃げるぐらいの時間は稼いでみせる!

 片膝をつき苦悶の表情を浮かべる天王寺の横を抜け、地面に突っ伏していた泰前、斧を構えていた石川の脇をすり抜け前に出る。

 目の前には筋骨隆々の赤い鬼。

 頭からは二本の角が伸び、口には白い牙も見える。体は『金属鎧』となった悠真より大きい。

 鬼は余裕の笑みを浮かべていたが、悠真を見ると急に顔を強張らせた。

 二本の太い腕でガードを固める。魔物がボクサーのような防御態勢を取ったことに悠真は驚くが、かまわず左足を踏み込み、全力の右ストレートを放つ。

 空気を切り裂く拳は、鬼のガードを弾き飛ばした。剛拳は止まることなく、魔物の顔面に叩き込まれる。

 牙がへし折れ、頭蓋が砕けた。衝撃が広がって魔物の頭が後ろに跳ね飛ぶ。

 だが鬼は倒れることを拒み、七歩下がって踏み止まった。仰け反った上半身を元に戻すと、悠真を睨みつけてくる。

 その顔は血だらけで無残に潰れ、かろうじて左目だけが開いていた。

 悠真は間髪入れず、敵との間合いを詰める。迅雷の如き素早さに、鬼は反応できない。

 流れるように、今度は左フックを鬼の脇腹に叩き込む。

 スパイクのついた剛拳はあばらを何本もへし折り、胴体に深々と突き刺さった。鬼は悶絶して、体をくの字に曲げる。

 見開かれた魔物の目は、苦悶と驚愕に満ちていた。

 悠真は右の拳に力を込め、今度は鬼のアゴ目がけてアッパーを放つ。神崎に教えられた通り、脇をしめ、膝の力も利用した完璧なアッパー。

 相手のアゴを完全に捉えた。

 骨は粉々に砕け、首は跳ね上がり、鬼の体を仰け反らせた。

 悠真は攻撃の手を緩めない。相手が体勢を崩したと見るや、飛び上がって体を回転させる。

 ――後ろ回し蹴り。

 モーションが大きい技だけに安易に使えないが、今なら確実に当たる。

 勢いのついた右足が鬼の胸に直撃した。厚い胸板がぐしゃりと潰れ、爆発したかのように吹っ飛んでいく。

 ドームの向かいにある建物に激突し、壁を壊して中へ消えていく。

 建物には大穴が開き、土煙が舞い上がる。悠真はトスッと静かに着地し、ふぅ~と息を吐いた。


「手応えはあった」


 爆撃を受けたように崩れ落ちた外壁を眺め、悠真はホッと胸を撫で下ろす。

 ――また再生してくるだろうが、取りあえず俺の攻撃は通用した。

 悠真は油断することなく、胸の前で拳を構える。


「さあ、続きをやろうぜ」


 ◇◇◇


 ――なにが起きた?

 ルイは目の前で起きたことが理解できず、固まっていた。

 突然飛び出してきた黒い影。襲ってきたヘル・ガルムを殴りつけ、斜向かいにある建物まで吹っ飛ばしてしまった。

 壁に打ちつけられ、壊れた建物の瓦礫に埋まっていた魔犬。しばらくすると、もぞもぞと這い出てきた。

 口は裂け、足は曲がり、全身血だらけ。

 再生はしているようだが、大ダメージを受けているのは間違いない。ルイは視線を走らせる。

 そこにいたのは黒い人影。最初はバトルスーツを着た探索者シーカーかと思ったが、違う。

 鈍く光る黒い鎧を着こんだような姿。頭にはカブトムシに似た角があり、上背うわぜいはエルシードで最も大きい泰前と同じかそれ以上。

 天王寺ですら抑えられなかった赤い鬼を、いともたやすく殴り飛ばした。

 とても人間の動きとは思えない。


「魔物!? ……だとしたら、どこから?」


 ルイは改めて魔物を見る。なにより恐ろしいと思ったのは、使だ。

 腕力だけで、あの赤いオーガを圧倒したのか。


「一体……なんなんだアレは!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る