第132話 最悪の状況

「切り札……しかし、あれは……」

「分かってる。使えるのは一度切り、しかも一度使ってしまえば、しばらくは魔力が使えなくなる。失敗すれば、俺たちは全員殺されるだろう」


 天王寺と石川が深刻な表情で話していると、泰前も辺りをうかがいながらやってきた。


「おい、マズいぞ! ヘル・ガルムに囲まれてる」


 泰前の言う通り、四方からヘル・ガルムが迫っていた。上位探索者シーカーがなんとか食い止めていたが、長くは持たないだろう。


「泰前……‶解放″を使う」


 天王寺の言葉に、泰前はゴクリと喉を鳴らす。


「だ、だが、オーガの体を破壊することができても再生されたら終わりだぞ!」

「ああ」


 天王寺は改めてオーガを見る。悪鬼は下卑た笑みを浮かべていた。

 余裕を見せるように、自分からは積極的に攻撃してこない。その舐めた態度が余計に天王寺を苛つかせた。


「再生できないよう、奴の魔力をギリギリまで削るんだ。それ以外、奴を倒す方法はない!」


 覚悟を決める天王寺たちの周囲では、上位探索者シーカーとヘル・ガルムとの戦いが激化していた。

 そしてルイもまた――


「美咲さん!」

「来るな!!」


 美咲はヘル・ガルムに腕と足を焼かれ、立っているのがやっとな状態だった。

 それでも片手で剣を握り、切っ先を魔犬に向ける。


「ここは私が引き受ける。お前は天王寺の元へ行け!」

「で、でも……」

「……天王寺がやられれば、ここにいる人間は全滅するだろう。大手の探索者集団クランも次々倒されている。もう後がない!」


 悲壮な顔で歯を食いしばる美咲。辺りを見れば確かに大勢の探索者シーカーが倒れている。戦線を支えていた大手の探索者シーカーたちだ。

 抑えの効かなくなったヘル・ガルムは暴れ回り、数匹は天王寺とオーガの戦う街の中心部に向かっている。

 今止めなければ、手遅れになるかもしれない。


「行け! ルイ、天王寺たちの所へ!!」


 美咲は足を引きずりながらも、ヘル・ガルムに対し剣を突き付ける。魔犬の注意を引くためだ。

 ルイはグッと歯を噛みしめ、身をひるがえして走り出した。

 それを見た美咲は、フッと頬を緩める。


「頼んだぞ……ルイ!」


 地面を蹴り向かってくるヘル・ガルム。美咲に対し、灼熱の息を吐き出した。


 ◇◇◇


 悠真と神崎は、負傷者を肩や背中に担ぎ、自衛隊の救護車へと運んでいた。


「お願いします」

「はい、ありがとうございます!」


 悠真は救護班に怪我人を引き渡し、フーッと息を吐く。


「けっこうな人数、運びましたね」

「そうだな、俺たちもそろそろ避難するか」


 神崎の意見に悠真は頷く。これ以上ここにいても、できることは無いだろう。そう思った時、大きな悲鳴が聞こえてきた。


「うわああああああ!」


 目を向ければ、探索者シーカーたちを薙ぎ倒し、ヘル・ガルムが向かって来る。


「おいおい、またかよ!?」


 神崎がうんざりしたように叫ぶ。


「なんで俺の方へちょいちょい来るんだ!?」


 悠真も顔をしかめた。救助中、何度もヘル・ガルムが襲ってきたからだ。それもピンポイントで悠真を狙っているかのように。


「お前なんで、あの犬に狙われてんだ!? 何かしたのか?」

「いや、知りませんよ! 犬に聞いて下さい!!」


 神崎と悠真が言い合っている間に、ヘル・ガルムは目前まで迫っていた。

 悠真は「くそっ!」と吐き捨て、フードを被り『金属化』の能力を発動した。全身が黒く染まった刹那、炎を吐き出そうとした魔犬の頭を思い切り蹴り上げる。

 犬の頭は千切れんばかりに跳ね上がり、後ろに吹っ飛んでいく。

 それでも空中で体勢を立て直して着地し、再び向かってきた。


「勘弁してくれ!」


 悠真は【水脈の棍棒】を握りしめ、水の魔力を流す。周りにいた自衛隊員はパニックになり、救護車を急発進させ逃げていく。

 魔犬と相対した悠真は、青く光る棍棒を横に振り切り、炎を吐こうとしたヘル・ガルムの顔面を打ち払った。犬はアゴを砕かれ、踏鞴たたらを踏む。

 傷口はジュージューと煙を上げるばかりで、再生はしていないようだ。

 悠真は棍棒を切り返し、今度は犬の足をすくった。

 転倒したヘル・ガルムはすぐに起き上がろうとするが、悠真はかかげた棍棒を全力で振り下ろした。

 強烈な一撃は魔犬の背に当たり、水しぶきが辺りに飛び散る。

 ヘル・ガルムはのた打ち回るが、まだ死んではいない。


「ホント、丈夫だな……」


 呆れるようにつぶやくと、後ろにいた神崎が叫ぶ。


「悠真! もう一匹来てるぞ!!」

「えっ!?」


 振り返ると一匹のヘル・ガルムが首元に噛みついてきた。咄嗟とっさの出来事だったので慌てるが、特に痛みは無い。

 『金属化』している以上、ダメージを受けることはなかった。

 ただし鋭い牙で噛まれたうえ、口から漏れる炎で服が燃える。


「この野郎……俺のパーカーが!!」


 怒った悠真がヘル・ガルムをぶん殴った。腹に一撃を喰らった犬は、ゴロゴロと地面を転がっていく。


「あーくそっ! ……気に入ってる服だったのに」


 肩口がチリチリと燃えていたのでパンパンッと手で払い、消し止めた。

 地面に倒れていた魔犬はグルルルルと唸りながら起き上がる。大地を蹴り、口から火の粉を漏らして、一直線に向かってきた。

 悠真は手に持った棍棒に、最大限の魔力を流して犬を睨みつける。


血塗られたブラッディー・鉱石オア!!」


 湧き出す力が全身を駆け巡る。青く輝く棍棒を持った悠真は、魔犬の頭を思い切り薙ぎ払った。

 水の魔力を帯びた攻撃。

 ヘル・ガルムの頭部は弾け、木っ端微塵に吹き飛んだ。胴体だけがフラフラと歩いている。首からは煙を上げていたが、再生することはなくパタリと倒れ砂となった。


「おお~、やっぱり‶水魔法″の効果は凄いな」


 悠真が棍棒を見ながら感心していると、もう一匹のヘル・ガルムが牙を剥き襲いかかってきた。「やべっ!」と言って棍棒の先端を魔犬に向けるが、青い光が急速に消えていく。


「あれ!? どうしたんだ?」


 困惑する悠真に向かって、神崎が叫ぶ。


「魔力切れだ! 悠真、こいつを使え!!」


 そう言って放り投げられたのは、神崎の使う六角棍だ。真っ直ぐに飛んでくる棍を掴むと、すでに魔力が流され、青く輝いていた。


「そいつでヘル・ガルムを倒せ!!」

「はい!」


 悠真は六角棍を振り上げ、襲いかかってくる魔犬と相対した。

 犬は炎を吐きながら、突っ込んでくる。それに呼応するように悠真は六角棍を思い切り振り下ろした。

 轟く衝撃音、炎と土煙が舞い上がる。太い六角棍に叩き潰された魔犬は、短い悲鳴を上げ砂となって消えていった。

 魔犬が吐いた炎は悠真にまったく効かなかったが――

 

「ああああああ! 火が! 火が!!」


 ヘル・ガルムの放った火が、着ていた服に燃え広がる。ダメージは受けなくても、服は別だ。


「しょーがねーな!」


 神崎が水魔法を使い、大きな水球を作り出す。悠真の体にぶつけると、飛び散った水飛沫で火が消えていった。


「ああ……服がボロボロに……」


 悠真はビショビショになりながら、自分の着衣を見つめる。所々に穴が開き、黒く焼け焦げていた。

 

「大丈夫か? 悠真」

「はい、でも服が……液体金属の中に取り込めば燃えたりはしないんですけど」


 悠真が残念そうに言うと、神崎が首を振る。


「そりゃ~目立ちすぎる。誰かが見てるかもしれんからな。やめておけ」

「そうですよね」


 悠真は辺りを見回す。幸い近くに探索者シーカーはおらず、自衛隊も避難していたため、ヘル・ガルムを倒した所は見られていない。

 だが、周囲の光景に悠真は顔を曇らせる。

 たくさんの探索者シーカーが地面に倒れ、動く気配がない。残った者たちはドームの近くで必死に戦っているが、ヘル・ガルムはまだ十匹以上いる。

 そして視線の先、悠真はルイの姿を捉えた。一匹のヘル・ガルムと対峙しているが、炎に巻かれ苦戦しているようだ。

 ドームの前にいる天王寺も赤い魔物に打ち払われ、吹っ飛ばされていた。

 石川や‶雷獣の咆哮″のメンバーも戦っているが、相手になっているようには見えない。

 未知の魔物に、悪化する戦況、傷ついていくルイや天王寺。

 悠真の脳裏には、もはや一つの考えしか浮かんでいなかった。


「社長、俺……助けに行ってきます!」

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