第131話 新型測定器

「社長! 俺たちはどうしましょう!?」


 眉間に皺を寄せ、悠真は神崎に尋ねる。


「俺たちが無理に戦う必要はない。すでに役割は終わってるからな。今は負傷者を助けるのが先決だ!」


 悠真は辺りを見回す。ヘル・ガルムに襲われた自衛隊員や探索者シーカーたちが倒れている。まだ息のある者も多いようだ。


「分かりました!」


 悠真と神崎、田中とサクラポートの面々は、手分けして救助活動を開始した。


 ◇◇◇


「うおおおおお!」


 ルイが目の前にいるヘル・ガルムに斬り込む。だが魔犬が吐き出す炎に阻まれ、近づくことさえできない。

 ルイも魔法で‶炎の障壁″を作り、相手の攻撃を防ごうとするが、まだまだ未熟なため炎が通ってしまう。


「くそっ!」


 腕に炎を浴び、一歩下がったルイは顔を歪める。

 ――近づくことさえできれば……。

 ヘル・ガルムはジグザグに大地を駆け、一気に距離を詰めてくる。剣の届かない間合い、再び魔犬は炎を放つ。


「ルイ!」


 横から割り込んできた人影が、強力な‶炎の障壁″を作り出す。

 立ち昇った火はヘル・ガルムの攻撃を防ぎ、弾けた火の粉は高々と舞い上がる。


「美咲さん!!」

「ルイ、アイツの攻撃は私が防ぐ! お前は攻撃に集中しろ」

「はい!」


 二人は連携してヘル・ガルムに迫って行く。魔犬もそれに応じるように駆け出し、炎の息を放射した。


「任せろ!」


 美咲は火を纏った剣で炎を受け止め、よどみない動きで攻撃を後ろへ流す。自分にはとても出来ないかわし方だなと感心しつつ、ルイはヘル・ガルムの側面に回り込む。

 わずかに反応が遅れた敵のスキをつき、手に持つ炎熱刀を振り切った。

 魔犬の前足が宙を舞う。

 唸り声を上げ、後ろに下がったヘル・ガルムはルイを睨みつける。切断された足はチリチリと燃えていたが、徐々に再生していく。

 

「やっぱり、首を落とさないとダメか……」


 ルイは悔しそうに歯を噛みしめ、剣を構え直した。周囲を見れば「阿修羅」のメンバーが、一匹のヘル・ガルムを倒している。

 だが、代わりに何人もの探索者シーカーが犠牲になっていた。

 ――被害が大きすぎる。

 ルイは強張った表情のまま、今度は天王寺たちに視線を向ける。

 焼け落ちたドームの前。灼熱の炎を纏う‶赤いオーガ″と対峙していた三人は、なんとか耐えていた。

 彼らでなければ、瞬時に殺されていただろう。

 ――この敵は強い!

 ルイの不安を煽るように、オーガの放つ炎は激しく、苛烈に燃え上がっていった。


 ◇◇◇


 中央管理センター、十八階にある作戦司令本部。

 二百平米はあろう広い会議室の奥に置かれたデスクに、エルシードの統括本部長、本田が座っていた。

 顔の前で手を合わせ、瞼を閉じ、なにかを考え込んでいた。

 その表情はどこか疲れているようにも見える。会議室の正面には大型のモニターが設置され、外の状況がリアルタイムで映し出されていた。

 室内には何十人もの職員が出はいりし、慌ただしく駆け回る。その内の一人、若い女性の職員が本田の元までやってきた。


「部長、準備が整いました。指示があれば、いつでも計測に行けます」

「そうか……」


 本田は耳に付けているイヤモニに手を当て、ノートパソコンのキーを押す。

 外に出ている人間と音声が繋がった。


「本田だ。用意はできてるな?」

『はい、問題ありません』

「相手に気づかれないよう、三方向から近づいてくれ。五十メートル以内に入らないと意味がないからな」

『分かりました。今から対象に近づきます』


 本田は音声をオフにして、パソコンのモニターを見つめる。三分割された画面には、崩れ落ちたドームを回り込み、オーガに近づく様子が映し出される。


「大丈夫でしょうか? まだ試作段階の測定器ですが……」


 報告に来た女性職員が不安気につぶやく。


「実験では何度も成功している。それに‶マナ″が漏れているとは言え、地上での測定だ。問題はないだろう」


 本田は厳しい目でモニターを見据える。用意させたのは、ダンジョンの内部で使うことのできる『マナ測定器』だ。

 空間マナ指数測定器を改良したもので、三方向から特殊な電磁波を放ち、マナとぶつかった時の変化を元にマナ指数を測定するもの。

 これにより、今まで難しかった魔物のマナ測定が可能になると期待されていた。

 しかし、まだ試験段階。本来なら実践投入は早いが、正体不明の魔物が現れたことで本田は使用に踏み切った。

 ――あの天王寺たちでも苦戦する魔物……。正確な強さが分からなければ、対処を誤るかもしれん。

 本田はモニターに映る映像をつぶさに見る。

 探索者たちのヘッドギアにはカメラが内臓されており、モニターには彼らの目線で映像が映し出される。

 手元にはライフルのようなマナ測定器を持ち、赤いオーガに気づかれないよう、ゆっくりと近づいていく。所定の位置まで辿り着くと、ライフル型の測定器を構える。

 オーガは戦いに際し動き回っていたが、一瞬動きが止まった。

 そのスキを逃さず、三人の探索者シーカーはほぼ同時にトリガーを引く。送波口から電磁波が放たれ、オーガの体に当たる。

 対象と周囲のマナが自動計算され、データが本部へと転送された。

 数値の解析を行っていたオペレーターの女性が後ろを振り返り、パソコンのモニターを見ていた本田に向かって叫ぶ。


「出ました。マナ指数6000! 公爵デューク級と推定されます!!」

公爵デューク……」


 室内に緊張が走る。あの強さであれば特異な性質の魔物ユニーク・モンスターの可能性は充分あると予想はしていた。

 だが『赤のダンジョン』の公爵デュークとなれば、戦闘能力は相当高いと考えられる。

 ――よりによってこんな時に……。

 本田は苛立つ気持ちを抑え、パソコンのキーを押して天王寺との回線を開いた。


 ◇◇◇


 稲妻を帯びた拳が、オーガの顔面に炸裂する。天王寺は間髪入れず連打を繰り出し、敵に反撃するスキを与えない。

 オーガも堪らず後ろに下がる。だがダメージを受けている様子はなかった。

 天王寺はその場を飛び退き、敵との距離を取る。


「……まいったな。こんなにタフな相手は初めてだ」


 自分の頬を伝う汗を拭う。オーガの反撃を警戒しながら、慎重に間合いを詰めていくと、イヤモニから声が聞こえてきた。

 

『……ザザ……聞こえるか……ザッ……天王寺』

「はい、聞こえます」


 雑音が入る。少ないとはいえ‶マナ″が通信を阻害しているのか? 天王寺は耳のイヤモニを押さえながら応答する。


『試作段階の……ザッ……マナ測定器で、その魔物の……数値を測った』

「マナ測定器……さっきからチョロチョロ動いてる奴らがいると思ったら、そのためですか」


 天王寺は視線を走らせる。ある程度距離を取った場所に、銃のような物を持った人間がいた。

 最初は自衛隊員かと思ったが、あれがマナ測定器かと納得する。


「それで、結果はどうでした?」

『……ザッ……マナ指数……6000を超えている。間違いなく……公爵デュークだ!』

「やっぱり」


 天王寺は眼前にいるオーガを睨みつける。マナ指数が6000を超えるとなれば、相当な強さだ。

 通信環境が悪くなってるのも、このオーガの放つ‶マナ″が強すぎるせいだろう。

 後ろを振り返れば、石川と泰前が頷いていた。今回は複数同時通話だったため、情報は各自が付けるイヤモニを通じて共有されている。

 石川は辺りを警戒しながら、天王寺の近くに歩み寄って来た。


「どうする? 天王寺。赤の公爵デュークなら簡単には倒せんぞ!」

「ああ、奴を止めるにはを使うしかないな」


 その言葉を聞いて、石川の顔に緊張が走った。

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