第130話 倒壊するドーム

 イスラエルの都市、エルサレムにある国際ダンジョン研究機構(IDR)本部。

 壁に立てかけられ、強化ガラスで保護されている『オルフェウスの石板』の前に、二人の男がたたずんでいた。


「三段目……‶赤の鉱石″が輝いているみたいだね」


 IDRの主任研究員、イーサン・ノーブルが興味深そうに石板を見上げる。

 銀のざんばら髪に、よれた白衣。見た目はくたびれたおじさんだが、丸眼鏡の奥から覗く双眸は、まるで子供のように輝いている。

 隣に立つ助手のクラークは眉を寄せ、顔を強張らせていた。


「赤の公爵デュークが動き出したと?」

「だろうね。この鉱石が徐々に光を帯びるのは、特異な性質の魔物ユニーク・モンスターが地上に近づいている証拠だと思うよ」

「だとしたら、‶黒の王″が倒されて以来の変化ですか」

「ああ、それに他の鉱石も変化があるようだ」


 イーサンの言う通り、鉱石のいくつかがかすかに輝いているように見える。クラークは顔をしかめるが、イーサンは楽しそうに微笑む。


「なにか……大きな変化が起きそうだ」


 ◇◇◇


 赤のダンジョン入口―― 

 地上に上がってきた探索者シーカーたちが、ドームの外へと走ってゆく。

 ある者は負傷し、ある者は恐怖に顔を歪め、ある者は興奮していきり立っていた。

 そんな中、悠真たちも地上へと逃れる。

 D-マイナーやサクラポートの面々も、大きな怪我はないようだ。隣でゼィゼィと息を切らす田中に、悠真は声をかけた。


「ゴブリンやオークって全部倒したんですよね?」

「ハァ……ハァ……うん、たぶん……ハァ……倒せてるとは思うよ。ハァ……みんながんばってたからね」

「だとしたら―― 」


 悠真は振り返り、ドーム内にある‶ダンジョンの入口″に目を移す。

 ――あとは燃える犬と赤い魔物だけ。あいつらさえ倒せば……。

 後ろからは小銃を構えた自衛隊も駆けつけてくる。地上でなら銃が通じるかもしれない。そんな判断もあるようだ。

 上位探索者シーカーも地上に出てきた。

 それに続くように炎の魔犬が姿を現す。口から灼熱の息を吐き、鉄をも溶かす爪を立てながら探索者シーカーたちを追い詰める。

 下がってくる上位探索者シーカーを援護しようと、自衛隊が前に出た。


「構え!」


 指揮官の号令を聞いて十数名の隊員が片膝をつき、二十名近くが立ったまま小銃を構える。


「撃て!!」


 一斉に火を噴く銃口。地上に上がってきた五匹のヘル・ガルムに、数百発の銃弾が容赦なく浴びせられた。だが――


「やっぱり無理か!」


 神崎が吐き捨てるように言う。弾丸はヘル・ガルムに当たった瞬間、蒸発して消えてしまった。間髪入れず、今度は84mm無反動砲を持った自衛官が片膝をつき、肩に乗せて狙いをつける。

 迫りくる魔犬に向かい、隊員がトリガーを引く。

 砲尾の尾栓びせんが爆発、衝撃と共に弾頭が発射された。魔犬はギラついた目で、一直線に飛んでくる弾を捉える。

 口を開けて吐き出した火炎は、弾頭もろとも建物の壁や床を飲み込む。

 弾は爆発して、火の粉が飛び散る。周囲のガラスは全て割れ、衝撃で何人かが吹き飛ばされた。

 次々に襲い来るヘル・ガルム。炎を吐き出せば、ドームの壁や床は飴細工のように溶けていき、どんな攻撃を受けても平然とした顔をしている。

 大手の探索者シーカーですらこの状況に為す術が無く、我先にと逃げ出した。

 戦場はドームの外へと移っていく。


 ◇◇◇


 ダンジョンの出口から、天王寺始め‶雷獣の咆哮″のメンバーが這い出す。その姿は灰にまみれ、各自のバトルスーツはあちこちが黒く焦げていた。


「くそっ! 火の海になってるぞ!!」


 地上に出た天王寺は、辺りを見て憤慨する。ヘル・ガルムが暴れ回ったせいで建物の至る所で火の手が上がり、壁は焼けただれ、火は天井にも及んでいた。


「ヘル・ガルムは外に出たのか!?」


 天王寺の見える範囲に魔犬はいない。後ろからは石川や泰前も駆けつけてくる。


「俺たちも外に出るぞ! このままじゃ焼け死んじまう」


 石川は斧を振り上げ、水の魔力を流す。【水脈の戦斧】は青く輝き、水が螺旋を描くように斧に集まり出した。


「うおおおおっ!!」


 振り下ろした斧から大量の水が噴き出し、波打つ刃となって炎を斬り裂く。

 水流は扉や壁も破壊して、天王寺たちの退路を作った。


「行くぞ!」


 石川の掛け声と共に、三人は走り出した。その時、天王寺のイヤモニに雑音が入り、続けて声が聞こえてきた。


『聞こえるか? ……天王寺』

「ええ、本田さんですか!?」


 天王寺は耳を押さえ、通話に答える。地上に出たことで通信障害が無くなったようだ。


『ああ、中央センターの対策本部で逐一モニタリングしている。ヘル・ガルムは全て建物の外へ出た!』

「他の探索者シーカーたちは?」

『一緒に外へ出て交戦中だ。ドームの周りには宮城から来た機動連隊が囲んで、戦車や戦闘車両で戦っているが、やはり通常兵器では……』


 天王寺は走りながら臍を噛む。分かっていた。例え地上に出ても、魔物の力は衰えないかもしれないと。

 ヘル・ガルムは魔力が高すぎるんだ。そして、それ以上に魔力が高いのは――

 瞬間、天王寺は背中に光と熱を感じた。振り返ると、出入口となる‶穴″から炎が噴き上がる。


「なにっ!?」


 三人が目を見張る中、階段をゆっくり上って来る人影が見える。

 体は炎に包まれ、立ち昇る火柱は天井を溶かす。赤いオーガは鋭い眼光で天王寺たちを捉えた。


「まずい! 建物がもたな――」


 天王寺が叫んだ時、カッと光が広がった。炎はドームの天井を突き破り、巨大な火柱が空に向かって伸びていく。

 爆発するような衝撃、建物内を熱波が吹き抜け、扉や窓から爆炎が噴き出す。

 外にいた探索者シーカーたちは、驚いて目を向ける。ドームが音を立てて崩れていく。天井は焼け落ち、壁や柱は溶けていった。

 火の付いた瓦礫から、天王寺たちが力づくで出てくる。石川が柱を押しのけ、泰前と天王寺が辺りを囲むコンクリートを破壊する。

 爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされたが、体を覆う‶魔力の防御障壁″が彼らを守っていた。


「くそったれ! やりやがったな、あの野郎!!」


 天王寺がギリッと歯を噛み、渦巻く炎の中心を睨む。ゆらゆら揺れる炎の中から、その魔物は歩いてくる。


「アイツを倒さないと、俺たちに勝ち目はない。覚悟はいいな? 石川、泰前!」

「ああ、当然だ。俺たち以外、誰がヤツを止めるんだ?」

「取りあえず気を引いてくれ、俺が電磁砲で止めを刺す!」


 三人は迫りくる‶赤いオーガ″を見やり、その前に立ちはだかった。


 ◇◇◇


「そんな……ドームが……」


 悠真たちと一緒にいたルイが、燃え上がるドームを見て驚愕する。

 周囲では外に出た十頭以上のヘル・ガルムが暴れ回っていた。吐き出した炎で戦車や戦闘車両を燃やしている。

 自衛隊員も反撃するが、通常兵器では傷つけるのも難しい。例え戦車の砲弾を当てることができても、傷はすぐに再生してしまう。

 中小の探索者シーカーでは相手にならず、上位探索者シーカーがヘル・ガルムを必死で食い止める。

 『探索者の街』から出すことだけは避けなければならない。

 誰もがそう思っていたが、魔犬は外ではなく、街の中心へと戻っていった。


「まずい!」


 ルイが慌てて走り出す。悠真が「どうしたんだ!?」と聞くと、ルイは走りながら振り返る。


「ヘル・ガルムは天王寺さんたちの所へ向かってる! 援護しないと」

「おい、ルイ!!」


 悠真は止めようとしたが、ルイは刀を抜き、焼けたドームへと走る。

 上位探索者シーカーもそれに呼応するよう、街の中心部に次々と集まり出した。

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