第128話 崩れゆく陣形

 天王寺は頬をつたう汗を拭う。

 どんなに強い魔物が現れようと‶雷獣の咆哮″が全力で戦えば必ず倒せる。まして今回はエルシード随一の水魔法の使い手、石川も加勢に来ていた。

 負けるはずがない。天王寺にはそんな自信があった。

 だが、それが過信であったことに気づく。目の前にいる敵は、想像以上に強い。


「石川……アイツを倒せると思うか?」


 天王寺は自嘲気味に笑い、隣に立つ石川に尋ねる。


「分からん。俺の斧が通じんとはな」


 石川が視線を向ける。魔物の左肩には【水脈の戦斧】でつけた傷があった。

 全力で斬りつけたが、小さな傷にしかなっていない。その傷でさえ、煙を上げながら徐々に治っていく。

 本来、魔力を帯びた武器で攻撃されれば魔物の【再生能力】は阻害され、簡単には治せなくなる。

 まして‶火の魔物″が苦手とする‶水の魔力″で付けられた傷だ。

 当然、【再生能力】は発動しないだろうと思われたが、オーガの傷は急速に治っていた。

 それは魔力の差が大きすぎることを意味する。


「これほどとは……まさか特異な性質の魔物ユニーク・モンスターなのか?」


 石川の言葉に、天王寺は無言で頷く。見たことのない魔物で、異常な強さ。前例に照らし合わせるなら、国際ダンジョン研究機構が公表している特異な性質の魔物ユニーク・モンスターと考えるのが自然だろう。

 むろん、まだ発見されていない【深層の魔物】である可能性もある。

 だが日本の『赤のダンジョン』より深いロシアの『赤のダンジョン』でさえ、‶赤いオーガ″など確認されていない。

 天王寺は改めて眼前の魔物を見る。

 二メートルを超える上背、筋骨隆々の体躯、放たれる爆炎は大地をも簡単に溶解させる。本当に特異な性質の魔物ユニーク・モンスターだとしたら、極めて厄介だと天王寺は考えた。

 ――赤のダンジョンの魔物は攻撃特化型。その上、再生能力は白のダンジョンに次いで二番目。だとしたら……。


「赤のダンジョンの特異な性質の魔物ユニーク・モンスター……手こずるかもしれんな」


 一歩下がった石川が、「一旦、引くか?」と武器を構えたまま呟く。

 天王寺はチラリと後ろを振り返る。『ファーメル』や『神楽坂医薬』の探索者集団クランがヘル・ガルム相手に苦戦していた。


「ダメだ! 俺たちが下がれば状況が余計に悪くなる」


 天王寺は後ろに控えていた美咲とルイに声をかける。


「美咲、ルイ! お前たちはファーメルや神楽坂の応援に行け!!」


 美咲は「し、しかし……」と困惑するが、ルイは「はい!」と言って走り出した。美咲とルイは火魔法の使い手。このオーガ相手では厳しい。

 天王寺がそう判断したことを、ルイはすぐに理解した。

 美咲も不満気な表情を浮かべるが、文句は言わず、ルイの後を追いかける。


「さて……コイツを後ろに行かせる訳にはいかないな。なにがなんでも、ここで止めるぞ!」


 天王寺は両の拳を合わせ、雷の魔力を解放する。後ろに控えていた石川や泰前も「おう!」と応じ、己の武器に力を込めた。


 ◇◇◇


「うわっ!?」


 悠真の頬をなにかがかすめた。地面に落ちたは、木でできた矢のように見える。

 

「これは……」


 悠真はハッとして振り返る。そこには矢を番える何匹ものゴブリンがいた。弓矢は手製のようだ。


「社長! あんなの持ってますよ!」

「ああ? 弓矢か……自分たちで作ったんだろう。遠距離からの攻撃もあるから気をつけろよ!」

「頭、良すぎでしょう!」


 二人は協力してゴブリンを蹴散らしていく。辺りを見渡しても、中小の探索者シーカーたちは善戦しているようだ。【深層の魔物】から弱い魔物を引き離すという当初の目的はおおむねうまくいっている。

 それでも――


「うわああああああああ!」

「こ、こっちに来るな!!」


 ヘル・ガルムが上位探索者シーカーの包囲を突破し、B、C級の探索者たちに襲いかかる。狙われたのは大河原が率いるIBI社の探索者集団クランだ。

 魔犬が吐き出す炎に巻かれ、絶叫して死にもの狂いで逃げていた。


「またアイツらか……毎回、逃げ回ってるだけじゃねーか! ご自慢の‶雷魔法″の使い手はどうした?」


 神崎は呆れたように吐き捨てる。悠真が心配して「どうしましょう?」と聞くと、


「すまんが悠真、また頼めるか?」

「はい、大丈夫です!」


 悠真はすぐに駆け出し、必死で戦う田中と水無月の脇をすり抜け、大河原たちの元へと向かう。

 パーカーのフードを目深に被り、全身に力を込めて『金属化』の能力を発動する。

 ――あの犬とは一回戦ってる。何度ぶっ飛ばしても再生するけど、水魔法を使って攻撃すれば……。

 悠真は右手に持った【水脈の棍棒】に魔力を流す。棍棒は徐々に青みを帯び、輝き始める。


血塗られたブラッディー・鉱石オア!」


 服で隠れた悠真の体に、赤い血脈が駆け巡る。炎の魔犬が大河原に噛みつこうとした刹那―― 悠真の振るった棍棒がヘル・ガルムの頭に直撃した。

 悲鳴を上げ、炎を撒き散らしながら地面に倒れのた打ち回る。見れば魔犬の頭は潰れ、顔の半分は無くなっていた。


「おお……やっぱり効いてるな」


 魔物はグルルルと唸り、ゆっくりと立ち上がる。傷は簡単には治らないが、それでも徐々に再生しているようだ。

 悠真が目をやると、神崎が駆けつけていた。


「社長、あれって」

「ああ、水魔法は効いてるが、お前の魔力が低いせいで完全には破壊しきれねーみたいだな」


 後ろから田中と水無月も駆けつけ、油断なく構える。それを見た神崎は一つ頷き、全員に指示を出す。


「こいつは俺たちで片付けるぞ! 気合入れろよ、お前ら!!」

「「はい!」」


 悠真と田中の返事を聞いて、神崎は厳しい目で魔物を睨みつけた。その時、視界の端に大河原が映る。

 尻もちをつき、武器を握る手がガタガタと震え、顔は恐怖に染まっていた。


「おい、大河原。お前らは邪魔だ! さっさと避難しろ!!」


 神崎が叫ぶと大河原はハッと我に返り、


「よ、よよよ余計なことを! お前らに助けてもらう必要など――」


 強がりを言う大河原に対し、IBIの社員たちは激しく反論する。


「なに言ってんですか社長! このままじゃ死んじゃいますよ!!」

「そうですよー! あんなのに勝てる訳ないないしー!!」

「逃げましょう! 逃げましょう! それしかありませんて!!」

「さんせーーーい! 私もー、疲れたーー!!」


 情けない社員の言い分に憤慨する大河原だったが、最後は社員たちに羽交い絞めにされ、強制的に出口へと連れていかれた。

 遠くから「くそ~お前ら~」と言う、恨み節だけが聞こえてくる。


「あいつら何しに来たんだ? なんの役にも立ってねえぞ」


 神崎は改めてヘル・ガルムに向き直り、両手で握った六角棍の先を敵に突き出し、戦闘態勢を取る。

 魔犬の顔はほぼ治っていた。


「来るぞ」


 大地を蹴り、火を纏った魔物は一直線に向かってくる。腹に溜め込んだ火種を一気に吐き出せば、辺りは炎の渦に飲み込まれる。


「任せろ!」


 神崎が六角棍を地面に叩きつけた。大地が割れ、隙間から大量の水が噴き出す。

 立ち昇った水が炎とぶつかり、一気に蒸発して爆発した。霧となって舞い散った水蒸気は、辺り一面を白へと変える。視界が奪われた魔犬が戸惑っていると、霧の中から悠真が飛び出す。


「喰らいやがれ!」


 棍棒を下から振り抜き、魔犬の顎を打ち抜く。顎はパックリと割れ、おびただしい血が噴き上がった。

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